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アップデイトダンスNo.92 「ペトルーシュカ」|言水ヘリオ

アップデイトダンスNo.92 「ペトルーシュカ」ストラヴィンスキー作曲

カラス・アパラタスB2ホール
2022年3月25日(公演は3月25日〜3月28日、3月31日〜4月3日)
Text by 言水ヘリオ(Kotomizu Helio)
Photos by Akihito Abe/写真提供:KARAS

演出・照明・出演:勅使川原三郎
出演:佐東利穂子

 

入場し、地下一階の部屋で開場を待つ。部屋にはドローイングが展示されている。紙に鉛筆かなにかで描いてあるように見える。個から解放されたものが、溶解してかたちをなくし、そこで新たな生としてかたちを持つ。そのような湧き出ずる原初の塊のような場面が描かれているように感じる。個に執着し、ひとつの魂の亡霊として存在し続ける場合もあるのかもしれない。個々の絵には物語がありそうだが、それはことばで記されてはいない。時間になりさらに地下へ。狭い入口から暗い会場内へと進み席に着く。入口が閉じ、暗闇と静けさ。そして人々のざわめき。

地面に映る、光の四角い空間の、境界を意識してためらいながらもその内側に収まる演者。ペトルーシュカと思われる。闇の中シルエットが動く。人形に生が宿る。ぎこちなく動くからだ。からだより大きく地に伸びる影。故障した機械のように軋む肉体。弾み、回転する。反復のやまなくなった所作。繰り返される暗転。ペトルーシュカは登場者としても自ら太鼓をたたき物語を展開する。

滑稽に見えたとしたら、それはひとつの見方である。苦悩に支配されもがいていると感じたら、それもひとつの見方だろう。そうであるかどうかは当の人形にしかわからない。当の人形も気づいていないことかもしれない。孤独ではあるだろう。登場した赤い着衣の踊り手に恋心を抱いて、心は喜びにふるえ、表情は苦しみにゆがんでいた。そう考えることもできる。そして釣り合わず、交わらないことを一方的に予告し自ら確認していたのかもしれない。

その後、黄色い着衣の踊り手が登場する。さきほどの赤い着衣の踊り手と、演者は同じ佐東。勅使川原はペトルーシュカの衣装のまま。ペトルーシュカと黄色い着衣の踊り手がダンスをしている。苦悩を忘れ、二人は戯れあっているようでもある。夢想の場面なのだろうか。見るものの願望を投影しペトルーシュカに感情移入して、そのように見てしまっているにすぎないのだろうか。二人が触れ合った。幻影を見ているのかもしれない。

舞台上、ふたたびペトルーシュカだけになる。生を得た人形にとっての絶望とはなんだろう。与えられた生を失って横たわり、生なきまま立ち上がる不気味な存在。音楽がやんで、人々のざわめき。これまでも何度かなにかを発しようとしていた人形の口が堰を切る。無音の声が泡と消える。そして声にならない絶叫が吐き出される。聞こえないことで響きが増す。黒い影の塊が前進し、音が聞こえなくなり、暗闇が戻る。最後のときが飲み込まれる。

舞台は終了し、二人がマイクを持って話している。終演後毎回こうして話をするのだという。舞台と客席。ひととひとがいる。この場の雰囲気は、どこかあたたかだ。会場を出て、駅までの商店街を歩く。帰りがけに入ろうと思っていた飲食の店はすでに店じまいをしていた。数時間後に今日が終わる。おそらくはこれまでのように明日が来るだろう。そうならない可能性はたぶん低い。帰宅して、今日の公演を思い返す。記憶が、ものとしてではなく、実体のない粒子の布のように揺らめき残る。時間は1時間少々であったとしても、そこにどれだけの瞬間が含まれていただろう。入眠の瞬間。『ペトルーシュカ』の音楽が聞こえる。ダンスは見えない暗闇の中で踊られている。

人形が先か人間が先か。人形が人間に憧れる話を人間が創作する。人間が人形を演じる話を人間が創作する。かつて生命体であったものや人工的な物質などを主な素材として、ときに人間の代わりを担わせるために、人間は人形という存在をつくったのだとしたら、それは人間に宿命的に課せられた人形からの罠であっただろう。人形は人間がいなくなったのちも踊り続ける。目覚めてから、そんな空想が浮かんでくる。夜になり、きのうの今ごろは会場にいたのだな、と思う。今日も公演は開かれている。宇宙では星の配置が常に変化している。私も星の一部であることを思い出す。昨晩の公演を経て自分は変わったか。憂いのなかにあって、明日はやはり来ていたようだった。

カラス・アパラタスでの『ペトルーシュカ』は2017年に勅使川原三郎、佐東利穂子で演じられ、2022年の今回は同じ両氏による再演。公演の告知文でも名の上がっているニジンスキー、カルサヴィナによるパリでの初演は1911年のことであった。

(2022/4/15)

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言水ヘリオ(Kotomiz Helio)
1964年東京都生まれ。1998年から2007年まで、展覧会情報誌『etc.』を発行。1999年から2002年まで、音楽批評紙『ブリーズ』のレイアウトを担当。2010年から2011年、『せんだいノート ミュージアムって何だろう?』の編集。現在は本をつくる作業の一過程である組版の仕事を主に、本づくりに携わりながら、『etc.』の発行再開にむけて準備中。