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小寺香奈ユーフォニアム・リサイタル|西村紗知

小寺香奈ユーフォニアム・リサイタル「ディスカヴァリー・ユーフォニアム」vol.5
「デュオとデュオ」
Kana Kotera Euphonium Recital “Discovery Euphonium” vol.5 “Duo and Duo”

2022年2月7日 杉並公会堂小ホール
2022/2/7 Suginami Koukaidou Small Hall
Reviewed by 西村紗知 (Sachi Nishimura)
写真提供:小寺香奈 (Kana Kotera)

<演奏>        →foreign language
ユーフォニアム:小寺香奈
クラリネット:菊地秀夫
ピアノ:藤田朗子

<プログラム>
徳永崇(1973-) / 残響工芸Ⅱ(2021 / 東京初演)
稲森安太己(1978-) / 二人の心の距離(2020 / 東京初演)
松平頼暁(1931-) / ディスタンス(2020 / 東京初演)
―休憩―
松平頼暁(1931-) / コンタクト(2021 / 委嘱初演)
稲森安太己(1978-) / 二人の身体的距離(2020 / 委嘱初演)
徳永崇(1973-) / 残響工芸Ⅲ(2021 / 委嘱初演)

 

昨年開催予定だった本リサイタルは、オミクロン株の脅威の中、無事に開催に漕ぎつけた。
プログラムの配置には工夫が施されている。前半はユーフォニアムとクラリネットのための作品で固められ、後半はピアノとの二重奏で、休憩以前以後でシンメトリーとなるよう、作曲家の順が逆になるように曲順が組まれている。響きの美しさ重視で旋律もしっかり書き込まれている徳永作品と、システムから音楽が出来上がっていく松平作品という対照的な両者の間に、聴覚体験そのものへ焦点を当てることからエクリチュールを導き出す稲森作品が配置されている。個人的にはプログラミングの工夫についてそんなように受け取った。

徳永崇「残響工芸Ⅱ」。上行してすぐに下行するスケールを二人が少しずつずらして重ね合う。最初はF-durの響きのように聞こえるがすぐに別のフラット系の調に音調が変わっていく。変拍子でミニマルに反復される、スラーとスタッカートのついた軽快なフレーズを基調に、クラリネットがたまに特殊奏法でピーッと息の多い音(フラッター?)を入れ込む。中間部はクラリネットが主導する。ロングトーンと短い音とが互い違いに鳴っている。そののちユーフォニアムに主導権が移行し、これは重音奏法(声を入れたもの?)。三部形式で、最後は最初の部分が再現されて終了。
稲森安太己「二人の心の距離」。三楽章構成で、はじめユーフォニアムはミュートを取り付けた状態。二人の奏者が段々に離れていく二音を反復させるが、普通に二拍ずつ吹いているように聞こえるものの音を鳴らすタイミングが微妙にずれており、そのずれはだんだん大きくなっていく。クラリネットの低い方の音には息の音が混じる。のち、トリルが入る展開になり、それから半音階の上行と下行、クラリネットの方に音程の歪みが加わるなどして終わり。第二、第三楽章でも基本的には音の微小なずれがもたらす諸構造が堪能された。第二楽章は同音の連続と上の音程への跳躍でスタッカート付き。次第に半音階的になる。第三楽章はミュート無しのユーフォニアムとバスクラリネット。両者ともに、たまにキー・ノイズが入り込む。いずれの瞬間もシームレスな構造体からなる作品。特殊奏法やミュートの使用により、楽器同士の力関係はちょうどよく調整されていたように思う。
松平頼暁「ディスタンス」。マウスピースのみの吹奏からスタート。クラリネットは二種類のマウスピース。その後はパーカッシヴな展開に移行する。すなわち、ユーフォニアムは楽器に取り付けたマウスピースを手のひらで叩き、両者が歌と足踏みと手拍子を鳴らしていく。テンポ感はさながら雅楽のようなグラーヴェで、ユーフォニアムは楽器やミュートを叩く「カンカン」という金属音を入れ込みつつ、パーカッシヴなイベントと吹奏とが交互に入り交じっていく。

松平頼暁「コンタクト」。前半の作品でも感じたことだが、泰然自若とした崇高ささえ漂う、あるいは遅延的な音楽的時間の感覚からは、どこか松平頼則の作風を彷彿とさせると思ったのは筆者だけだろうか。日本語の発話のようなまろやかなメトリークの感覚といい。ピアノはダンパーペダルを踏んで、しっかり響きをつくる。音を鳴らすのと、「はぁー」と二人で吐息を吐き出すのとを交互にやる。音型は次第に幅広く、二拍三連の音型には力強さがある。ユーフォニアムとピアノはきちんとずれている。ふと、両者は訥々と一音ずつ応答しあう。縦の線を揃え、一音ずつ、と、急に前半のクラリネットと行ったのと同じように、足踏みとミュートを叩く展開が訪れる。
稲森安太己「二人の身体的距離」。演奏中、実際に身体的距離を変えながら、常に静謐な雰囲気のもと進行する作品。ピアノ奏者の位置は固定だが、ユーフォニアムは最初はバンダで、時折挿入されるピアノのソロの間に席を移動し、上手から下手の方に、最終的にはピアノと背中合わせになるように座る。シアトリカルかつリリカルなパフォーマンス。
徳永崇「残響工芸Ⅲ」。ユーフォニアムはこの日唯一の立奏。ピアノの鳴らす豪華な波形の音型のパッセージにのせて、ユーフォニアムはたっぷりと歌う。中間部もカンタービレで今度はピアノの右手とユーフォニアムがデュオの関係となる。再現部ではユーフォニアムにミュートが装着され、半音階的なパッセージが挿入されたのち、また波型の音型が繰り返され、最後はユーフォニアムがひとり「ラ、レ」と吹くのであっけなかった。

前半のユーフォニアム+クラリネットの方が野心的な取り組みが探求できそうな感じがした。後半のユーフォニアム+ピアノの編成だと、既存の「伴奏とソロ」の関係性を脱するのは難しそうに思えた。ピアノにもっと特殊奏法が許されるならまた別の可能性があるのかもしれないが、ピアノは、良くも悪くも安定感のある楽器だと実感した。
他の編成、他の作曲家でも聞いてみたいと思わせるコンサートだったのには違いない。ユーフォニアムのレパートリーの創出はこれからも期待できることだろう。

(2022/3/15)

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<Artists>
Euphonium : Kana Kotera
Clarinet : Hideo Kikuchi
Piano : Akiko Fujita

<Program>
Takashi Tokunaga (1973-) / Reverberation Craft II for clarinet and euphonium (2021 / Tokyo Premiere)
Yasutaki Inamori (1978-) / Physikalische Distanz zwischen uns für Klarinette in B/Bassklarinette und Euphonium (2020 / Tokyo Premiere)
Yori-aki Matsudaira (1931-) / Distance / Euphonium and Clarinet(2020 / Tokyo Premiere)
-intermission-
Yori-aki Matsudaira (1931-) / Contact / Euphonium and Piano(2021 / World Premiere)
Yasutaki Inamori (1978-) / Psychologische Distanz zwischen uns für Euphonium und Klavier (2020 / World Premiere)
Takashi Tokunaga (1973-) / Reverberation Craft Ⅲ for euphonium and piano (2021 / World Premiere)