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大成建設 Presents サマーフェスティバル2021《三大交響曲》|浅井佑太

大成建設 Presents サマーフェスティバル2021《三大交響曲》
Yomiuri Nippon Symphony Orchestra Summer Festival 2021 “The greatest Symphonies”

2021年8月18日東京芸術劇場
2021/8/18 Tokyo Metropolitan Theatre
Reviewed by 浅井佑太(Yuta Asai)
写真提供:読売日本交響楽団

<演奏>        →foreign language
指揮:小林資典
読売日本交響楽団

<曲目>
シューベルト:交響曲第7番 ロ短調 D759「未完成」
ベートーヴェン:交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」
ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 作品95「新世界から」

 

何も欠けていなかった。聴衆も欠けていなかったし、楽章間の咳き込む音も欠けていなかった。沈黙すらも欠けてはいなかった。すべてが平時と変わらずに動いているように見えた。チケットの半券を自分でもぎとることなど、取るに足らないことだった。
それでも水面下では、事態は逼迫していた。直前に緊急のアナウンスが入ることも、演奏家の来日が突然キャンセルされることも、常に頭に入れるべき可能性のひとつとなっていた。それは今日の公演でも変わらなかった。指揮者の小林がオーケストラの団員と顔を合わせられたのは、あのもどかしい「2週間待機」の後からに違いなかったのである。
ドイツのドルトムントを本拠地とする小林資典が日本に長期間滞在できるのは、当地のオフ・シーズンにあたる8、9月に限られる。1998年に渡独して以降、彼はドイツで着実にキャリアを積んできた。デュッセルドルフのオペラ・ハウスにてコレペティトールを務めた後、2008年よりドルトムント劇場の第2指揮者、2013年からは同劇場の第1指揮者および代理GMDを任されている。地方都市の中劇場とはいえ、その小回りを生かした企画の評価は高い。ヘンデルの《リナルド》からフランチェスコーニの新作オペラのドイツ初演まで、幅広いプログラムを手掛けるこの劇場は、現地の批評家から2018/2019年のシーズンにおける州の最優秀劇場に選ばれている。

実はこの《三大交響曲》と題された公演は、4日前の《三大協奏曲》とあわせて、小林の東京デビューにあたる。記録にある日本での演奏会は、2018年の大阪交響楽団とのものが唯一。「知る人ぞ知る」というパンフレットの言葉は、キャッチコピーというよりも実態を現しているというのが近い。
精悍な出で立ちと情熱的な指揮ぶりは、「知られざる」その姿を聴衆の目に焼き付けるには十分だったろう。とはいえ、小林の音楽づくりは、とりわけその繊細さにおいて際立っていた。弱音の弦楽器の覆う雲から、すっとクリラリネットの光が差し込んでくる瞬間。あるいはフルートの息の長い旋律に続き、そのこだまをすくいあげるかのようにヴァイオリンがそっと手を伸ばす瞬間。そういった場面で彼は、弦楽器とその後方の管楽器の距離感をたくみに扱い、点と点を透明の糸でつなぎ合わせ、立体的な音像をホールの中に再現する。
《未完成交響曲》の冒頭で彼方より聴こえてくるオーボエとクラリネットのユニゾン主題。《運命交響曲》第2楽章で弦のエコーのように響く木管楽器、あるいは両楽器群が対位法的に交差する箇所などはその好例だろう。平面に記された音符を立体的な音像へと変換してみせるその手腕は、劇場/ホールという「現場」における小林の職業人としての技術の確かさを物語る。とりわけ《新世界交響曲》の第2楽章は、演奏会全体の白眉であった。室内楽的に緊密であるにもかかわらず、スケールが小さくなることは決してない。いたるところに仕掛けられた諸楽器の細やかな応答――、とりわけ弦と管楽器の吐息の重なりを、空間的/立体的に三次元のホールの中へとシンフォニックに構築してみせる。点と点の間に張られた糸の緊張は、最後までたわむことはなかった。

終演直後、あの甲高いブラボーの声は欠けていたとしても、拍手はまったく欠けていなかった。「名曲」が「名曲」として鳴り響くことを、聴衆は今こそ心より求めていたに違いない。5回のカーテンコールの後、オーケストラの団員がはけても拍手はまだ止まなかった。空っぽの舞台に小林がひとり戻ってくると、照れくさそうに腕時計を示し、撤収時間がせまっていることをジェスチャーで伝えた。数百のマスクの内側から、温かい笑い声がこぼれた。

(2021/9/15)

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浅井佑太(Yuta Asai)
1988年、大阪生まれ。2020年ケルン大学哲学研究科博士課程終了(Dr. phil.)、2021年よりお茶の水女子大学音楽表現コース助教。
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<players>
Conductor: Motonori Kobayashi
Yomiuri Nippon Symphony Orchestra
<pieces>
Schubert: Symphony No. 7 in B minor, D759 “Unfinished”
Beethoven: Symphony No. 5 in C minor, op. 67
Dvořák: Symphony No. 9 in E minor, op. 95 “From the New World”