Menu

ニューイヤーコンサート ブランデンブルク協奏曲 全曲演奏会|大河内文恵

ニューイヤーコンサート ブランデンブルク協奏曲 全曲演奏会
New year’s concert Brandenburg Concertos Johann Sebastian Bach

2022年1月19日 サントリーホール 大ホール
2022/1/19  Suntory Main Hall
Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
Photos by 林喜代種 (Kiyotane Hayashi)

<出演>        →foreign language
【ゲスト】豊嶋泰嗣(ヴァイオリン、ヴィオラ)
西山まりえ(チェンバロ)
菅きよみ(フラウト・トラヴェルソ)
福川伸陽、藤田麻理絵(コルノ・ダ・カッチャ)
荒井豪、森綾香、小花恭佳(オーボエ)
永谷陽子(ファゴット)
宇治川朝政、井上玲(リコーダー)
廣海史帆(ヴィオリーノ・ピッコロ、ヴァイオリン)
原田陽、小玉安奈、丸山韶(ヴァイオリン・ヴィオラ)
高岸卓人(ヴァイオリン)
懸田貴嗣(チェロ)
エマニュエル・ジラール、島根朋史(チェロ、ヴィオラ・ダ・ガンバ)
角谷朋紀(ヴィオローネ)

<プログラム>
バッハ:ブランデンブルク協奏曲第1番
               第4番
               第3番

~休憩~

バッハ:ブランデンブルク協奏曲第5番
               第6番
               第2番

~アンコール~
バッハ:管弦楽組曲第3番ニ長調 BWV1068より 第2曲エール「G線上のアリア」

 

これほどチャレンジングな企画があっただろうか。チラシを初めて見たとき、目を疑った。新春にブランデンブルク協奏曲を全曲やる、なるほど。「平崎真弓を中心とした日本古楽界を牽引するメンバーによる」、なかなか意欲的。サントリーホール大ホール、、、大ホール? ブルーローズ(小ホール)ではなく? 何度見直しても大ホールとしか書いていない。半ば怖いもの見たさで、行くことにした。

演奏会が近づくにつれて、オミクロン株の猛威で海外から日本人ですら入国しにくい時期に突入してしまい、看板だった平崎、リコーダーの伊藤麻子が出られなくなり、ゲストは豊嶋に、リコーダーは井上に交代し、さらに直前に朝吹園子も原田に交代した。これだけ急な交代でも代わりの奏者が見つかったのは、日本の古楽奏者の層の厚さの反映であろう。

それでも、曲順や誰がどの曲でどのパートを弾くのかの最終的な決定がギリギリだったことを、原田のプロフィールと最終版の編成表を記したプログラムとは別の挟み込みプリントが物語る。冊子の編成表と新しい編成表を見比べてみると、単純に朝吹のパートを原田にスイッチしたわけではないことがわかる。

さて、舞台の後方には合唱用の山台が組まれ、その前の空間に奏者たちが並ぶ。1曲目は比較的編成の大きい第1番。無意識にモダン演奏の音を耳が期待してしまい、音が遠い気がする。各楽器の音がバラバラに聞こえてきて、今ひとつまとまりがないように思え、舞台の上では鳴っているのだろうが、こちらまで届かない。やはり、古楽オーケストラならともかく、大ホールでアンサンブル規模の古楽の演奏は厳しかったのかと思ったものの、4楽章のトリオ部分でオーボエ2本とファゴットだけになると、安定しているようにも聞こえた。

2曲目は第4番。弦楽器群にリコーダーが入った編成。ソロ・ヴァイオリンの豊嶋が輝かしい音色と細かいパッセージで醸し出す煌めきが、新春コンサートと銘打つのにふさわしい雰囲気を作り出す。3楽章で楽器同士が次々と同じフレーズで入ってくるあたりから、こちらの耳も慣れてきて、違和感がなくなっていることに気づいた。
続く第3番は本日初めての弦楽器のみの編成で、良いバランス。2楽章でのヴァイオリン・ソロでは、豊嶋がさすがの名演を聞かせ、そのまま3楽章に流れ込むと、弦楽器同士がおしゃべりをしているような賑やかさで、前半を締めくくるにふさわしいものだった。音楽は国境を越えるというが、この演奏は明らかに日本語のおしゃべりではなく、いま行くことの難しいヨーロッパの国々を思い出し、心が浮き立った。大ホールで古楽アンサンブル、なかなかイケるのでは?

休憩後は第5番から。ソロ・ヴァイオリンを丸山が担当し、いつものメンバー同士の安心感があるようで、丸山のヴァイオリンがうたううたう。この5番はブランデンブルク協奏曲の中でも特によく演奏されるもので、始まった瞬間に「ああ、あれね」と誰もが思う曲なのだが、ちょっと待て。まるで初期バロックの作品を聴いているような感じで、バッハってこんな曲だったっけ?と良い意味で裏切られ続ける。これまでの四角四面なバッハの印象が一変し、いい感じでとろけて生身の人間としてあらわれたよう。

名曲といわれる曲には「名演」がつきもので、過去の名演で曲のイメージが固定されがちであるが、そういったこれまでこびりついてきたイメージをキレイに剥がして生まれ変わる。2楽章では雰囲気ががらりとかわり、死の世界が繰り広げられているように感じられた。ホールの中は大勢の人で賑わっているけれど、外にはこんな世界が広がっているのだよと耳打ちされたような、でもそこにあるのは恐怖ではなく、その世界を冷静に見つめる目のようなもの。パンデミック中の心得をみたように思えた。そして3楽章での揺らぎに満ちた世界。ここがサントリーホールであることを忘れてしまう。

続く第6番は、豊嶋が原田とともにヴィオラで登場。ここで、薄々感じていた違和感の正体に気づいた。音程の取り方が豊嶋と他のメンバーとで違うのだ。ごくごくわずかであるが、豊嶋はモダンの音程の取り方をしており、他のメンバーより時折ごくわずかに高く音程を取っている。ソロで弾いているときにはあまり目立たないのだが、アンサブルとして混ざったときに、他の楽器の音程が低く聞こえてしまう。とくに手元で音程を調節できないチェンバロでは。その中で、原田が豊嶋の音程と他のメンバーの音程との調整をしているように聞こえた。

最後の第2番は古楽メンバーのみで安定した、しかしながら随所に彼ららしさを湛えた心躍る演奏を聴かせた。ここまで聞いてきて、彼ら演奏者たちが意図したかどうかは別として、古楽アンサンブルを大ホールでやるというチャレンジそのものに意義があったのではないかと思ったと同時に、もしかしたら、モダンの奏者がピリオド楽器で演奏する方法以外でモダンとピリオドの奏者が共 演するという、これまで誰もやろうともしなかったことに挑戦したのかもしれないと思えてきた。どちらの試みも完全とは言えないまでもある程度は成功しているといえるだろう。少なくとも良い意味でかなりのエポックメイキングであったことは間違いない。


この成功には、古楽メンバーたちの経験の積み重ねのみならず、豊嶋というゲストの存在が大きかったと誰より実感したのは、古楽メンバーたちなのだということが、アンコールの「G線上のアリア」から読み取れた。彼らの豊嶋への感謝の気持ちがよく表れていた。よくわからないけれどとんでもないものを聴いたと思って帰った聴き手も多かったのではないか。それが何だったのかは、これからの私たち(聴き手も演奏者も企画する人たちも)にかかっているのだと思う。今後、ブランデンブルク全曲演奏が(年末の第九やくるみ割りのように)年始の恒例行事になったら、日本の古楽界に新たなページを開くかもしれない。普段古楽、さらにはクラシック音楽にあまり親しんでいない層にも、容易くアクセスできるルートを作ることが必要になる段階まで来たのかもしれない。

(2022/2/15)

—————————————
Players
Vn & Va: Yasushi Toyoshima (guest)
Cemb: Marie Nishiyama
Flauto traverso: Kiyomi Suga
Corno da Caccia: Nobuaki Fukukawa, Marie Fujita
Ob: Go Arai, Ayaka Mori, Yasuka Kobana
Recorder: Tomokazu Ujigawa, Rei Inoue
Fg: Yoko Eitani
Vn & Va: Shiho Hiromi, Anna Kodama, Akira Harada, Takuto Takagishi
Va: Sho Maruyama
Vc: Takashi Kaketa
Vc & Va-da-gamba: Emmanuel Girard, Tomofumi Shimane
Viol: Tomoki Sumiya

Program:

J.S.Bach
Brandenburg Concerto No. 1 in F major, BWV1046
Brandenburg Concerto No. 4 in G major, BWV1049
Brandenburg Concerto No. 3 in G major, BWV1048
–intermission–
Brandenburg Concerto No. 6 in B-flat major, BWV1051
Brandenburg Concerto No. 5 in D major, BWV1050
Brandenburg Concerto No. 2 in F major, BWV1047
–Encore—
J.S. Bach: Overture (Suite) No. 3 in D Major, BWV 1068: II. Air, “Air on the G String”