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原作:谷崎潤一郎 台本・作曲:西澤健一 オペラ『卍』管弦楽版初演|齋藤俊夫

原作:谷崎潤一郎 台本・作曲:西澤健一 オペラ『卍』管弦楽版初演
Kenichi NISHIZAWA : Manji (Quicksand) Opera in 3 Acts (First performance with full orchestra)

2021年12月8日 めぐろパーシモンホール 大ホール
2021/12/8 Meguro Persimmon Hall – Main Hall
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<スタッフ、キャスト>        →foreign language
指揮:西澤健一
演出:三浦安浩

光子(メゾソプラノ):新宮由理
園子(ソプラノ):津山恵
孝太郎(テノール):横山慎吾
綿貫(バリトン):岡元敦司

原作:谷崎潤一郎『卍(まんじ)』
台本・作曲:西澤健一

助演:飯塚奈穂
美術:松生紘子
照明:矢口雅敏
衣裳コーディネート・ヘアメイク:濱野由美子
舞台監督:近藤元
演出助手:根岸幸

管弦楽:卍プロジェクト・オーケストラ
(コンサートマスター 藤村政芳)

主催:卍プロジェクト

 

オペラ『卍』が筆者に突きつけたのは「これが〈今の現代日本音楽〉である」という事実であったが、筆者はその〈今の現代日本音楽〉への強烈な違和感をどうしても拭い去れないまま、終演後会場に満ちた拍手を聞いていた。

本作の粗筋を簡単に説明しよう。主婦・垣内園子(津山恵)がとある美女・徳光光子(新宮由理)とレズビアンの関係を持つが、園子には孝太郎(横山慎吾)という夫がおり、光子には綿貫栄次郎(岡元敦司)という婚約者がいた。この4人の不義密通関係が複雑に絡み合い、谷崎潤一郎ならではの愛欲にまみれた心理戦が展開される原作から、心理戦の要素を省き、愛欲によって誰をも魅了する光子の神々しさ――オペラでは「光子観音」と呼ばれるほどの――を輝かせ、最後の心中シーンでその神々しさがまさに頂点に達するように描いたのが今回のオペラ『卍』、と筆者は捉えた。

谷崎潤一郎作品を原作とし、日本の伝統音階を部分的に使用し、イントネーションを大阪弁に倣う、と作曲・台本の西澤健一の作曲・作劇のベクトルが〈日本〉を向いていたのは間違いないだろう。だが、それでいて作中の〈日本〉表象がことごとくずれていたように筆者には感じられた。

一々は挙げないが、例えば第2幕で綿貫が歌い上げる全ての音が日本伝統音階のアリア。それまで日本伝統音階は部分的にしか使われていなかったため、このアリアは唐突に聴こえ、また音階が持つ性格と歌の内容が合っていない。外国人が霊柩車を豪華でめでたい車と見てしまうような音楽的・劇的錯誤が感じられた。

歌手が基本ベルカントで歌いつつ、時折日本伝統音階やヨナ抜き音階(らしき)ものが使われる本作は、時代様式としては山田耕筰時代(筆者が参考にしたのは山田の『あやめ』と『香妃』)並みと感じられた。しかし山田耕筰のオペラのアリアとは〈日本〉の姿が決定的に異なる。本作の日本表象はキッチュであり、真似された日本なのだ。
〈西洋〉音楽を〈日本人〉が学び、演じるときに現れる〈ズレ〉の感覚、自分は西洋と日本、どちらの文化に属して創作しているのかというこの感覚、それは黒船来航以来約170年来のジレンマである。だが、本作にはそのジレンマと、ジレンマを越える作品内の工夫・技巧が存在しない。

西澤健一は恐ろしく〈正直〉なのだろう。本作のどこを聴いても西澤の真正直な、彼が書きたかった音楽が奏でられたが、その音楽には日本が西洋と対峙してきた歴史的葛藤が欠如している。西澤という音楽家は本作品中に確かに存在するが、彼と本作品は歴史を忘却、あるいは殲滅した日本の〈今〉という孤島にいる。

自分自身の歴史を忘却・殲滅する現代日本と日本人――その中にはもちろん筆者も含まれる――の〈今〉の姿が、本作品によって鏡のように映し出されて見えた気がした。鏡に映った我々の顔は滑稽でもグロテスクでもなく、つるりとして何もないのっぺら坊のようであった。そののっぺら坊の鏡像に向かって盛んに拍手をする我々、〈今〉の日本人とはいったい誰なのであろうか?

(2022/1/15)

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<Staff, Cast>
Conductor : Kenichi NISHIZAWA

Directer : Yasuhiro MIURA
Mitsuko (Mezzo soprano) :  Yuri SHINGU
Sonoko (Soprano) : Megumi TSUYAMA
Kotaro (Tenor) : Shingo YOKOYAMA
Watanuki (Bariton) :  Atsushi OKAMOTO

Based on “Quicksand” written by Junichiro Tanizaki
Librettist, Composer : Kenichi Nishizawa

Supporting Actress : Nao Iizuka
Set Designer : Hiroko Matsuo
Lightning Designer : Masatoshi Yaguchi
Costume Coordinator & Hair make artist : Yumiko Hamano
Stage Manager : Moto Kondo
Assistant Director : Sachi Negishi

Orchestra : Manji Project Orchestra
(Concertmaster : Masayoshi Fujimura)

Produced by Manji Project