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ヴォクスマーナ第46回定期演奏会|齋藤俊夫

ヴォクスマーナ第46回定期演奏会
Vox humana the 46th subscription concert

2021年9月28日 豊洲シビックセンターホール
2021/9/28 Toyosu civic center hall
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
写真提供:ヴォクスマーナ

<出演>
混声合唱:ヴォクスマーナ
指揮:西川竜太
ピアノ:篠田昌伸(*)
<作品>
原田敬子:6or8声のための『Primitive』(2008年委嘱作品・再演)
松平頼曉:『Song of Songs』(2011/12改訂版・再演)(*)
篠田昌伸:『Three Political Polyphonies』(詞:四元康祐)(委嘱新作・初演)
神長貞行:『円空』(委嘱新作・初演)
(アンコール)
伊左治直:『島の木』(詞:中込健太 )(委嘱新作・初演)

 

現代日本の鬼才、異才を集め、彼らの極限的要求に応え続けて20年以上活動を継続している驚異の合唱団ヴォクスマーナ、今回はどのような驚異と出会えるのかと期待し勇んで会場に足を運んだ。

まずは原田敬子『Primitive』は、女声3人、男声3人のミニマルな編成。
序盤、女声が「ha-」「hi-」「ho-」と「h」の発音を発声時に入れる、概ねヴォカリーズと言える声を静かに浮遊させる。そこに男声が「n-」「u-」「a-」「e-」とヴォカリーズを差し込む。そこから「sa sa sa sa sa sa…」と弱音から強音へと昇って「ha」「hi」「shu」「so」等々の声で激しく絡み合ったり、弱音での「f-」「z-」「sh-」「h-」と無声音のみによる器楽的合唱など、テクストを用いず、徹底的に人声の「響き」と「運動」にのみフォーカスした音楽が歌われ、薄い薄いガラス細工を手にしたような、少しでも力の加減を間違えたら全てが砕け散ってしまうような緊張感が張り詰める。
最弱音で、6人から次第に人数が減りつつ「n-」「ha-」「u-」「a-」、最後は女声1人による「u-」が限界までディミヌエンドして終曲。20分以上、1つのしわぶきも許されない、厳しい、だが美しい作品であった。

松平頼暁『Song of Songs』、英語と日本語のテクストが用いられ、無調的・前衛的旋律と調性のある古典的旋律、それと旋律のない語り、息の音、手拍子、足踏みなどが入り交じり、これらの要素が互いに異化しあって全体像は最後まで見えないという、計算されつくした構造の本作であるが、今回の演奏会のやむを得ない弱点がたたってしまった。今回、歌手は全員マスクをしており、テクストの発音がはっきりと聴き取れなかったのである。はっきりと聴こえれば面白い「謎」になるはずのテクストが、はっきりと聴こえないことによって「意味不明」になってしまった。耳で聴くだけでなく、頭で謎を感じ、その謎を音楽の進行と同時に考えることによってはじめて全的に把握することができる松平作品の脆さがこんな所に潜んでいるとは……残念至極であった。

今回の委嘱初演作品、篠田昌伸『Three Political Polyphonies』、この作品もテクストを複雑に用いており、松平作品と同じ弱点を持っていたが、(筆者の聴いたところでは)おそらく全てのテクストが日本語であったのと朗読者用マイクの使用により、「意味不明」の度合いは軽減され、「謎」が立ち現れて聴こえてきた。
第1楽章「歓待~Hospitality~」では合唱が「おもてなし」という単語を分解して歌い、それを背景にしてマイクで声色を変えつつ「私は~~です」(~~には色々な単語が入る)で始まるテクストを朗読する。最後は「あなたのお越しを待っています」で終了。
第2楽章「均等~Equality~」では2人ごと4グループに別れて、「~~は女である」という歌詞が幾重にも重なり、溢れていく。「男を、排除せよ!」という過激な叫びのあと、「女で、ある」と文章にならない定型文がつぶやかれて終了。
第3楽章「彼~Symbol~」は舞台奥で4人がマイクを使用し、その前方で8人が歌う。冒頭、マイク朗読で「けっきょくそれは、遺伝子に尽きるのであろうか」とはっきりと言ったあと、「彼」についての非常に難解なテクストがマイクと合唱の両方で朗読され、歌われる。「彼」についてのこの多重な声の集積が荒れてきて、突然ゲネラルパウゼが入り、合唱が「かー」「れー」と歌う中で「いつか私たちも彼の外に歩み出るときが来るのであろうか」と朗読され、終了。
なるほど、題名通り「政治的」で、音もテクスト内容も危険なポリフォニーに「今」を感じることができた。

もう1つの委嘱初演、神長貞行『円空』は「ha-」「a-」のヴォカリーズをヴォクスマーナの現メンバー13人全員がとんでもないポリフォニーで歌う。荒れ狂うヴォカリーズ・ポリフォニーの海から波やしぶきが銃弾のように弾け跳んで来、凪いだヴォカリーズの水平線に斜めに切り込みを入れるように声の鉈(なた)が打ち込まれる。朽木に鉈彫りの円空仏をイメージして第1楽章『護法神』、第2楽章『不動明王』、第3楽章『大日如来』と名付けたそうだが、どのように作曲者はこの複雑なポリフォニーを書き得て、またヴォクスマーナはどのようにしてこのポリフォニーを制御できているのかわからない。とにかく圧巻、息を呑んで聴くというより、作品に自分が呑まれてしまうような作品であった。

恒例の伊左治直のアンコール『島の木』は太鼓芸能集団・鼓童の中込健太に作詞依頼メールを打ったら、返信された歌詞の前の挨拶も美しい文章だったので挨拶も歌詞としてテクストにしたという作品。日本語が実にやわらかに使われた桃源郷の歌により、緊張して疲れた肺に暖かな空気が入る心地がした。

まことに人間の創造力とは計り知れない。それゆえ現代音楽にはまだまだ面白い事が可能である、改めてそう確信させてくれる演奏会であった。

(2021/10/15)