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Back Stage|「グリーンルーム」へようこそ|安井智宏

「グリーンルーム」へようこそ

Text by 安井智宏(Tomohiro Yasui)

トッパンホールのバックステージには、アーティストが共有で使う「グリーンルーム」と名づけた特徴的なスペースがあります。楽屋口から楽屋への、そして楽屋から舞台への、それぞれの途中に通るいわば中継地点にあるラウンジのようなものです。本番前にはアーティストが気持ちを高め、舞台に挑む心のウォーミングアップをするところともなりますし、ホール主催公演において本番と同じくらい大切にしているリハーサル期間には、休憩中にお菓子をつまみながらひと息入れる憩いの場や、スタッフも交えて演奏へのアイデアを出し合い、お客さまに最高の演奏をお届けするための作戦会議の場となるところでもあります。
ときには、終演後、よりよい次回に向けた反省会の場ともなることも。

トッパンホールにしばしば出演してくださるアーティストの方々にとっては、数日にわたるリハーサルで滞在が長時間になる場合も多いので、もしかすると本番の舞台以上に印象に残っているかもしれない、グリーンルーム。わたしたち制作スタッフは、充実した気持ちで舞台へ向かっていただけるよう、この場所をリラックスした空気に包むべく、いつもこだわりのコーヒーと選り抜きの焼き菓子をカウンターに並べ、心尽くしのおもてなしでアーティストをお迎えしています。

グリーンルームに入ってすぐ左手には、これまでの、そしてこれからの、トッパンホール主催公演のチラシをずらりと並べています。トッパンホールは、運営母体が凸版印刷株式会社。社名が雄弁に語る通り、総合印刷業を生業とする会社です。そのため、チラシを手にとってくださる方の中には、「さすが印刷会社が運営するホールはチラシのクオリティも素晴らしいですね!」と、(お世辞半分?)褒めてくださることも。
ありがとうございます、恐れ入ります!
でも実は、もしこのチラシを気に入っていただけたとしたら、それは印刷会社の運営するホールだから、というだけが理由でもないと思うのです。
確かに、印刷物としてのクオリティ――例えば、色味の美しさとか、階調表現の繊細さなど――の高さは、印刷会社仕込みの妥協を許さぬ品質管理の賜物とも言えますが、どうぞ、中身にもご注目ください!私たちが篤い信頼をおく凸版印刷の敏腕デザインディレクターとともに、毎回机を囲んでああでもないこうでもないと語り合い、写真素材を縦にしたり横にしたり、キャッチコピーを一文字一文字書いては消しを繰り返しながら、アーティストの個性と、練り上げられたプログラムが持つ方向性がしっかり伝わるようなデザイン、どんなコンサートが期待できるかをお客さまにたっぷり訴求できるようなデザインを、じっくり時間をかけてカタチにした、自慢のコンテンツなのでございます。

ハッ。そのつもりはなかったのになんだかちょっと手前味噌的な・・・。

2020年4月に最初の緊急事態宣言が発出されたコロナ禍、コンサートホールの制作の現場にもかつて経験したことのないような激震が走り、かれこれ2年近くは経とうかという今でも、状況は相変わらずユラユラと揺れ続けています。ほとんどすべての公演が中止になっていたころ、また、無観客での開催まで強いられていたころ、せっかく手塩にかけて作成してもお客さまのもとに届くアテのないチラシを、わざわざつくったところで意味が無いと、チラシづくりを諦めてしまう主催者さんも少なからずあったように思います。あるいは、仮にデザインまでは作成しても、印刷機にかけることなく、デジタルデータで流通させれば十分じゃないかと、判断される主催者さんも。その気持ち、とてもよくわかります。
私たちもまた、海外からのアーティストの入国が事実上閉ざされ、チラシの紙面にはっきりとした発売日すら掲載することの叶わぬ足元のおぼつかない毎日のなかで、デザイン作成時点の情報が紙の上に固定されてしまって修正の容易ではないチラシの限界について、少し頭を悩ますこともありました。
でもそんなとき。

ここにずらりと並ぶ、過去の「作品」たちを目にすると、印刷物としてそこにあり、捨てたり焼いたりしなければ半永久的に残り続ける、そんなチラシの醍醐味と迫力を、ガツンと感じることができるのです。そして公演の、前半と後半の合間に、あるいはリハーサルの休憩のひとときに、日本語で書かれた公演紹介の文章などはきっと理解できないながら、自分自身の、あるいは仲間の音楽家たちの姿が刷られた公演チラシを手にして、数々のこだわりのプログラムにキラキラと目を輝かせる海外のアーティストたちの、楽しそうな背中が思い出されるのです。
そうは言っても、やっぱり印刷され配布されて(そして多くは捨てられる)チラシという媒体が、長い目でみて過渡期にあることは変わりないかもしれません。けれど、いろいろなことがユラユラと揺れ、誰もが確たる自信を抱けないでいるいま、紙に刷られて形が残り、そして記憶にも刻まれるに違いない公演チラシという確かな存在を、粛々と、しっかりと、作り続けていきたい。この災禍にあって、あらためてそんな風に、思ったのでした。

トッパンホール 企画制作部・安井智宏(Tomohiro Yasui)

(2021/10/15)

◆トッパンホール主催公演 今後の予定

11月は、鈴木優人(チェンバロ)によるバッハ・プロジェクトの初回〈平均律 第1巻全曲〉、2019年のチャイコフスキー国際コンクール覇者、アレクサンドル・カントロフ(ピアノ)の日本初リサイタルを予定。
12月は、キリル・ゲルシュタイン&藤田真央による師弟デュオ、アンナ・ヴィニツカヤのリサイタルと鍵盤が続くほか、ホール常連のフォーレ四重奏団がラインナップされている。
年明けには、カントロフと同じく2019年のチャイコフスキー覇者であるズラトミール・ファン(チェロ)の日本初ソロを含む、ニューイヤーコンサートがある。

最新の公演情報は、オフィシャルサイトから
https://www.toppanhall.com/