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小人閑居為不善日記|身勝手なアフターライフ――ゴーストバスターズとプーチン|noirse

身勝手なアフターライフ――ゴーストバスターズとプーチン
Selfish Afterlife――Ghostbusters and Putin

Text by noirse

※《ゴーストバスターズ/アフターライフ》の結末に触れています

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死んだあとも忘れずにいてもらうことなど重要じゃないさ。憶えてくれているだろうか、なんて心配するのはレーガンとかブッシュみたいな奴らさ。俺はいいよ。

ある音楽雑誌に載っていた故フランク・ザッパの言葉だ。この一節はずっと記憶の隅に残っていて、今回のプーチンの言動を見ていてもつい思い出してしまう。《叫》(2006)という映画に、自分が死んだあとも何事もなかったかのように続いていく世間を呪う霊が出てきたが、幽霊というのも、いつまでも忘れないでほしいと願う人間の欲望の顕われなのかもしれない

幽霊の映画というのも数えきれないほどあるが、《ゴーストバスターズ》(1984)も忘れがたい作品だ。味わいのある特撮と、個性に富んだキャラクター、とりわけ何にも縛られず自由気ままに行動する主人公ピーターに代表されるユーモラスで楽天的な内容は、華やかだったこの時期のニューヨークの魅力が凝縮されている。続編《ゴーストバスターズ2》(1989)もヒットしたが、3作目の企画は長いあいだ頓挫。ようやく実現したのが、今回取り上げる《ゴーストバスターズ/アフターライフ》(2021)だ。

ニューヨークの幽霊騒ぎから30年。ゴーストバスターズの一人が突然死した。突然家族の元を去り、仲間からも見放されたままの孤独な死。オクラホマの小さな町の廃墟のような屋敷に引きこもって奇行を繰り返し、住人からも敬遠されていた。彼の娘キャリーはニューヨークでシングルマザーとして奮闘していたが遂にアパートから立ち退きを命じられ、父親が遺した屋敷に移住する。すると怪奇現象が起こり始め――。

キャリーは家族を捨てた父親を恨んでいた。しかし彼が家族を捨てたのはちゃんとした理由があった。彼は町外れの遺跡に破壊神が眠っていることを察知して農場に移住し、敷地内にゴーストを退治するための罠を張ってずっと待ち構えていたのだ。家族を捨てたのは被害が及ばないための苦渋の選択だった。すべてを知ったキャリーは父親のゴーストと再会、和解する。

意外性のある設定だがポイントは押さえており、ファンの多くは納得できる内容だと思う。わたしも映画館に駆け付け、ゴーストバスターズの帰還を満喫した。その数日後に、オリジナルの前2作を監督したアイヴァン・ライトマンが亡くなった。

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作品のほとんどがコメディだったせいか、ライトマンの評論や批評はあまり見たことがない。けれどひとつひとつ作品を並べていけば、一定の傾向を見て取ることができる。全盛期である80年代半ばから90年代までを見渡してみると、親子の話、特に中年男性が子供と関わることで家族の絆や社会的責任に目覚めていく作品が多いのが分かる。

自分たちを捨てた両親を探しに行く双子の物語、《ツインズ》(1988)。タフな刑事が捜査の都合でやむなく幼稚園の保育士を務める《キンダガートン・コップ 》(1990)。研究一筋だった男が発明した薬品で「妊娠」することで母性に目覚めていく《ジュニア》(1994)。昔の恋人から子供がいたことを告げられ、家出した息子を探しに行く「父親候補」2人の珍道中《ファーザーズ・デイ》(1997)。

家族や父子ものはアメリカ映画の普遍的なテーマで、ライトマンが特別変わっているわけではないが、こだわっていたのは間違いあるまい。けれどそれでライトマンが家族や親子の絆を説くのみの監督だったかと言えば、そうでもないだろう。

初期ライトマンのアイコンと言えばビル・マーレイだ。マーレイが世界的に知られるようになったのは《ゴーストバスターズ》抜きに考えられないし、初主演作《パラダイス・アーミー》(1981)を監督したのもライトマンだ。

ビル・マーレイと言うとマイペースで自分勝手で無責任、何でもジョークではぐらかす飄々としたキャラクターで知られている。《3人のゴースト》(1988)や《恋はデジャ・ブ》(1993)、《ロスト・イン・トランスレーション》(2003)などのソフィア・コッポラ作品や《ライフ・アクアティック》(2004)などのウェス・アンダーソン作品まで、どれもそうだ。それだけ彼の自由気ままなキャラクターが、監督にも観客にも愛されているということだろう。《ゴーストバスターズ》で彼が演じたピーターもその典型だ。

もちろんそれがマーレイの芸風だったのだが、ライトマンにも彼のように自由を好む側面はあるのだろう。ライトマンは自身が保守的なリバタニアンで、《ゴーストバスターズ》は反保護主義の立場を取った作品だったと述懐している。こうした考えは政治面のみならず、人生観にも反映しているだろう。《ゴーストバスターズ》の魅力は少なからず、ライトマンの自由主義的な価値観に裏打ちされている。

もちろんライトマンが家族を疎かに考えていたというわけではない。アイヴァンの長男ジェイソンも映画監督で、《アフターライフ》は父親が製作を、息子が監督を務めている。両親は共にユダヤ系で、父親はドイツ保護国下のチェコでレジスタンスとして戦い、母親はアウシュビッツから帰還、ライトマンが生まれた後も共産主義体制下の祖国からカナダへ逃れてきたという、苛烈な状況を潜り抜けてきた。家族への想いは本物だろうが、一方で自由主義的なのは、国家や権力への猜疑心もあるのだろう。

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《アフターライフ》の父親が家族を捨てたのには正当な理由もあったものの、極端な判断だったのも間違いない。けれど最後に誤解は解け、感動のハッピーエンドが待っている。しかしこの映画には、少なくとも2点引っ掛かりを覚えてしまう。

ひとつは男の身勝手さだ。父親の行動にはどうしても言い訳がましさを感じてしまう。家族を捨てて生きてきたけど忘れることはなかった、だから許してほしいという物言いはいい加減過ぎるし、それを娘があっさり許してしまうのも都合がよすぎる。

もうひとつは衰退についてだ。《アフターライフ》を見ているあいだ、同じように久々の続編製作となった映画、《ハロウィン》(2018)と《ランボー ラスト・ブラッド》(2019)を思い出していた。前者はイリノイの小さな街を襲った殺人鬼を撃退したローリー、後者は元グリーン・ベレーでアリゾナの牧場に引っ込んだランボーが主人公で、共に年老いているものの、いつまた襲撃があっても反撃できるように、敷地内に罠を張っている。家族や周囲の人々はその行動を訝しんでいるが、結局事件が起き、彼らは信頼を取り戻していく。

《アフターライフ》の父親が張っていた罠はゴーストを退治するだけのものではない。娘から再度信頼を勝ち取るためのトラップでもあるのだ。父親は死んだ後も霊として棲みつき、娘が罠にかかるのをじっと待ち構えていた。《ハロウィン》や《ランボー》も同じだ。

彼らの罠は都会から離れた地方の、そのまた街外れに張られている。これは世間から距離を置き、誰にも関わってほしくないという気持ちの表れだ。メキシコのマフィアと戦う《ランボー》は排外主義的な側面があり、《ハロウィン KILLS》(2021)では異分子を排除しようとする群衆の恐怖を描いていて、これは閉鎖的なランボーやローリーの心情とマッチしている。

80年代のニューヨークの、少なくとも一部は好景気に沸いていた。そうした過剰な拝金主義への警告として幽霊が市民を脅かすのだが、欲望に忠実な幽霊たちは、かえって彼らの写し絵として見えてしまう。しかしレーガニズムの恩恵は一部の都市や人々にだけもたらされたもので、新自由主義は極端な格差を生み、見捨てられた地方都市は衰退していく。

《ハロウィン》や《ランボー》にはそうした社会状況が背景にあるし、《アフターライフ》も例外ではない。80年代は自由に過ごし、家族を省みることもなかったが、あれは本心ではなかった。虚飾に溢れた都会から距離を置き、田舎の家に集まって、スローライフに身を任せようではないか。そして勝手だった父親にも理解を示してほしい、というわけだ。

しかし。父親は80年代のニューヨークの恩恵を受けたかもしれないが、格差の真っ只中で子供を育てることすら許されない娘は、ニューヨークから否定されたと言ってもいい。大都市に歓待され、様々な享受を許された親世代と、それが許されず、地方のボロ屋で過ごすことを強いられる子世代。今はネットがあるから、田舎でも30年前と比べれば不自由はしないかもしれない。だからと言って衰退を強要されるいわれはない。《アフターライフ》の男の身勝手さの奥には、こうした世代間の格差も横たわっている。

だが一方、当時から《ゴーストバスターズ》を好きだった観客には、映画を通して「自由だったあの時代」を懐かしむ気持ちがある。物語が展開するのがオクラホマの田舎町だったとしても、映画の細部から「あの時代」の片鱗を受け取り、満足して映画館をあとにする。男の身勝手さも世代間の格差も経済の衰退も、甘美な80年代の記憶に塗り替えられてしまう。

かつてザッパが揶揄したように「憶えてくれているだろうか」と願うのは、身勝手な男だけではない。《ゴーストバスターズ》の観客も、自分があの時代に確かにいたのだという気持ちを少なからず抱え、それを補完しようと映画館に足を運んでいるのだ。そのくらいなら可愛いものだが、それが肥大化すればウクライナ侵攻のような事態にも成り得る。そういう意味で《アフターライフ》とウクライナはパラレルであって、そうした時代にわたしたちは生きているのである。

 (2022/3/15)

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noirse
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