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三つ目の日記(2022年3月)|言水ヘリオ(Kotomiz Helio)

三つ目の日記(2022年3月)

Text by 言水ヘリオ(Kotomiz Helio)

 

ジャムの瓶に惹かれ、食料品店で、通販で、探していろいろと買った。中身がなくなると洗って棚に並べておいたが、置き場所に困り、買うのをやめた。集まった瓶は、花瓶がわりに使ったり、並び順を変えたりしていた。ジャムを買いはじめてから、パンを食べるようになり習慣化した。ジャムを買わなくなって、パンをどうやって食べるかという問題が生じた。ジャムが必要になった。ジャムを自分でつくっている知人がいて、そのことに興味をいだいていた。自分でジャムをつくることにした。やってみると、失敗して水っぽくなったりしても味にさしつかえはなかった。なにより、たくさんあるジャムの瓶を利用できるということは喜びであった。

 

2022年3月1日(火)
データを保管しているハードディスクの中をなにげなく見ていたら、11年前の2月に志津川へ行ったとき撮った写真が出てきた。たくさんある中から31枚選んで、SNSに一日一枚アップすることに。

 

3月9日(水)
美術館へ。なんかさらっと見てしまい、出口から一階へ降りる階段で、自分はなにを期待してここへきたのか自問する。階段を降りると、併設のギャラリーで地元の人たちの絵の展示をやっていた。その中に、家屋とそのまわりの景色を描いた「彼岸近く」という具象画があり、作品とタイトルの関係に足を止める。後で考えたら、お彼岸のころを描いた絵、くらいのことなのかもしれない。自分は場所としての彼岸を考えてしまっていた。

 

3月10日(木)
半額で買った見切り品のりんご6こをジャムにする。

 

3月11日(金)
画廊での展覧会にて。画廊のスタッフをふくめた3人が自撮りをしようとしている。画角にうまくおさまらないようで、皆での写真が目的なのであれば、私が撮ればいいのかなと気づき声をかけスマホを受け取る。3人は展示中の作品の前に並ぶ。地震のとき、同じこの作家の展示が行われていたこと。帰れそうもなく、画廊の床にプチプチを敷いて休んだこと。休んでいる最中も余震がたびたびあり、屏風状の作品が倒れないよう皆でおさえたこと。そのときの、そのなかの3人。当日は夜中に電車が動き、帰ることができたそうだ。
帰宅。郵便物が届いていた。開封すると、金属板に私の名前の記された「平和のかけら」が入っていた。

 

3月12日(土)
会場に入って、右の壁から見る。白木の額におさめられた、中央近辺に建物の写っている写真が数点、格子状に並べて展示されている。建物とその付近を観察すると、地震や津波の影響が見てとれる。撮影は2011年。ダメージのより大きい衝撃的な光景も近くには点在したと想像するが、そういう場面の写真はない。震災を撮ったというのとは違う感じがする。黄色味がかったような写真があり、プリントしてから時間が経っているのかなと思う。
後方の壁にも、中央近辺に家屋の写っている写真がやはり格子状に多数並べて展示されている。いずれの家屋も、建売などでよく見かけるような家とも、豪華なつくりの家とも異なる特徴を帯びているように見える。これらの写真には、建物や付近の状況に震災のものと思われる被害が見出せず、最近の写真なのかなと思いながらも、ではなぜくずれた建物や広い水たまりのある写真とともに展示しているのか、と考え、会場内に置かれていた作品のキャプション一覧を確かめる。するとこれらは2009年〜2010年の撮影であることが記されている。その右の壁には、白い額装の、2011年の雪景色の中の家屋の写真が数点。
時を逆行して見てしまったからだけではないだろう。ねじれたような感覚が生じ、そのことにより自分の、震災後の風景の写真を見る気持ちがすこし開いたのかもしれなかった。
会場にいた作者と話をする。震災前から東北の家の写真を撮っていた……震災の年の8月に、それまで家を撮っていたように、気仙沼と宮古で撮った……黄色味がかっているのは、古い印画紙にプリントしたから、だがあえてそうしたというわけではない……雪の中の写真は2011年2月に撮った……。
撮影から10年以上を経ての作品。気仙沼と宮古の写真は今回が初めての発表のようである。展示の写真を含む写真集を手にする。家と、そこを取り囲む風景が切り取られ写っている。ときに、その場でしか感じられないであろうことを自分も感じているような錯覚を覚える。撮影者と被写体の関係が写っているのだろうか。

 

 

坂本政十賜 写真展 GENIUS LOCI 東北
Alt_Medium
2022年3月11日〜3月23日
https://altmedium.jp/post/673962187041210368/坂本政十賜-写真展genius-loci-東北
●坂本政十賜 写真展「GENIUS LOCI 東北」会場風景 ©Masatoshi Sakamoto

 

3月13日(日)
電車移動中に読んでいた『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。』(小川たまか、タバブックス)を読み終える。こどもの頃、なんどか同性からの痴漢にあったことを思い出す。本の中の「死と型 2017年1月6日」という記事を読み返す。葬儀に垣間見える「型」。テンプレートにあてはめた香典返しの挨拶文。型には収まらないはずの気持ち。収まらないものを型にはめていることへの違和感。違和感の必要。死をしずかに描写する句が、五・七・五で成り立たず一音はみ出していること。

 

3月15日(火)
コの字型のテーブルの上にペットボトルの水。入口の方から見ると、左に2リットルが4×3=12本、真ん中に285ミリリットルが2×4=8本、右に550ミリリットルが6×4=24本。それぞれ隙間なく、テーブルのやや左に、わずかに手前寄りに置かれている。そのテーブルの手前、左側の壁には、写真が額装して展示されている。写真には、壁と、カーペットの敷かれた床、床の上の木製の長方形のお盆、そしてお盆の上の長方形のタッパーのような容器と湯飲みと思われるもの。容器と湯飲みは接した状態で置かれている。
テーブルの向こう側に回り込み、ペットボトルを凝視する。丸いペットボトルを、同じ直径の円周に沿って置く置き方は、360通りではなく無限である。室内全体に広がる照明の中、この空間特有の、屋外へと通ずるドアからの外気を感じ、展示物のまわりを遊泳するように移動する。作品との位置関係が変わる。このごろは髙柳の作品を、こういう作品、と自分の語彙で捉えないようにしている。空白になり、見たことを持ち帰り宿すばかり。そしてときどき、引っ越しが行われる。
部屋から出て、椅子に座ってガラス越しに中を眺める。会場にはもうひとり人がいるが、私はひとりになっている。ここに来ることはもうないかもしれない。ガラス越しに写真を一枚撮る。それは誰にも見せない。
入口右手に文字の記された紙があった。「大量生産」「自由」などの文字を含む文が印字されていたのかもしれない。あるいは、なんとか工法とか。目覚めた瞬間忘れてしまう夢のように、思い出せない。
付記。その没後も続けられてきた美術批評家、鷹見明彦企画の展示は、これをもって最後となるらしい。

 

 

髙柳恵里
MUSÉE F
2022年3月14日〜3月19日
http://www.omotesando-garo.com/museef/MFhistory.html
●プレキャスト工法 2022 サイズ可変 ミネラルウォーター2000mlペットボトル、ミネラルウォーター550mlペットボトル、ミネラルウォーター285mlペットボトル
●プレハブ 2022 28.8×37.9(cm) インクジェットプリント(下の画像、左壁の作品)
©2022 Eri Takayanagi

 

同日
福島県から青森県沿岸の海。水面を写真に撮り、石板にそれをトレースして、削る、磨くの作業を行う。石板は正方形の黒御影石。海面では揺れ動く水に光が反射し、それが波として写っているだろう。黒い作品表面にはトレースされた波が造形として移り、視点によって反射する光がゆらぐ。そのとき、その場所の、作者と海。彫刻を手がけているものとして、石という強固な保存媒体を選び記録保存し、作品とする。
行ったことのない、各地の海、波を眺める。作品は壁にかかっていて垂直になっている。海面は水平かもしれないが、作者のからだは立って前を向いている。海に対する人との関係は、この展示のように垂直になっている、と考える。一見して、波の見えない作品がある。よく見ても波は見えない。暗く、海に靄がかかっている。見えなくても、海は石にトレースされ、削られ磨かれている。
奥のスペースの床の真ん中に、白い立方体が置かれて、その上面に真上から海の映像が投射されている。白いものは透明のケースにおさめられた大理石の粉。映像を投射しながらその大理石の粉をふるいにかけていきこうなった、大理石に海の水がしみこんでいくような感覚だった、と聞く。「一才の祈り」と題されたその作品。一才とは、彫刻家の間では馴染みのある単位であるという。
入口脇に掲示されていた紙を確認する。作品タイトルとして、沿岸の緯度経度および地名が記されていた。

 

海のトレース 菅野泰史
TOKI Art Space
2022年3月15日〜3月20日
http://tokiart.life.coocan.jp/2022/220315.html
●Trace of the sea 38°31’06.8″N 141°28’03.9″E / OGATSU(上)
●Trace of the sea 39°21’16.7″N 141°55’05.6″E / OOTSUCHI(下)
撮影:菅野泰史

 

3月16日(水)
夜、地震。その数分後に強い揺れ。花の瓶を流しに移動して、柱につかまりさらなる強い揺れを覚悟する。積んであった書類がくずれた程度の揺れで済む。ラジオをつけ、しばらく聞く。その後何回か余震を感じたが気のせいかもしれない。

 

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言水ヘリオ(Kotomiz Helio)
1964年東京都生まれ。1998年から2007年まで、展覧会情報誌『etc.』を発行。1999年から2002年まで、音楽批評紙『ブリーズ』のレイアウトを担当。2010年から2011年、『せんだいノート ミュージアムって何だろう?』の編集。現在は本をつくる作業の一過程である組版の仕事を主に、本づくりに携わりながら、『etc.』の発行再開にむけて準備中。