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森川栄子 現代歌曲の夕べ|藤堂清

森川栄子 現代歌曲の夕べ
Eiko Morikawa Soprano Recital

2022年2月28日東京オペラシティリサイタルホール
2022/2/28 Tokyo Opera City Recital Hall
Reviewed by 藤堂清 (Kiyoshi Tohdoh)
写真提供:(株)東京コンサーツ

〈出演〉        →foreign language
森川栄子[ソプラノ] 小坂圭太[ピアノ]

〈プログラム〉
アルバン・ベルク:7つの初期の歌曲
————-(休憩)————–
ヴォルフガング・リーム:3つのヘルダーリンの詩
アリベルト・ライマン:リルケ断章
————-(休憩)————–
アリベルト・ライマン:その眼差しなの、私を破滅へとひきずり込んだのは
ヴォルフガング・リーム:オフィーリアは歌う

 

後半のライマンとリームの歌唱に圧倒された。

森川栄子という名前は、日本音楽コンクールでの演奏をテレビで見たときに記憶に刻み込まれた。1996年、歌曲の年、ライマンの無伴奏の曲でなかったかと思うが、定かでない。跳躍する音程を苦もなくこなし、弱音から強音まで安定した響き、他の演奏者とは一段違うと感じられた。この年の1位は彼女であったが、森麻季と浦野智行が2位を分け合っている。その後ドイツを中心に活動し、世界初演を含む現代声楽作品の演奏者として知られるようになっていった。2008年には日本に本拠を移し、教育者としても活動している。2009年、東京室内歌劇場によるリゲティ《グラン・マカーブル》日本初演では、ヴィーナス/ゲポポを歌う。2013年、ライマンが《リア》の日本初演のために来日した際、彼の同席のもと現代歌曲によるリサイタルをアクセル・バウニのピアノで行った。
現代音楽の再現者を貫き、50代半ばとなった彼女がどのような歌を聴かせるかを楽しみに出かけた。

プログラムはベルクの《7つの初期の歌曲》から始まる。この日唯一の20世紀の作品。1905年から1908年に書かれたので、ベルク20代前半の青春の歌。
意外に感じられたが、森川がこの曲集全曲を歌うのは初めてだという。彼女にとって音域が低いのがその理由。
なるほど、たしかに低音で響きが薄くなるところはあるが、気になるほどではない。7曲がすべて異なる詩人の作品であり、それぞれの言葉の扱いの違いを歌い分けていく。レーナウの〈葦の歌〉のなだらかな流れに対し、シュトルムの〈夜啼き鶯〉での幾分動きの大きい旋律。きれいなドイツ語とともにその差異が聴こえる。

リームとライマンの作品はすべて21世紀のもの、現代歌曲というのにふさわしいだろう。

最初のリームの《3つのヘルダーリンの詩》は、〈謝罪〉〈人生の半ばに〉〈ツィンマー氏へ〉という3曲からなる。ヘルダーリンの詩は内省が中心でそれにふさわしく、強い感情を表に出したりというような曲ではない。森川が高音域の弱音で美しい響きを聴かせ、小坂のピアノが複雑な和音で彩った。

ライマンの《リルケ断章》は、リルケが20世紀初頭にドイツ語とフランス語で書いた断片的な文章に付曲した作品。2011年キッシンゲンの夏・音楽祭で初演されている。明確なストーリーがある訳ではなく、音楽的なつながりもはっきりしたものとは言いにくい。とはいえ、森川の言葉と音の作り出す雰囲気は一つの作品であることを納得させてくれる。内部奏法を取り入れたピアノパートの普通ではない音色、特にギターピックで弦を弾く音は、一瞬だが空間・時間を止めるような効果があった。

ライマンの二曲目は、ゲーテが25歳で著した戯曲「シュテラ」よりシュテラのモノローグに作曲されたもの、2014年にキッシンゲンの夏で初演。シュテラの帰ってこない夫が他に妻子を持ち、その二人が自分のまえに現れ、さらに夫も戻ってくるという状況のもと、恨み、嘆き、それでも断ち切れない気持ちを歌う。感情の起伏がダイナミックに表現され、ピアノの内部奏法もたびたび使われる。森川の歌も大変熱いもの。

最後の作品、リームの《オフィーリアは歌う》は、シェークスピアの「ハムレット」からオフィーリアの狂乱の場というべき部分、3曲からなる。この曲でも特殊奏法を用いることはなく、王妃や国王のセリフをピアニストが担当することが特別なところか。よく知られている場面、歌詞は英語ということで、分かりやすいと感じたが、歌唱面では相当に負荷が高そうであった。

現代歌曲であるからといって声楽面で特別な技法が使われることはあまりない。曲によってはダイナミクスが要求されたり、高音での強い声が求められるといったことはあるが、それも声の技術の一環と言えなくもない。このリサイタルでの森川と小坂の表現、詩を読み込み、それと音楽の融和を実現するという歌曲演奏の基本は、現代歌曲といえども変わらないことを示してくれた。
後は、演奏者の熱が聴衆をどれほど熱くできるかだが、最後の2曲の狂気の中にその力を感じた。

(2022/3/15)

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<Performer>
Eiko Morikawa (Soprano)
Keita Kosaka (Pf)

<Program>
A.Berg: 7 frühe Lieder
————-(Intermission)————–
W.Rihm: 3 Hölderlin-Gedichte
A.Reimann: Rilke-Fragmente
————-(Intermission)————–
A.Reimann: Der Blick war’s, der mich ins Verderben riss
W.Rihm: Ophelia Sings