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J.S.バッハ×B.ブリテン×上森祥平 無伴奏チェロ組曲全曲演奏会 2021“究極の9曲!”|秋元陽平

J.S.バッハ×B.ブリテン×上森祥平 無伴奏チェロ組曲全曲演奏会 2021“究極の9曲!”                   
J.S.Bach×B.Britten×Shohei Uwamori Unaccompanied Cello Suite Concert              

2021年8月15日 東京文化会館小ホール
2021/8/15 Tokyo Bunka Kaikan Recital Hall
Reviewed by 秋元陽平(Yohei Akimoto)
Photos by 中村義政/写真提供:中村義政

<曲目>        →foreign language
J.S. バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番 ト長調 BWV1007
B.ブリテン:無伴奏チェロ組曲第1番 作品 72
J.S. バッハ: 無伴奏チェロ組曲第4番 変ホ長調 BWV1010
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第2番 ニ短調 BWV1008
B.ブリテン:無伴奏チェロ組曲第2番 作品 80
J.S. バッハ:無伴奏チェロ 組曲第3番 ハ長調 BWV1009
J.S. バッハ: 無伴奏チェロ組曲第5番 ハ短調 BWV 1011
B. ブリテン:無伴奏チェロ組曲第3番 作品 87
J.S. バッハ:無伴奏チェロ組曲第6番 ニ長調 BWV1012
アンコール/J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲より、クオドリベット
<出演>
上森祥平(Vc)

 

無伴奏の全曲演奏会といえば、これまで何人かの——いずれもこのプログラムをやり遂げるという自負と気概をもった——演奏家の挑戦を目にしてきたが、やはりただ一曲一曲をがむしゃらに弾きおおせるというのではなく、大きな山を登るときの、あくせくしすぎない快い緊張とペース配分が必要であるようで、観客もその長い時間と相まって、演奏者の不安、気の緩み、失敗にやきもきすることが多い。
そこへいくと上森はまるで、山の険しさを念頭に置きつつも、行程の長さを身体で知り尽くしている自信を持った登山者のようで、気負いすぎず、冒頭の前奏曲から小気味よいテンポで丁寧に滑り出し、これは私の体験する限りにおいて無伴奏の演奏会では異例のことだが、コンサートのごくはじめから観客が安心して世界に浸ることができる。それぞれの舞曲形式がそなえたリズムの揺り戻しをしっかりと感じさせつつも、決してこの組曲の果てしないスケールに振り回されるこ となく、常に自分のナラティヴ(話法)を持って、律動を崩さない範囲のわずかな音の滞留でフレージングを調整し、ほどよいヴィブラートで美しい瞬間を作り出していく。バッハが神に仕える音楽を書いたとしても、それは滅私奉公を意味するのではなく、弾く人が自分の身体性と折り合わせた解釈、話法を持つこと——いわば「人」の次元——が前提なのであって、この全体にのびやかな無伴奏チェロ組曲においてはなおのことそれが重要なのだろう。どんな演奏家でも、一日にすべてを弾けばその人なりの濃淡が出てくるところが面白いが、全体を通じてガヴォット、ブーレ、メヌエットなどリズムをしっかりと生かす演目でめりはりの効いた好演。3番の随所で見せる歌い回しに深い思い入れが見出され、5番、6番の驥尾を飾るジーグは抑制の効いた凄みのある演奏だ。

それにしても、バッハ相手に一歩も引けを取らない、ベンジャミン・ブリテンの同名曲群の音楽の持つ風格には、ほとんどおののいた。今回のプログラムは、バッハの不朽の組曲にオマージュのブリテンが添えられるという印象を一見して持つ人もいるのではないかと思うが、いざ聴いてみれば、単独でも演奏会の中核たりうる、20世紀の独奏曲の中でも飛び抜けた完成度だ。ブリテンのこの組曲はある種の歌の変奏や断片化によって成り立っているといってよいと思うが、かといってそれは、「歌の解体/異化」とは少し異なる。たしかに、亡霊的なハーモニクスやほとんど物音のようなピツィカートが作品のいたるところに鏤められてはいるのだが、歌がそれらに遮られたり、なにか歌ではないものと抗っているというわけではなく、上森はこうした極端な音高や奏法を割り振られたフラグメントをすべて、れっきとした歌の一部として扱い、しかるべき重みと軽やかさを付与して演奏する。

拡張的な「メロディ」で満ち満ちたブリテンの音楽は何度でもそこへ立ち返ってゆける厚みをもったテクストであって、耳を驚かすばかりの技巧ばったありがちな古典トリビュートとは根源的に異なるものである、ということを上森の演奏は教えてくれる。そういえば、少ない音数に込められた情感からも歌の剥き出しの骨格とでも言うべきバッハの苦みの効いた味は、ブリテンの3番の「歌」へと繋がるひとつの通路であるようにも思われる。この3番のメロディの源流へと遡る旅に上森が寄せるひたむきなパッションが、さらにバッハ6番の勢いよく開放的なプレリュードに引き継がれていく曲目順も面白い。アンコールは家族団欒の四重奏によるゴルトベルクのQuod libet、洪水警報と疫病禍で二重に麻痺した東京の中心で、演奏家として生きることの喜びを観客も追体験するような6時間であった。

(2021/09/15)


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<Program>
J.S.Bach : Suite für Violoncello Solo Nr.1 G-dur BWV1007
B.Britten : Suite for Cello Op.72
J.S.Bach : Suite für Violoncello Solo Nr.4 Es-dur BWV 1010
J.S.Bach : Suite für Violoncello Solo Nr.2 d-moll BW V 1008
B.Britten : Second Suite for Cello Op.80
J.S.Bach : Suite für Violoncello Solo Nr.3 C-dur BWV1009
J.S. Bach : Suite für Violoncello Solo Nr.5 c-moll BWV1011
B.Britten : Third Suite for Cello op.87
J.S.Bach : Suite für Violoncello Solo Nr.6 D-dur BWV1012
Encore / J.S.Bach Goldberg Variations, Quod libet
<Cast>
Shohei Uwamori (Vc)