撮っておきの音楽家たち|瀬戸内寂聴 |林喜代種
瀬戸内寂聴(作家=オペラ台本、僧侶)
Jakuchou Setouchi, Writer = Opera Script, Buddhist priest
2005年11月11日 オペラ「愛怨」制作発表 新国立劇場
2006年2月15日 オペラ「愛怨」ゲネプロ 新国立劇場
Photos & Text by 林喜代種 (Kiyotane Hayashi)
2021年11月9日作家で僧侶の瀬戸内寂聴が99歳で生涯を終えた。僧侶になる前の寂聴は瀬戸内晴美として作家活動をしていた。1973年11月14日岩手県平泉の中尊寺で得度し晴美から寂聴になる。51歳だった。師僧は今東光。1974年京都嵯峨野に寂庵を開き、晩年まで法話を続けた。1987年から二戸市の天台寺の職を務めた。寂聴の法話はユウモアにあふれた法話であったり、親身に相談に乗ったりで人気だった。また2011年にはいち早く原発事故の被災者を避難先の岩手の学校に訪ねてこどもたちと対話をしている。翌2012年には「さよなら原発10万人集会」に参加して原発反対の意思表示をしている。また2015年6月国会前では「安全保障法制」に反対の声を上げ反戦を訴えている。何より寂聴の生きる真髄は「愛した 書いた 祈った」であった。
これらのことは衆知のことであるが、舞台の台本も多く書いている。オペラの台本もある。同郷の徳島県出身の作曲家三木稔の強い要望で8世紀奈良時代、遣唐使、初期仏教、琵琶をキーワードに依頼された。
三木は日本史オペラ8連作を題材に作曲していた。8世紀奈良時代が最後に残っていた。
彼のオペラ8連作とは
①5世紀「ワカヒメ」(1991年)
②8世紀「愛怨」(2005年,本作)
③10世紀「源氏物語」(1999年)
④12世紀「静と義経」(1993年)
⑤15世紀「隅田川+くさびら」(1995年)
⑥17世紀「じょうるり」(1985年)
⑦18世紀「あだ」(1979年)
⑧19世紀「春琴抄」(1975年)
三木稔日本史オペラ8連作は33年を要して完成した。最後の8世紀奈良時代のテーマは寂聴にとって難産だった。三木稔はこれが出来たら死んでもいいと言っていたという。実際この頃の三木はガンに侵されていた。だが要求はだんだん多くなり、奈良と唐をあわせて舞台に乗せ琵琶に重要な役目をさせろという。これはもう遣唐使を書くしかないと決めてから話が一気に出来上がったという。この「愛怨」はオペラ初挑戦となる瀬戸内寂聴の台本を待って、日本の歴史を題材にすべての作品が三木稔の完成篇として世に出す大作。遣唐使として唐に渡った青年と生き別れた美しい双子の姉妹の愛と夢と苦悩を描いたオペラである。
作品解説で佐野光司は「「愛怨」の舞台となる8世紀奈良時代の日本が遣唐使を通して中国と交流していたことはこのオペラの構成の根幹となっている。また「愛怨」とは秘曲とされる琵琶曲の名前であるが、恋愛の深奥に横たわる「愛」と「怨」という相反する情動をオペラの題名としているところに瀬戸内寂聴のすぐれた語感を感ぜずにはいられない」と。
寂聴は70代で「源氏物語」の現代語訳にとりかかり、全10巻を約7年を要して完成。80代に入って新作能台本、歌舞伎台本、浄瑠璃、狂言と続く。歌舞伎「源氏物語」の台本で松竹から台本賞を授与される。
そのような時に三木稔よりオペラの台本の依頼を受けたのである。また自立した女性の先駆けとして数々の小説や著作は400冊に及ぶ。多くの法話で人気を集め、「愛した、書いた、祈った」そして好きな一字は「愛」。そしてこの「愛怨」を通じてオペラは「愛」であると感じたという。
(2022/1/15)