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明電舎 presents N響名曲コンサート2021 |秋元陽平

明電舎 presents N響名曲コンサート2021
Meidensha presents the NHK Symphony Orchestra Masterpiece Concert

2021年9月6日 サントリーホール
2021/9/6 Suntory Hall
Reviewed by 秋元陽平(Yohei Akimoto)
写真提供: NHK交響楽団

<曲目>        →English
エネスコ/ルーマニア狂詩曲 第2番 ニ長調 作品11-2
チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
サン・サーンス/交響曲 第3番 ハ短調 作品78(オルガンつき)
<出演>
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
ヴァイオリン:服部百音

ここ数年赴いたコンサートの中でも指折りの「王道」プログラムかもしれない。しかし、パーヴォ・ヤルヴィとN響のいつも端正な音楽が定番プログラムをどのように照らし出すのかという問いあっての「王道」である。とはいっても一曲目のエネスコの『ルーマニア狂詩曲第二番』に関しては、コンサートでは初めて聴く。弦のたくましいユニゾンからはじまるが、こうした「荒事」は、ヤルヴィとN響の手にかかると、形容矛盾だがどこかエレガントな野趣とでも言うべきものになる。美しすぎて物足りぬという人もあろうが、しかし、エネスコの音楽は多面的だ。ロマン派や、うっすらとシンフォニックジャズの匂いすら漂う瞬間もあり、これらのニュアンスの差異を的確に描き分けていくヤルヴィでなくては見落とすものも多いだろう。幕切れも独特で、ヴィオラが歌い出したかと思うとすぐに静まりかえってぱたりと店じまい。先月のニールセンの時にも感じたが、こうした変則的なナラティヴを納得のいくように設計するのはヤルヴィの面目躍如である。そういえば、オーボエなどが明白に「東欧的」な音階を奏するまでのあいだ、むしろN響サウンドのなかに日本の歌謡が聞こえるような気がしたのは、奇妙で愉快だった。

そして若き俊英、服部百音によるチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。ぎりぎりまで音量を落としたかと思えば、スピッカートでギアをぐっと上げるなど、オーケストラと指揮者に安心して背中を預けたといわんばかりに、音楽に積極的なコントラストを作り出す。もちろん、ヤルヴィは万事心得た、と敏速、簡素、明快なエスコート。第一楽章の段階ではやや性急で方向性が曖昧な感はあったが、第二楽章の最弱音の稠密な音色にぐっと引き込まれる。さらに第三楽章では、今日のプログラムは、エネスコからチャイコフスキーへ、「ルーマニアからサンクトペテルブルクへ」攻め込むという意味を持つのだという方針がソリストによってはっきりと呈示されたかのように思われ、そのざらついた音色の選びが東欧の匂いを運んでくるところがことに素晴らしかった――全体にアーティキュレーションのきわめてはっきりとした、小気味よく無駄のないオーケストラパートの援護を得て、服部がそのソリスティックな音楽性を聴衆に知らしめたことは間違いない。たとえばバルトークの協奏曲第二番など、ぜひ聴いてみたいではないか。

そして『交響曲第三番』である。サン=サーンスほど過小評価されている作曲家はいない、というのは、昭和の評論家による低評価に納得がいかなかった私の中学生以来の持論であったが、思えばそうした見直し論も当時からとっくに言われていただろうし、どこかで読んだ本の受け売りだったかもしれない。いずれにせよ、細部の均整を愛でながら同時に大伽藍を組み上げていく構築性をもったヤルヴィのような指揮者のもとでは、サン=サーンスの美質がとくに明らかになる。彼の音楽を聴いていると、仏語圏のコンセルヴァトワールで行われている数字付きバスや教会対位法といった伝統的ないわゆる「課題」というものが、名匠の手にかかればどれほど深い含蓄を持ちうるのか、作品に精妙に嵌め込まれたときにどれほど明朗に響くのか、思い知らされるようだ(同じことは、ケルビーニの『レクイエム』をスイスの学生オーケストラで演奏したときに思ったものだ)。オルガンの海の中でたゆたうクラリネットとトロンボーンの夢想的なユニゾンや、突如オーケストラを切り裂くように現れるピアノのアルペジオなど、音色の仕掛けに引き込まれる斬新な瞬間は数多い。N響はアンサンブルも大きく乱すことなくこの和声と音響の仕掛けを実装していくが、あえて言えばそれはどこか透明な構造体としてであって、同じくヤルヴィが振っていたときのパリ管や、その他フランス系のオーケストラの記憶を掘り返すと、弦が「歌 chant」をより露骨に主張し、サン=サーンスに潜むグレゴリオ聖歌の俗っぽい官能化とでもいうべき傾向(それは「世紀末fin de siècle」フランスの文化状況を鑑みればありうる路線でもある)をより押し出しており、少しそれが懐かしくもなるのだった。

(2021/10/15)

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<Program>
Enesco / “Rhapsodie roumaine,” No. 2 D Major Op. 11-2
Tchaikovsky / Violin Concerto D Major Op. 35
Saint-Saëns / Symphony No. 3 C Minor Op. 78 (with organ)
<Cast>
Paavo Järvi, conductor
Moné Hattori, violin