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ジュネーブ国際音楽コンクールチェロ部門優勝記念コンサート 上野通明 チェロ・リサイタル|秋元陽平

ジュネーブ国際音楽コンクールチェロ部門優勝記念コンサート 上野通明 チェロ・リサイタル
Michiaki Ueno Cello Recital 2022

2022年1月20日 紀尾井ホール
2022/1/20 Kioi Hall
Reviewed by 秋元陽平(Yohei Akimoto)

<演奏>         →English
 上野通明(Vc)
 須関裕子(Pf)

<曲目>
 バッハ:ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ第2番ニ長調BWV1028
 ヒンデミット:3つの小品より「幻想小曲」作品8-2
 ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第2番ト短調Op.5-2
 ドビュッシー:チェロ・ソナタ 二短調
 プーランク:チェロ・ソナタ 作品143
(アンコール)
 フォーレ:夢のあとに

 

私はジュネーヴに住んでいた頃、とにかく徒歩でコンサートホールに通えることが嬉しかった。それでも借りていたアパルトマンからあのバックハウスがラスト・レコーディングを行ったヴィクトリアホールまで歩くと大体20分くらいあったのだが、東京に散在するホールを行き来するより遙かに気軽だった。さらに、家から数分のインターナショナルスクール付設ホールが会場の一つとして開放されて音楽が聴ける機会というのがあって、それはジュネーヴ国際コンクールの予選である。そんなわけで大いにこのイベントをご近所さんとして満喫していた。だから、楽器を問わず、その水準の高さ、このコンクールで選ばれることの難しさはよくわかっている。上野通明は私が帰国してからジュネーヴで栄冠を勝ち取った日本人の覇者ということで、気になっていたが、すれ違いで、このたび東京で聴くことができたのは幸いだった。

さて、この演奏会は、三つの透明性から成り立っていたように思う。
一つは上野とチェロとの間の透明性。これほど素晴らしい楽器が、名手に出会えたことは僥倖だ、と感じるが、それはただ楽器がいいから演奏がいいという意味ではもちろんない。上野は楽器になにも強いずに、ただ促す、つまり楽器を屈服させるのではなく、楽器に従うのでもなく、チェロに内在する響きの傾聴者として拡声することで音楽が伝わっていく。
このことが二つ目の、客席と舞台の透明性につながる。彼の音は、驚くほど聴き手の耳の近くで聞こえる。クリアな発声、音の立ち上がりによるのだろう。コンサートの性質は、奇妙に親密な、それでいて静謐な緊張感を伴ったものになる。
さらに、重要な三つ目の透明性は、ピアニスト須関裕子との間の透明なコミュニケーションだ。「伴奏」というには要求の極めて高いレパートリーが並んでいることは一目瞭然だが、互いの外的なやりとり、明示的な合図による丁々発止というよりも、それぞれがひとつの音楽に沈潜することによって精確に音楽を共有する、そういったアンサンブルだ。
こうして三重の透明性によって、たとえばベートーヴェン作品に内在している(ように私には思える)ごつごつとした骨格や語りの反復を伴うある種の過剰さは、きわめて解像度の高い細密な映像体験に置き換えられていき、どこか不思議の感もあるが、それは確かにひとつの誠実さであって、直向きに豊かな音楽を汲みだしている。
ドビュッシーとプーランクではとくに、ピアニストの果たした役割の大きさを認識せざるを得ない。スタッカート、マルカート、音末のとめ、はね、はらいを自在に操り、上野の明澄な一筆書きを受け止め、引き継ぐ——向き合った二人の書家のような趣だ。
白眉はプーランクか。プログラムノーツによれば「いたずらっ子」と「修道僧」の二面性がこの作曲家の売りだ。しかし上野のアプローチは、誇張的にこの二面性を演じ分けるというよりは、修道院に入った少年、とでもいうべき凜とした統一的な清潔感で全楽章を駆け抜ける。クリアな、それでいて深い射程をもつ演奏だ。この人はしかし、そのうちある種の「濁り」や過剰さも武器にしていくのかもしれない、ベートーヴェンのフィナーレで見せた情念に、そういったことも感じさせた。

(2022/2/15)

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<Performers>
 Michiaki Ueno (Vc)
 Hiroko Suseki (Pf)

<Program>
 J.S.Bach : Sonata for Viola da Gamba and Harpsichord No.2 in D Major BWV 1028
 P.Hindemith: Fantasiestück Op.8-2
 L.v.Beethoven : Cello Sonata No.2 in G Minor Op.5-2
 C.Debussy : Cello Sonata in D Minor
 F.Poulenc : Cello Sonata FP143
(Encore)
 Fauré : Après un rêve

URL : https://kioihall.jp/20220120k1900.html