B→C ビートゥーシー[237] 森武大和 コントラバス・リサイタル|丘山万里子
B→C ビートゥーシー[237]森武大和 コントラバス・リサイタル
B→C[237]Yamato Moritake Contrabass Recital
2021年12月14日 東京オペラシティ リサイタルホール
2021/12/14 Tokyo Opera city Recital Hall
Reviewed by 丘山万里子 (Mariko Okayama)
Phots by 大窪道治 /写真提供:東京オペラシティ文化財団
<演奏> →foreign language
森武大和(Cb)、高橋朋子(Pf)*
<曲目>
グラス:ティシュー第7番(2002)*
J.S.バッハ:ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのためのソナタ第1番 BWV1027 *
ハウタ=アホ:カデンツァ(1978)
小室昌広:Depends on BACH(2021、森武大和委嘱、世界初演)*
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J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番 BWV1007
ゲッダ:痛みの錬金術(2014)
プロト:ソナタ1963(1963)*
(アンコール)
フランセ:モーツァルト・ニュールック
アダム・ベン・エズラ:キャント・ストップ・ランニング
《B→C》[237]に登場はウィーン放送交響楽団コントラバス奏者、森武大和。東京藝大卒後渡独、ミュンへン音楽大学などで学び、2018年よりウィーン放送響に所属、エレクトリックベースなどの他、音楽学分野でも研究・執筆、幅広い視野での活躍が注目される日本のコンバスのトップランナーである。当夜のプログラム、さらにはアンコールでの颯爽たるステージに、この楽器の未来を切り開く若き先駆者としての存在感を示し、大いに観客を沸かせた。
存在感といってもこの人の場合、楽器のサイズ・重量と比例せず、どこをとっても軽やか爽やか。まず楽器を抱え、とっとと出てくるその時から満面の笑み。で、そのまんまで演奏に取り掛かり、さすがに曲調に合わせ表情はいろいろであるものの、弾き終えてまた喜色満面で袖に引っ込む。これが繰り返されるのであるから、ひまわり男、とでもいったら良いか。
昨年2月、チェロの宮田大とバンドネオンの三浦一馬のデュオで、宮田が「いつもはクラシックばかりで、弾くのも緊張があるんだけど、今日はすっごく楽しい!」と嬉しそうに言うのを聴き、宮田でも硬くなるのか、と驚きつつ、シリアスなのもいいけど、やっぱり音楽は楽しまないとね、と思ったものだ。森武にあるのは、ぱんぱんの「弾く喜び」で、それはバッハだろうが現代曲だろうが変わらない。
まずもって奏者の喜びは、必ず聴衆の喜びとなることを彼は知っているのだろう。
冒頭はグラスであったが、これがまた静かで透明な湖面に漂う靄のような音楽で、pfの繰り返し音型の上を弦は優しく滑ってゆくのであって、満開笑顔は穏やかな陶然たる微笑に変わり、聴き手の胸にそくそくと滲み入る。心地よいことこの上なし。
次なるバッハは古典的な品格の中にもどこか野太さが通るのは楽器の持ち味。第3楽章アンダンテの一足一足心の底に降りてゆくようなフレージングがとりわけ深々とした響きによって強調され、ずいぶんとロマンティックに濡れそぼるのを、ほう、と新鮮に聴く。
後半での『無伴奏チェロ組曲』は、その低音の豊かな鳴りのせいで音楽の重心が底部にゆきがちとなり、舞踊的なかろみは欠けるのだが、力まず全体にさらっと仕上げ、サラバンドの蕩蕩たる流れに意を注入しスケール感を創出するバランス感覚にセンスを感じた。
そんなことより、この楽器のために書かれた作品が抜群だ。
ミュンヘン国際コンクールでの課題曲にもなったフィンランド作曲家の『カデンツァ』は、その名の通り、名技性と特殊奏法をふんだんに盛り込んだ現代曲で、たっぷりした歌謡性といい、多種多様な奏法から生まれる多彩な音響といい(指板の上から下までズズーっとの大グリッサンド、変幻自在のピチカートとノリなどなど)コンバス・ワンダーランドを開陳してくれた。
けれど筆者はその次、前半を締めくくる委嘱世界初演曲『 Depends on BACH 』を何より高く評価する。例の如く現れた彼がステージに楽器を横たえ座したのに客席「え?」と一斉に首を伸ばしたのだが、見えない(筆者には)。と、すうっと微かな風の音。箏を一瞬イメージしたが、弦を弓で擦っているのだろう(*)。この手の「ちょっとやってみました」感を筆者は好まないのだが、いや、なんとも不思議な響き。風だ。思うに、これを「風」と聴くのは私たち日本人だけかもしれない……。
題名通り、バッハの『ロ短調ミサ』終曲と『カンタータ第78番』 BWV78の第1曲と終曲コラールの一部が引用されており(「主よ あなたを信じます 私の弱きを助け 絶望からお救いください」)、全体はバッハの名前に基づく音名モチーフの変容による5つのエピソードからなる。ストーリーは「コロナ禍との対峙」だそうだが、そうした成り立ちはともあれ。
気づくと彼はすでに立奏となっており、やがて現れるコラールの、何もかもを優しく柔らかく包みあげるような響きの帯に溶け、大きく深呼吸を繰り返すうち満たされてゆく安らぎのようなものがあって、それは微かな風から起こり、私たちを微光でみたし、とおってゆき、ゆらゆら目を閉じるうちにいつの間にか彼はまた座っており、風の音がして、沈黙がきた……。合間にあれこれの特殊奏法も音響も仕込まれてはいたものの、一種の句読点のようなもので、耳目を狙うあざとさなどなく、全体は一篇のポエムとなって音は静かに去った。
のだが、ここがまた彼のキャラ、立ち上がると再び例の笑顔を客席に投げるわけで、そのギャップたるや。音楽の雰囲気そのままに、いかにも「らしく」引っ込まないところ、もはや天然と言うべきか。
いずれにせよ、筆者は思った。この作品は、国際舞台でどんどん演奏して欲しい。安っぽいエキゾティシズムの売りだ、など卑屈に揶揄せず、臆せず堂々と、風とバッハと私たちの祈りです、と、到るところで鳴らせば良いのだ。
昔、ウィーンのヴァイオリニスト(日本人)に、曲の始め方終わり方について、西洋の音は重く硬いドアの押し引き、日本の音は襖の引き戸の引き閉め(この作法はもう廃れたが)、その文化の違いを知らなくちゃ、と言われた。それならこの「風」は、ドアからでなく襖や障子からのすぅっー、なのだ。
そういう作法、文化がここに宿る、など言い立てる必要はなく、冒頭のこれだけで、「ん?」と思わせればそれでいい。その後にバッハが続けばいっそう効果的で、なんと安直な!と目を剥く人もいようが(筆者も本来そっち派なのだが)この種の不思議感はうまくやれば大ヒットだ。小品だからこそ可能なこの技は場面転換やアンコールピースに最適と筆者は思う。おまけに変に静粛を引きずらず、さっぱり笑顔に切り替える森武のそれも大いに有効で、まさに絶妙の逸品であった。
後半、『痛みの錬金術』は『源氏物語』の葵上に着想を得たとのことで、この楽器らしいダイナミズムを存分に発揮したが、はて、なぜ『源氏物語』?このイタリアの作曲家は、トリスタン・ミライユや細川俊夫に学んだというが、作品自体にその手の臭さも意味深長もなく、至って普通であった。
プロトの『ソナタ』もジャズテイストのスウィングで客席を大いに揺すってくれ、筆者はひたすら楽しく楽しく聴いた。相方の高橋朋子、ベルリンを拠点に活躍するピアニストだが、クラシック×ジャズの混ぜこぜ味をパキパキ決めてステージを盛り上げた。
コントラバスは、クラシックでは縁の下の力持ち的地味な存在と思う人が多かろうが、オーケストラの基盤、音楽を支える最重要楽器だと筆者は考える。一方、ジャズでは全く別の魅力を放ち、ソロを取れば場をかっさらい、ウィンクひとつで悩殺する、そういう音楽をやる。
この楽器はそのように、控えめだがパワフルで、暴れん坊にもなるし(ボディの パ-カッシブ奏法を見よ)、キュートにもセクシーにも、厳粛にも崇高にもなる。森武が当夜選んだ曲は全て、これらの魅力を余すところなく伝えるものだった。そうして、しつこいが、新作初演の「風」のびっくり、は、まだまだたくさんいくらでもこの楽器からはびっくりが飛び出せるんだ、そのことを一番はっきり、わかりやすく私たちに示したと思える。
筆者は現代音楽もそれなりに浴び、特殊奏法・特殊音・特殊仕掛けには驚かないが、『 Depends on BACH 』には自然な「自分音楽」があった。そう思わせたのは、森武のひまわりキャラもある。おそらくウィーンの日常に、彼はとにかく弾くことを目一杯楽しんでいるのではないか。
音と遊ぶ。楽しく遊ぶ。誰彼なく、毎日一緒に、遊ぶ。アンコールのさらにおまけに、台に飛び乗りブンブン・タカタカ『キャント・ストップ・ランニング』で踊る彼、愉悦の塊。
その幸福感が彼の演奏・音楽の原点で、そこに筆者は新世代の日本のトップランナーを見たのである。
前述のヴァイオリニストはかつて日本のエリート楽団に属し、ウィーンで弾かないか、との甘言にのり渡維納したものの、当時のウィーン・フィルは外国人など受け入れる楽団ではなく、やっと放送響に入ったという。苦行の如く修練を積み、生徒を指導する人だった。そういう時代、そういう人生。
そうして今、森武のように、音楽でワイワイ一緒に遊べる若者たちの時代が、来たのだ。
(*)あとで主催者から「エンドピンのあたり+駒のあたりを擦る」という奏法であったことをご教示いただいた。
(2022/1/15)
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<Player>
Cb : Yamato Moritake
Pf : Tomoko Takahashi*
<Program>
P. Glass : Tissue No.7(2002)*
J.S.Bach : Sonata for viola da gamba and harpsichord No.1 BWV1027*
T.Hauta.Aho : Kadenza(1978)
M.Komuro : Depends on BACH(2021 commissioned by Yamato Moritake)*
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J.S.Bach : Suite for solo violoncello No.1 BWV1007
A.Gedda : Itami no Renkinjutsu (2014)
F.Proto : Sonata “1963” for double bass and piano1963*
(Encore)
J.Francais: Mozart new-look
Adam Ben Ezra: Can’t Stop Running