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特別寄稿|作曲家と演奏家の対話 XI : クラシック音楽とは何か?|アレクサンダー・ダムニアノヴィッチ & 金子陽子

作曲家と演奏家の対話 XI : クラシック音楽とは何か?

アレクサンダー・ダムニアノヴィッチ & 金子陽子

>>>作曲家と演奏家の対話
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>>> セルビア語版

金子陽子 (Y.K.)

しばらく前のこと、この対話シリーズの熱心な日本の読者からメールを頂いた。そこにはこれまで掲載された内容に対する個別の丁寧な感想と共に、今後の対話のテーマへの希望が記されていた。彼女がとりわけ興味を持つテーマは「クラシック音楽とは何か?」とのことだった。

今日に於ける「クラシック音楽」という言葉は、確かに明晰な説明を必要とするようである。音楽ファンばかりでなく、我々音楽家にとっても、どんどん多様化する音楽ジャンルの中で迷ってしまっている感があるからだ。それは裏を返せば、音楽の世界が大変広大になったという意味でもある。

クラシック音楽と他の音楽ジャンルとの違いを述べる前に、まずクラシック音楽について形容してみよう。

一般の人々が思い起こすクラシック音楽の概念とは、作曲家によって工夫され、構築され、19世紀末までは調性音楽(ドからシまでのそれぞれ12の音を主音とした長調と短調)の書法で書かれた作品というところであろう。ただ、その後の時代に出現した現代音楽と呼ばれるジャンルは、この調性音楽の書法を基盤とし、音の優越性を排除するなど、他の規則を導入したものである。その意味では、20世紀のとりわけ後半から使われた『無調性音楽』という呼称は不適格ということになる。

 

アレクサンダー・ダムニアノヴィッチ (A.D.)

セルビアでは「厳格な音楽」「軽い音楽」と2つの分野に音楽を区分して呼んでいたが、30年来「知的な」という名称が「厳格な」に取って代わってきている。

これらの「厳格な」「軽い」という形容詞は不適当なようだ。例えば、ヨハン・シュトラウスの『美しく青きドナウ』やブラームスの『ハンガリー舞曲』は、歌謡曲やポップスに対し「厳格」という扱いになり、ジャック・ブレルのあの重々しく悲劇的な内容の歌が「軽い」ということになってしまう。

フランスでは、「クラシック・古典」音楽という用語は、バロック時代、クラシック(古典)時代の音楽(ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン)とロマン派時代の音楽(シューマン、ブラームス、チャイコフスキー、ドヴォルジャーク、ワーグナー)を含む。

更に『交響音楽』という名称が一時クラシック音楽に取って代わろうとしていたことも私は記憶しているが、そうなると、弦楽四重奏やデュオソナタは交響曲ではないため、これも相応しいものではなかった。

私自身が唯一妥当と考える定義は『知的音楽(書かれた)』と『ポピュラー音楽(口述された)』だ。

前者はメロディ的、和声的、リズム的に複雑な仕事の結果であり、明細に記されなくてはならない一方、後者はジャズ、ロック、ラップ、スラムのように口述で、記された部分は即興の基盤として用いられ、メロディ、和声、リズムが簡素である。

知的音楽(クラシック)は、その語りの複雑さということで見分けが付けられる。そこには常に1つ又は複数の主題とそのヴァリエーションが見られる(展開部)、それに対して口述される音楽はリフレインと節、それらの記される変化のない繰り返しである。

もし私が音楽と文学を比較するならば、リズム感のある韻を踏む詩は口述音楽である一方、知的音楽は小説であろう。

 

Y.K.

音楽の内容への批判を含むような用語を選ぶべきではないということを踏まえると、私は貴方のアイデアに賛同する。書かれた知的音楽と、口述されるポピュラー音楽、という呼称はとても適切なようだ。

 

A.D.

古典(クラシシズム)という概念は、古い様式や美学の利点を考慮するということでもある。ルネッサンス時代には彼らのモデルはギリシャであり、ギリシャ古代文化と、世界の中心としての人間への興味を再発見した。ルネッサンスに続くバロック(形が不揃いの真珠という意味)時代になると、オペラが誕生したが、それはギリシャ悲劇の再生の試みであった。古典(クラシック)と呼ばれる時代(1750−1800)は、バロック音楽への反動としてバランスや左右対称など、ギリシャ・ローマのレトリック、詩、ヘレニズム芸術の概念を継承した。このように、古典(クラシック)時代の代表的な作曲家達(ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン)の音楽におけるテーマ(主題)は、質問と応答、主張と反論、をモデルにして構築され、メロディと和声は相互に親密に溶け合っている。
モーツァルトの交響曲第40番とベートーヴェンの交響曲第5番『運命』の冒頭はその典型で、聴くだけで、質問・応答、主張・反論がすぐに解り、2つ目のフレーズが1つ目の回答と思われるし、メロディと和声が親密に溶け込んでいるために相互を容易に見つけることができる。

ロマン派の時代は古典(クラシック)の和声と形式を基盤としていたと同時にそれぞれの作曲家は個人的な内容に普遍的で抽象的な形式を取り入れたのだ。このようにして、例えば、複数の楽章からなる交響曲で舞曲であるメヌエットを挿入されるべき場所に、ヘクトル・ベルリオーズは『幻想交響曲』に於いて自叙伝的な物語を織りなし、作曲家と恋人も参加する舞踏会という設定でワルツを取り入れた。この点での草分けと言えばベートーヴェンである。『田園交響曲』の、本来ならメヌエットが入る部分に「小川の畔での光景」として農民達の民族舞踊を代わりに取り入れて描写している。

 

Y.K.

フランスと日本の近年の音楽界の傾向を知る者として、しばしば日本が発祥地であるアニメーション映画やビデオゲームの音楽の台頭が注目されていることに言及したい。これは冒頭に述べた読者の方の質問にも含まれていたことだ。
映画やゲームに情熱を燃やす若い世代が、これらの音楽に惹かれて音楽教室のピアノクラスに入門してくる、という現象はフランスでも近年見られることである。

 

A.D.

映画やゲームの音楽は『実用音楽』として区別することができる。それは、音楽が他の媒体に関わって付随する、という訳だ。音楽それ自体はすなわち独立したものではない。これらの音楽だけを演奏するコンサートが企画されることがあるのは、その音楽が、映画を観賞し、ゲームをすでに体験した聴衆にその感興を思い起こさせるからである。観客は映画で心に残るシーンの数々を音楽のお陰で思い出す他、宗教に於いての礼拝での祈りに付随する音楽についても同じことが言える。しかしながら、才能に満ちた作曲家は本来の媒体が無くとも芸術的な価値に溢れた実用音楽を書くことができる。このようにしてプロコフィエフがエイゼンシュテインの映画のために作曲した『イワン雷帝』『アレクサンドル・ネフスキー』の音楽、グリーグが戯曲『ペール・ギュント』のために書いた音楽は作品自身が価値を持っている。バッハがプロテスタント教会の礼拝のために作曲した音楽も、今日音楽会場で演奏され音楽ファンに愛され続けている。

 

Y.K.

民族的な音楽、舞曲と呼ばれるジャンルについてはどのように解釈できるのだろう? ヨハン・シュトラウスのワルツやショパンのマズルカ、シューベルトのエコセーズを『実用音楽』の枠に入れてしまえるものだろうか?

 

A.D.

貴女の質問は興味深く、挙げられた例からすでに正しい回答が導かれている。この場合は、舞曲の特徴となっているリズムが実際に踊るという行為を超えた音楽表現となっている。例えばショパンのマズルカは母国ポーランドの想い出に関連した作曲家の親密な手記のようなものであって、実際にステップが踏まれることを想定した音楽ではなかった。シューベルトのエコセーズも踊りの伴奏ではなかった。その代わり、ヨハン・シュトラウスのワルツはその音楽と共に踊られることが今日でも可能だ。相違点は何処にあるのだろう? ショパンのマズルカとシューベルトのエコセーズは音楽で表現をするという作曲家の意図を尊重することで、実用的な側面を超越している(規則正しくない小節数、テンポの減速や加速、実際の踊りとはかけ離れたテンポ表示、、)。ヨハン・シュトラウスのワルツは踊りの伴奏としてのすべての必要な要素が内蔵されている(対となった小節数、音楽的要素の規則正しさ、踊りの動きに相当したテンポ、、、)

 

Y.K.

ベルギーでのモーツアルトの2台のフォルテピアノのための協奏曲の演奏会、
ソリスト・筆者とインマゼール,2013年5月

なるほど、『クラシック音楽』を定義しようとした今回のテーマは、オペラ、バレエ、ミュージカル等舞台芸術の分野も含む場合は、実に広大なものとなる。ここで思い出すのは、ブフォン論争と呼ばれる、オペラに於いて、言葉が音楽より優越(重要)と主張する派と、音楽の役割は言葉を超越するという派の争いだ。双方の言い分やこの争いの詳細については省略するが、私には、音楽が理屈を抜いて圧倒的に感情を表現するものであるということは明らかと思える。それは人間の身体を感動させる物理的な波、空気の震動でもあるのだ。

そして最後に触れておきたい点は、演奏家として関わる『クラシック』音楽だ。我々が、ソナタ、協奏曲、練習曲等の書かれた音楽作品を何年、何十年も練習し、完璧な演奏を探究し、何千もの異なった演奏が存在するのに対し、口述(軽い)音楽は、多くの場合は作詞作曲者であるその唯一の演奏者と音楽自体が密接に繋がっている。そのために、エディット・ピアフ、ジャック・ブレルやジョルジュ・ブラサンスのシャンソンは当の歌手の持つヴォーカルの特徴と切り離すことができない。聴衆にとっては、如何なる他の歌手によるこれらのシャンソンの演奏も、元祖である歌手の演奏を凌ぐことはできない。書かれた音楽はいくらかの抽象化と複雑性を内蔵するために普遍性を備えて異なる演奏を可能にするが、口述音楽の簡素さは、その創造者の演奏に重要性を持たせるのだ。

 

A.D.
その通り。そして『クラシック』音楽が世界中で演奏されるというこの普遍性は、この音楽が生まれた西欧文化の『植民地化』の特性と関係するのではなく、表現の普遍主義によるものなのだ。この人類を結びつける力によって全ての人々が音楽に関わり、主人として自己主張をすることが可能なのだ。
このようにして私自身、ブラ−ムスの交響曲第1番のドイツの著名指揮者による演奏よりも小沢征爾の指揮による演奏を好んだのだ。ヨハネス・ブラームスと小沢征爾は、異なった時代と国に生きたにもかかわらず、共に人類を繋ぐ普遍主義、神秘的で高揚させる融合に達したと言える。

(2022/5/15)

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アレクサンダー・ダムニアノヴィッチ

1958年セルビアのベオグラードに生まれ、当地で音楽教育を受ける。高校卒業後パリに留学し、パリ国立高等音楽院作曲科に入学、1983年に満場一致の一等賞で卒業後、レンヌのオペラ座の合唱指揮者として1994年まで勤務すると共に主要招聘指揮者としてブルターニュ交響楽団を指揮する。1993年から98年まで、声楽アンサンブルの音楽監督を務める。1994年以降はフランス各地(ブルターニュ、ピカルディ、パリ近郊)の音楽院の学長を務めながら、指揮者、音楽祭やコンサートシリーズの創設者、音楽監督を務める。
作曲家としてはこれまでに、およそ10曲の国からの委嘱作品を含めた30曲程の作品を発表している。

作品はポストモダン様式とは異なり、ロシア正教の精神性とセルビアの民族音楽からの影響(合唱のための『生誕』、ソプラノとオーケストラのためのフォークソング、ヴァイオリンとオーケストラのための詩曲、ハープシコードのための『エルサレム、私は忘れない』、オーケストラのための『水と葡萄酒』など)、あるいは他の宗教文化の影響を受けている以下の作品(7つの楽器のための『エオリアンハープ』、弦楽オーケストラのための『サン・アントワーヌの誘惑』、声楽とピアノのための『リルケの4つの仏詩』、合唱とオーケストラのための『ベル』など)が挙げられる。

音楽活動と並行して、サン・マロ美術学院で油絵を学んだ他、パリのサン・セルジュ・ロシア正教神学院の博士課程にて研究を続けており、神学と音楽の関係についての博士論文を執筆中。

2019年以来、フォルテピアノ奏者、ピアニスト、金子陽子のためにオリジナル作品(3つの瞑想曲、6つの俳句、パリ・サン・セルジュの鐘)、アリアンヌの糸とアナスタジマのピアノソロ版が作曲されて、金子陽子による世界初演と録音が行われた。

Entendre

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金子陽子

桐朋学園大学音楽科在学中にフランス政府給費留学生として渡仏、パリ国立高等音楽院ピアノ科、室内楽科共にプルミエプリ(1等賞)で卒業。第3課程(大学院)室内楽科首席合格と同時に同学院弦楽科伴奏教員に任命されて永年後進の育成に携わってきた他、ソリスト、フォルテピアノ奏者として、ガブリエル・ピアノ四重奏団の創設メンバーとして活動。又、諏訪内晶子、クリストフ・コワン、レジス・パスキエ、ジョス・ファン・インマーゼルなど世界最高峰の演奏家とのデュオのパートナーとして演奏活動。CD録音も数多く、新アカデミー賞(仏)、ル・モンド音楽誌ショック賞(仏)、レコード芸術特選(日本)、グラモフォン誌エディターズ・チョイス(英)などを受賞。
洗足学園音楽大学大学院、ラ・ロッシュギュイヨン(仏)マスタークラスなどで室内楽特別レッスンをしている。
これまでに大島久子、高柳朗子、徳丸聡子、イヴォンヌ・ロリオ、ジェルメーヌ・ムニエ、ミッシェル・ベロフの各氏にピアノを、ジャン・ユボー、ジャン・ムイエール、ジョルジュ・クルターク、メナへム・プレスラーの各氏に室内楽を、ジョス・ファン・インマーゼル氏にフォルテピアノを師事。
2020年1月にはフォルテピアノによる『シューベルト即興曲全集、楽興の時』のCDをリリース。パリ在住。
https://yokokaneko.wordpress.com/