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佐藤晴真 チェロ・リサイタル|西村紗知

佐藤晴真 チェロ・リサイタル
Haruma Sato Cello Recital

2021年11月20日 紀尾井ホール
2021/11/20 Kioi Hall

Reviewed by 西村紗知(Sachi Nishimura)
Photos by 林 喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>        →foreign language
佐藤晴真(Vc)
髙木竜馬(Pf)

<プログラム>
ドビュッシー:レントよりもおそく(チェロ・ピアノ版)
ルトスワフスキ:チェロとピアノのためのグラーヴェ
ルトスワフスキ:無伴奏チェロのためのザッハー変奏曲
ドビュッシー:チェロとピアノのためのソナタ ニ短調
―休憩―
ヤナーチェク:おとぎ話
フランク:チェロとピアノのためのソナタ イ長調(原曲:ヴァイオリン・ソナタ イ長調)
*アンコール
フォーレ:エレジー
ドビュッシー:美しき夕暮れ

 

今回の「佐藤晴真 チェロ・リサイタル」では、「繋がり」を意識したプログラム構成のもと、彼のレパートリーが披露された。プログラムノートによると「前半は作風の繋がり、後半は調性感や空気感の繋がり」ということだ。先日リリースされたアルバムに収録された作品もプログラムには組み込まれていた。リサイタル全体を通じて、若い音楽家のほとばしる叙情性が遺憾なく発揮されていたように思う。
前半はドビュッシーとルトスワフスキの作品が演奏された。ドビュッシーと、彼に影響を受けたルトスワフスキとを合わせることで、寄って立つ作曲上の方法論や作品から受ける印象の異なる両作品のつながりを、聴き手に聴き取ってもらう、という試みである。
具体的にどういう影響関係かというと、「チェロとピアノのためのグラーヴェ」の冒頭に『ペレアスとメリザンド』からの引用がある(まさにこのオペラ冒頭のD-A-G-Aの音列)という具合だ。
確かに、ドビュッシーの作品は一般的に、彼の人気のあるピアノ曲に引っ張られるかたちでなんとなく印象主義という視覚的なイメージでのみ語られている。それはまた彼の創作の一面に過ぎず、実際にはのちの前衛音楽の萌芽となった側面もあるわけだから、ルトスワフスキとの組み合わせというのは頷ける。
「レントよりもおそく」を聴いても筆者には前衛の萌芽はあまり感じ取れない。サティがやっていたものに似た軽音楽路線にしか聞こえなかったからだ。「チェロとピアノのためのソナタ ニ短調」の方は、様々な作曲技法が混在しているように聞こえ、この作品から後世に繋がっていったものはいろいろありそうだ、と思う。第1曲目は《ベルガマスク組曲》のプレリュードのように爽やかだが、よくよく耳を傾けると、ニ短調の範疇に収まってはいるものの、ところどころペンタトニックかモードか、音体系が独特なものに感じられる。第2曲目のピチカートにはどこか南方の香りがする。短いながらも意欲的というのか、それともなんでもありといった方がよいのか。
ルトスワフスキにとってのドビュッシーとはどのような存在だっだのだろう。「チェロとピアノのためのグラーヴェ」は、呻きのようなチェロのカンタービレと、礫のようなピアノの打鍵とが組み合わさると、心地よい音響が生じてくる。中心音もリズムパターンも不鮮明で、ドビュッシーよりも後の作曲動向を想起させる散文的な作品。全体に漆黒の抒情性を湛えているものの、クロマティックな書法があまり出てこないためか音響は透き通っており、軽やかな印象を受ける。「無伴奏チェロのためのザッハー変奏曲」からも、ドビュッシーとの繋がりを聞き取るのは難しい。同じ題材に全く別のアプローチで接近していた、となら言えるのかもしれない。
もちろんどれもいい曲だが、影響関係というのは難しいものだ。

思えば、ドビュッシーに冠せられる印象主義的、というあの形容も、実体としては叙情的とかロマン派的、とかとそんなにはっきり区別されるものでもなく、要はなんとなく穏当で素敵というのを言っているに過ぎないように思える。
この日のプログラムの「繋がり」というのは実はそっちなのかもしれないと思う。なんとなく穏当で素敵である、と言いくるめられがちな作品でこの日のプログラムは前半も後半も構成されている。もっと言えば、エポック概念としてではなく、20世紀に入ってからもなんとなく続いてしまった、そのような広い意味での「ロマン派的」という形容の仕方について思いを巡らせるプログラムとなっていたのではないかと思う。

休憩後はヤナーチェクから。「おとぎ話」もまた、愛らしい曲だ。最初同じ音型の反復でささやくように始まる物語は、次第に走り出して膨らんでいき、また再び息を殺すように静かになる。ルトスワフスキよりもヤナーチェクの方がずっとかなしい。これが東欧という土地への向き合い方の違いなのだろうか。それとも、ヤナーチェクの書法が、音楽上の進歩史観が捨て去ったものを一つ一つ拾い集めているからなのか。
最後は、フランクのあの耳馴染みのある「ヴァイオリン・ソナタイ長調」をチェロ編曲版で。柔和な音色でたっぷりと歌い上げるのを聴いて、これはむしろチェロ向きの曲なのかもしれないと思うほどだった。

演奏者のポテンシャルは十分に感じられた。しかしながらかえって、音楽がロマン派的と括られること、その把握を作品の組成にしっかり寄り添うことで突き破っていくことの難しさを、改めて感じるようでもあった。
最後に、実を言うと、この日のプログラムには筆者の好きな作品しかなかったのである。

(2021/12/15)

   

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<Artists>
Haruma Sato(Vc)
Ryoma Takagi(Pf)

<Program>
C. Debussy:Le plus que lente(arr. for Cello and Piano)
W. Lutoslawski:Grave for Cello and Piano
W. Lutoslawski:Sacher Variation
C. Debussy:Sonata for Cello and Piano in D Minor
L. Janáček :Pohádka
C. Franck:Sonata for Cello and Piano in A Major(original:Violin Sonata in A Major)
*encore
G. Fauré:Elegy, Op.24
C. Debussy:Beau soir