第1945回NHK交響楽団定期公演|大河内文恵
第1945回NHK交響楽団定期公演 池袋Aプログラム
NHK Symphony Orchestra No. 1945 Subscription (Ikebukuro Program A)
2021年12月5日 東京芸術劇場
2021/12/5 Tokyo Metropolitan Theatre
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
写真提供: NHK交響楽団
<出演> →foreign language
ガエタノ・デスピノーサ(指揮)
小林海都(ピアノ)
<プログラム>
ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲 作品56a
バルトーク:ピアノ協奏曲 第3番
~ソリスト・アンコール~
ヤナーチェク:草が茂る小道を通って 第1集 から 第7曲「おやすみ」
~休憩~
シェーンベルク:浄められた夜 作品4
オミクロン株はコンサート事情に新たな局面をもたらした。海外から演奏家が来られないというだけでなく、隔離期間が突然延びたために予定していた演奏者がすでに日本にいるのに出られないという事態が12月には続出した。その1つがNHK交響楽団の12月のAプログラム定期公演だった。
当初、山田和樹指揮のブラームス、R.シュトラウスの最後の4つの歌、シェーンベルクというプログラムで組まれていたが、指揮者はデスピノーサに交代し、シュトラウスをバルトークのピアノ・コンチェルトに変更、ソリストとして小林が呼ばれた。元のプログラムから1曲のみ変更したことによって、一見方向性の見えにくいプログラムになったが、それは杞憂だった。
この公演は4日と5日におこなわれ、4日はNHK-FMで生放送された。4日の放送と比べて、ホールで聴くと耳に届く情報量の違いに驚く。客席で聴く音は、音のかたまりとして聞こえていた前日の演奏とは全くの別物だった。
ブラームスのハイドン・バリエーションがこんなにスリリングな曲だったとは。この曲は2台ピアノ版でも知られ、オーケストラ版ではどちらかというと2台ピアノでの雰囲気に引き寄せたまとまりを重視した演奏が多いように思うが、デスピノーサは中声部や低声部を微妙に揺らし、絶妙なバランスで進めていく。また、原曲となったハイドンのディヴェルティメントが木管五重奏であることから管楽器が強調される印象が強いが、本日の演奏は管楽器の存在感は薄め、変奏部分ではテーマもあまり強調されない。この作品の枠組みと思われるものをすべて丁寧にはずした上で、ここまで心躍る演奏に仕立て上げた手腕に早くも脱帽である。
続くバルトークのピアノ・コンチェルト第3番は、映画「蜂蜜と遠雷」で主人公がコンクールの本選で弾く曲として登場したことにより有名となった。3楽章の技巧的に難しい部分がクローズアップされがちであるが、小林の演奏を聴いてこの曲の本質は別のところにあることに気づいた。
会場にいた誰もが2楽章の美しさに心を奪われたことだろう。コラール風のピアノソロは、一音ごとに響きの方向性がかわり精巧なガラス細工かステンドグラスのような造りになっていて、一歩間違えば意味不明になったり、逆に平板になってしまう危険性があるのだが、どちらにも陥ることなく完璧なステンドグラスを小林は組み立ててみせた。
コンチェルトというと、オーケストラとソロの競演という側面がクローズアップされがちであるが、この曲に関していえば、ピアノはソロ楽器というより完全にオーケストラの一部になっており、ピアニストはオーケストラ・パートをすべて把握していなければ演奏することが難しい。そういう意味で、室内楽的なつくられかたをしている。
実質的に音楽をリードしているのは小林であり、彼が推進していく方向にオーケストラがついていくその手助けをデスピノーサがしていて、その室内楽的世界に聴衆がどんどん惹き込まれていくのが手に取るようにわかる。
小林がつくりだす世界にデスピノーサ自身が共感していることがさらに明確になったのは、ソリスト・アンコール時である。デスピノーサはオーケストラ奏者の中に入って腰掛け、ニコニコしながら小林のアンコールを聴いていた。4日にはシューベルトのアレグレット ハ短調 D.915が演奏されたが、この日はヤナーチェク。聞こえるか聞こえないかギリギリの弱音から始まった演奏に客席も舞台の上も皆が集中して聴き入っていた。リーズ国際ピアノコンクールで日本人歴代最高位の2位に輝いた凱旋演奏がN響との共演という大きな舞台だった小林だが、その期待に十二分に応えた。今後の活躍が楽しみである。
休憩後は浄夜。弦楽六重奏のために書かれたこの作品は、のちに弦楽合奏版も出版され、本日は弦楽合奏版での演奏。デスピノーサは元々ヴァイオリニストで、ドレスデン国立歌劇場のコンサートマスターを務めていた経歴を持つ。ドレスデン仕込みの彼はオペラ指揮者としても活躍しており、楽器を「歌」のように扱うことに長けている。そのことが最もよくあらわれていたのが浄夜だった。
デーメルの詩にもとづく一種の標題音楽でもある浄夜が、真に劇音楽であると感じられたこの日の演奏は、まるでオペラのオーケストラ・ピットから流れてきているのではないかと思うくらい、情景が浮かぶもので、ソロ部分を担った奏者もそれによく応えていた。
NHK交響楽団はオペラのピットに入る機会があまりないためか、劇音楽はあまり得意でない印象を持っていたが、デスピノーサが指揮台に立つのであれば、N響がピットに入ったオペラもなかなか面白いものができるのかもしれないと新たな妄想が湧いた。デスピノーサとN響の共演は今回で4度目ということであるが、今後その機会は増えそうである。それとともに、オペラ指揮者としてのデスピノーサも実際にみてみたいところである。
(2022/1/15)
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Players:
Gaetano d’Espinosa, conductor
Kaito Kobayashi, piano
Program:
Brahms / “Variationen über ein Thema von Haydn,” Op. 56a
Bartók / Piano Concerto No. 3
-solist encore-
Leoš Janáček / Po zarostlém chodníčku, Book 1, VII. Good Night!
–intermission—
Schönberg / “Verklärte Nacht,” Op. 4