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アンサンブル室町による ​Leçons de Ténèbres 暗闇の聖務 2021|大河内文恵

アンサンブル室町による ​「Leçons de Ténèbres 暗闇の聖務 2021」
Leçons de Ténèbres 2021 by Ensemble Muromachi

2021年12月17日 東京カテドラル聖マリア大聖堂
2021/12/17  St. Mary’s Cathedral Tokyo
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by 横川義仁

<出演>        →foreign language
芸術監督:ローラン・テシュネ
指揮:鷹羽弘晃
カウンターテナー:上杉清仁、久保法之
バリトン:高橋宏典
テノール:金沢青児

和楽器
能管:澄川武史
篠笛:あかる潤
龍笛:清田裕美子
尺八:黒田鈴尊
篳篥:三浦元則
笙:管原ユーリ
琵琶:久保田晶子
箏:日原暢子、森梓紗、LEO
胡弓:村澤丈児
​三味線:守啓伊子

古楽器
バロックリコーダー:大塚照道
フラウト・トラヴェルソ:菊池奏絵
バロックオーボエ:酒井弦太郎
ドゥルツィアン:長谷川太郎
セルパン:橋本晋哉
オルガン:大平健介、新妻由加
チェンバロ:圓谷俊貴
バロックヴァイオリン:須賀麻里江、高岸卓人
ヴィオラ・ダ・ガンバ:和田達也
バロックチェロ:山田慧
​バロックギター:山田岳

<プログラム>
渋谷由香:太陽と涙(委嘱作品・世界初演)
シャルパンティエ:聖金曜日のための第1のルソン・ド・テネブルより
セバスチャン・ベランジェ:Eigengrau(委嘱作品・世界初演)
シャルパンティエ:聖金曜日のための第3のルソン・ド・テネブルより
台信遼:in tenebris(委嘱作品・世界初演)
シャルパンティエ:聖金曜日のための第2のルソン・ド・テネブルより
権代敦彦:↗、↘、→(委嘱作品・世界初演)
シャルパンティエ:聖金曜日のためのルソン・ド・テネブルより
フロラン・キャロン=ダラス:Lumina(委嘱作品・世界初演)
シャルパンティエ:聖金曜日のための第3のルソン・ド・テネブルより
向井航:鳴かない、ツバメ(委嘱作品・世界初演)
シャルパンティエ:聖金曜日のための第1のルソン・ド・テネブルより
藤倉大:Moon(委嘱作品・世界初演)

 

クリスマス・イヴの1週間前、マスクをしソーシャル・ディスタンスを保ったままではありながら、街は聖夜の賑わいを取り戻しつつある。キリスト教の信仰を持たなくとも、聖なるものに触れる機会として当夜は相応しいイベントであった。

今回委嘱を受けた作曲家は国内外の7人。それぞれがこのアンサンブルの独特な編成とカテドラルの音響、奏者と聴き手の位置関係といった特殊な設定を作曲上の制約としてではなく、むしろインスピレーションの源泉として、思いもかけない音響を生み出したことに感銘を受けた。

特に印象深かった作品をいくつか挙げたい。台信遼のin tenebrisでは、点はあっても決して線にならない楽器群に対して、4人の歌手には旋律が与えられ、音の帯が形成されるのみならず、音が「見える」という体験をした。たしかに耳で聴いているはずなのだが、視覚的ななにかが呼び覚まされ、そこが刺激されている感覚。
昨今流行りのプロジェクション・マッピングを加えて視覚的にも楽しめるようにした音楽を、映像なしで実現してしまったかのようで、真に豊饒な音楽はそれ自体の中に映像が内包されていて付け加える必要などないのだと実感した。この曲を聞きながらふと「灯篭流し/精霊流し」という言葉が浮かんだ。弔うという行為/心持ちは洋の東西を問わないのかもしれない。

権代作品はこれまで数多く聞いてきており、どの作品にも「らしさ」を感じることが多いのだが、今回は「らしさ」がないことで却って、この場への想いの強さが感じられた。客席からみて後方にあるオルガンが効果的に使われており、その低音の深さとカウンターテナーの天井から降ってくる声とが相俟って、宇宙の響き(実際には大気のない宇宙空間に「音」は存在しないはずだが)を聴いているように思われた。あとでプロフィールに「キリスト教徒」とあるのをみて、深く納得した次第。

Luminaと題したフロラン・キャロン=ダラスの作品は、深いビロードの上にさまざまな輝きをもつ小さな無数のスワロフスキが煌めきながらひしめき合い、それを常に転がし続けて一瞬たりとも同じ輝きはないのだと見せられているような感覚。低音ではセルパンとファゴットの音色がビロード感に拍車をかけている。

今回もっとも心を掴まれたのは、向井航の《鳴かない、ツバメ》。ただひたすら圧倒され、言葉が出ない。筆者は音楽を聞いていると、心に響けば響くほど「言葉」が降ってくる質で、レビューを書くときにはその降りてきた「言葉」を手掛かりにすることが多いのだが、圧倒されすぎて言葉が何も出ないというのは、初めての経験だった。途中、バロック音楽のような箇所があり、そこで正気に返ったが、最後にオルガンが響き渡り、再び圧倒される。向井の名前は知ってはいたが、実際に聞いたのは初めてで、こんな作曲家がいたのかと今更ながら目を開かれる思いがした

現代の新曲とカテドラルと古楽器、方向性が異なるように見えるもの同士がガチっと上手く嵌まったとき、予想だにしなかった途方もないエネルギーが生まれる。新曲はすべて委嘱作品で、作品が上がってこなければ全容はわからないなかでの、このプログラミングには感服した。おそらくこの順番しかあり得なかったのだと聞き終わったときに思ったが、そこに辿り着くのは容易ではなかっただろう。

新曲の間にはシャルパンティエのルソン・ド・テネブルが挟み込まれることによって、放出されたエネルギーが回収され、聴き手の心持ちをリセットする役目を果たしていた。新曲でぐらんぐらんに揺さぶられた心が、シャルパンティエが始まるとホッとするのだ。まるで家に帰ってきたような安心感を覚える。それが普段古楽を聞き慣れている筆者だからなのか、あまり西洋古楽を聞いた経験のない人でもそうなのか、興味がわくところである。
今回、ローラン・テシュネが率いてきたアンサンブル室町は、大平健介を新しい芸術監督として迎えると発表した。パンフレットの冒頭に記された大平の挨拶に、「本公演は2年前の火災の犠牲となったパリのノートルダム大聖堂、マルク=アントワーヌ・シャルパンティエ、そして今まだ先の見えないパンデミックの渦中にある私たち全ての人々へ捧げられています」という一文をみつけたとき、伝統は確実に受け継がれていると確信した。来年以降の公演も楽しみである。

(2022/1/15)

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Players:
Artistic director: Laurent Teycheney
Conductor: Hiroaki Takaha
Countertenor: Sumihito Uesugi, Noriyuki Kubo
Tenor: Seiji Kanazawa
Bariton: Kousuke Takahashi

Baroque recorder: Terumichi Otsuka
Pipe organ: Kensuke Ohira
Flauto traverso: Kanae Kikuchi
Baroque oboe: Gentaroh Sakai
Baroque violin: Marie Suga, Takuto Takahishi
Cembalo: Toshiki Tsumuraya
Positive organ: Yuka Niitsuma
Serpent: Shinya Hashimoto
Dulcian: Taro Hasegawa
Baroque guitar: Gaku Yamada
Baroque cello: Megumu Yamada
Viola da Gamba: Tatsuya Wada

Shinobue: Jun Akaru
Ryuteki: Yumiko Kiyota
Biwa: Akiko Kubota
Syakuhachi: Reison Kuroda
Syo: Yu-ri Sugawara
Nohkan: Takeshi Sumigawa
Koto: Yoko Hihara, Azusa Mori, LEO
Hichiriki: Motonori Miura
Kokyu: Joji Murasawa
Shamisen: Keiiko Mori

Program:
Yuka Shibuya: Soleil et larmes (Création mondiale)
Marc=Antoine Charpentier: Première Leçon de Ténèbres pour Vendredi Saint
Sébastien Béranger: Eigengrau (Création mondiale)
Marc=Antoine Charpentier: Troisieme Leçon de Ténèbres du Vendredi Saint
Ryo Dainobu: in tenebris (Création mondiale)
Marc=Antoine Charpentier: Seconde Leçon de Ténèbres du Vendredi Saint
Atsuhiko Gondai: ↗、↘、→ (Création mondiale)
Marc=Antoine Charpentier: Leçon de Ténèbres du Vendredi Saint

Florent Caron-Darras: Lumina (Création mondiale)
Marc=Antoine Charpentier: Troisieme Leçon de Ténèbres du Vendredi Saint
Wataru Mukai: Elle ne chante plus, l’hirondelle (Création mondiale)
Marc=Antoine Charpentier: Première Leçon de Ténèbres pour Vendredi Saint
Dai Fujikura: Moon (Création mondiale)