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北とぴあ国際音楽祭 ラモー作曲 アクト・ド・バレ 《アナクレオン》|秋元陽平

北とぴあ国際音楽祭 ラモー作曲 アクト・ド・バレ 《アナクレオン》
[演奏会形式/フランス語上演・日本語字幕付]
Hokutopia International Music Festival / Jean-Philippe Rameau : Acte de Ballet «Anacréon»

2021年12月10日  北とぴあ さくらホール
2021/12/10 Hokutopia Sakura Hall
Reviewed by AKIMOTO Yohei (秋元陽平)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi) 

<演奏>        →foreign language
指揮・ヴァイオリン:寺神戸 亮
合唱・管弦楽:レ・ボレアード
バロックダンス:ピエール=フランソワ・ドレ、松本更紗
アナクレオン:与那城 敬
愛の神:湯川亜也子
バッカスの巫女:佐藤裕希恵
歌:波多野睦美

<曲目>
ルベル:《様々な舞曲》
コレッリ:フォーリア
リュリ:コメディ・バレ《町人貴族》〈諸国民のバレ〉より
リュリ:オペラ《アルミード》より〈パッサカイユ〉ほか
ラモー:《アナクレオン》(1757)

 

北区の魅力を伝える作品にはすでに『東京都北区赤羽』というシュルレアリスティックな名作があるが、帰宅どきの学生と勤め人でにぎわう南北線王子駅から徒歩1分の地域ホールで、ヴェルサイユ宮殿直送のフレンチバロックを、それも古楽器による演奏、ダンス付きで堪能できるというのはほとんど白昼夢のような体験である。恐るべきは北区の文化的な底力。
さて近世から啓蒙の世紀に至るフランスにあっては、Galanterie(雅)とか、Goût(趣味)とかいった、そのニュアンスからして一筋縄ではいかない美学的ディシプリンが文学から音楽に至るまで貫いていて、その中では対立する諸物は際どいところで共犯関係に——そう愛の神とバッカスのように——落とし込まれる。嘆きは愛に、愛は嘆きに、笑いは悲しみに、悲しみは笑いに、なぜなら洗練された趣味のもとでは、全ては「優雅」「洗練」という魔法の共通因子でむすばれるからだ。ため息をついても優雅、おどけても洗練という具合に。

このゲームの規則のもとでは、差異はしたがって極めて微細なところに現れてくる。わたしはとにかく舞踊においてはピエール=フランソワ・ドレの熟練に卓越したものを感じ、手首の「そつのない」なよやかな旋回にとくに目を奪われた。はりめぐらされた技巧がなせる自然、それの逆説が優雅をささえているのか。ヴェルサイユの古典主義詩学は、どれほど優雅であってもいわばナチュラル・メイクの美学なのだ。バロックダンスでは見たところモダンバレエのように大きな跳躍はないが、その分ひとつひとつの所作が切れ目なく自然に繋がって流れていく、その連続性の中でステップpasがリズムを作っていくようだ。チェンバロのフレージングで、ときに指から指への音の受け渡しで、鍵盤を離すか離さないかという絶妙なレガートを要求されるように。洗練された宮廷人は、重力のもたらすわずかなもつれの中に、優雅かそうでないかを分かつ線を引くのだろう、そう考えると優雅とは厳しい作法の世界でもある。
精霊から道化まで、八面六臂のメタモルフォーズに挑戦した松本更紗は、随所でコミカルなキャラクターを演じて観客を楽しませる反面、『アルミード』のパッサカイユではリュリのドラマティックな音楽のもとで一転してぴんと張り詰めた雰囲気を纏い、緊密なシークエンスを披露した。合唱(特筆すべき絢爛ぶりだった!)、そして言わずもがなレ・ボレアードのオーケストラも充実していたが、歌手陣では特に、波多野睦美による、19世紀以降のオペラに連なる朗々たる表出とは異なる、薄くきらびやかなピリオドオーケストラのテクスチュアに溶け込むようにささやくプラテが心に残った。同作曲家のより有名な『雅なインド』でもそうだが、今回演奏された『アナクレオン』は、とにかく現代人の目を白黒させる空想的なストーリーだが、酒と愛とを調和させるというのは、よくよく考えてみると極めてアクチュアルな(?)テーマと言えるかもしれない。百科全書が編まれ、身も蓋もない無神論が地下文書で飛び交っていた同時代の看板番組であると考えるとなおのことこの殿上劇は面白い。私にとっては、とくに佐藤裕希恵演じるバッカスの巫女の、足し引きしないままリリカルな歌が、古楽の雅を象徴する歌唱であった。とにかく、古楽シーンが盛り上がる東京で、延期されたアルミードの公演も含め、レ・ボレアードの今後の公演にますます期待が高まるばかりだ。

(2022/1/15)


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<Cast>
Terakado Ryo (Cond.&Vn)
Les Boréades (Chorus / Orchestra)
Pierre-François Dollé, Sarasa Matsumoto (Danse Baroque)
Yonashiro Kei (Anacréon)
Yukawa Ayako (Dieu d’amour)
Sato Yukie (Prêtresse de Bacchus)
Hatano Mutsumi (Mezzo-Soprano)
<Program>
Rebel : Les caractères de la danse
Lully : Extrait de Ballet des nations (« Bourgeois Gentilhomme »)
Lully : Extrait de « Passacaille » (Armide)
Rameau : Anacréon(1757)