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読売日本交響楽団第649回名曲シリーズ|西村紗知

読売日本交響楽団第649回名曲シリーズ
Yomiuri Nippon Symphony Orchestra Popular Series No.649

2022年1月11日 サントリーホール
2022/1/11 Suntory Hall
Reviewed by 西村紗知(Sachi Nishimura)

<演奏>        →foreign language
指揮=ガエタノ・デスピノーサ
ハープ=吉野直子*

<プログラム>
J.シュトラウスⅡ:喜歌劇「こうもり」序曲
ボワエルデュー:ハープ協奏曲 ハ長調*
※ソリストアンコール
グリンカ:ノクターン
ラヴェル:組曲「クープランの墓」
ラヴェル:ボレロ

 

オミクロン株の世界的流行を受け、海外のアーティストが来日できなくなった。
本公演も指揮のマリー・ジャコとハープのグザヴィエ・ドゥ・メストレが来日できなくなり、プログラムからはメユールの歌劇「アンリ青年の狩り」序曲とマスネの歌劇「エスクラルモンド」組曲が外された。結果的に有名作品が大半を占めるプログラムが出来上がった。客席に座って、何が聴きたいと思ってこの公演に出向いたか思い出せないでいた。
コロナ禍特有の体験、感覚。陶酔あるいは目的意識も無しに定番プログラムに向き合う経験。
この日のプログラムを聴くことは、例えば、同じくコロナ禍特有の経験、酒類の出せないフランス料理店でコース料理を食べる経験と似ている。アルコールによる陶酔がないために、料理が出てくるまでの間がどうしても長く感じられてしまう。アルコールを摂取していれば気が付かないはずの、カトラリーの切っ先の汚れがよく見える。
なにかしらの陶酔もなしに妙に冷めた耳で剥き出しの経験として、クラシック音楽を享受すること。本来的な都市生活のメンタリティーに図らずも接近してしまっているのかも、などと思いつつ、この日のプログラムを聴いていた。いやはや、カトラリーの切っ先の汚れが目についてしまうのと同じくらい、弦楽器群の弓の揃っていないのが気になってしまう。

それはさておき、ガエタノ・デスピノーサの振るこの日の読響の鳴りは、非常に軽かった。変更後のプログラムからは、こういう時期だが少しでも新年のめでたさをという心配りが感じられ、この日の東京はあいにくの天気だったが、観客の心もいくばくか軽やかに、つかの間の新春気分を味わうこととなったのである。
シュトラウスの「こうもり」序曲。そうは言ってもちょっと軽すぎる、というより上滑りしている感すらある。入れ替わり立ち替わり魅力的なフレーズが登場するという序曲特有の展開で、演奏がどこか嚙み合わない。中盤以降弦楽器群がリードし出すと音楽全体が落ち着きを取り戻した。
続くボワエルデューの「ハープ協奏曲」。恥ずかしながら、筆者はハープ協奏曲なるものを初めて生で聴いた。ハープにここまでなめらかなフレージングと、なだらかに変化する音量調節と、きめ細やかなデュナーミクとが可能なのか、と率直に驚きを禁じ得なかった。作品自体は、モーツァルトのピアノ協奏曲をそのままハープ用に直したような具合だったが、魅力はモーツァルト作品に引けを取らないように思う。
プログラム後半はラヴェルの代表曲二つ。
管弦楽版「クープランの墓」。「こんな曲だったっけ?」となるほど、元のピアノ独奏版とは何もかも違っている。しかし、当然メロディーはそのままであり、元々このメロディーはピアノが弾きやすいように書かれたメロディーであろうから、どこか管楽器奏者は運指が苦しそうである。楽器間のフレーズの受け渡しがこの作品に新しい構造を与えている。音のグルーピングが変わってしまっているため、原曲との歴然たる違いが生まれているのであろう。
その受け渡しの感覚が後期の代表作「ボレロ」にも生きているというのが感覚的にわかるプログラミングになっていたわけだが、改めて聴くと「ボレロ」とは実によくわからない、退屈な作品だ。方向性がなく、自分が今何を聴いているのかだんだんわからなくなり不安になっていく。そのたびごとに担当する楽器の変わる主旋律は、妙に冷め切って、剥き出しのまま転がっている。
最後、急激なギアチェンジのような音量の増加に安堵する。終盤の展開は実に見事だった。さっきまで意識の流れだったものが音楽に変わったのだと、そのように感じ筆者は安堵した。

クラシック音楽界では、これからまたしばらく公演内容の変更と公演中止とが相次ぐだろう。しかしこういう時期だからこそ、名曲や古典を聴き直す機会が得られるのでもある。なんにせよこの日筆者は得難い経験をした。定番プログラムに今ひとたび向き合い直すことの重要性を噛みしめながら、会場を後にした。

                       (2022/2/15)

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<Artists>
Conductor : Gaetano D’espinosa
Harp : Naoko Yoshino*

<Program>
J. Strauss II : “Die Fledermaus” Overture
Boieldieu : Harp Concerto in C major*

Encore
Glinka: Nocturne
Ravel : “Le tombeau de Couperin” Suite
: Boléro