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檜垣智也アクースモニウムリサイタル Terra incognita – 知られざる大地|西澤忠志

檜垣智也アクースモニウムリサイタル Terra incognita – 知られざる大地
TOMONARI HIGAKI Acousmonium Recital “Terra incognita”

2021年8月4日 あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホール
2020/8/4 Aioi Nissay Dowa Insurance THE PHOENIX HALL
Reviewed by 西澤忠志(Tadashi Nishizawa)
Photos by 松浦隆/写真提供:あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホール

(プログラム)    →foreign language
檜垣智也:《アクースマティック・プレリュード》(2021) 新作初演
ドニ・デュフール:《知られざる大地》(1998) 2組のステレオ版
  1. 発見へ
  2. 探検へ
  3. 征服へ
  4. 服従へ
-休憩-
フランソワ・ベール:《影の劇場》(1988) 日本初演
  1. …イメージの背後
  2. 白い影

(演奏)
アクースモニウム:檜垣智也

 

ホールに入ってまず目に入ってきたのは大量のスピーカー。目視で確認した限り、舞台上には20台、左右・後方・2階席には2台のスピーカーが対角線上に配置されている。演奏者は凹状に並べられた客席の真ん中で、聴衆とともにスピーカーに囲まれている。この演奏会はただならぬものであることを感じさせるには十分な光景である。期待のもと、アクースモニウムのリサイタルに臨んだ。

アクースモニウムとは、スピーカーから流される電子音楽を、演奏者が操作するための多次元立体音響装置のこと。演奏者は音響空間に合わせてスピーカーを配置し、事前に分析した電子音楽を流しながら音量、音色をリアルタイムに調節する。これによって、その場に合わせた音響空間をつくりだす。過去の公演では寺院や講堂が会場になったが、コンサートホールでの演奏機会は日本ではまだ少ない。アクースモニウムの発案者フランソワ・ベールはコンサートホールでの演奏を前提にしたこと*から、今回は理想的な音響空間での貴重な公演となった。

最初に演奏された檜垣智也《アクースマティック・プレリュード》は、アクースモニウムを初めて聴く筆者にとっては、その特徴を余すところなく示すものだった。正面のスピーカーから電子音が静かに始まる。徐々に音量が増していく中で、周囲のスピーカーから金属音や人間の歌声といった音が重ねられていく。左右に声が遷移し、そのたびに音像は縦横無尽に移動する。歌声と電子音が静かになる中で鐘の音が響き渡り清涼感を与えた。後の2作品と比べると、7分の作品であるためか小ぶりな印象を受ける。しかし、アクースモニウムが発揮する音の世界は、想像以上に豊かなものだと思わせた。

この作品の後でドニ・デュフール《知られざる大地》を聴くと、予想に反した具体的な内容に驚かされる。自然の音、動物の鳴き声、人間の声、楽器の音、そして電子音が組み合わされる。楽章を経るごとに、自然の音が人間によってつくられた音に上塗りされていく。休憩中に解説を確認すると、この作品は、新しい土地に踏み入れた探検家と、管理されない「自然な音」から型のある音楽に人間が服従するまでの物語を表現しているとのこと。それを読まずともこの物語を体感できたのは、スピーカーの配置によるものだ。1階のスピーカーからは海鳴りやメロディが、2階のスピーカーからは海鳥、虫の羽音が流れて来る。イメージに合った方向から音が流れてくることで、作品の世界観を立体的に見せている。聴衆は「知られざる大地」が征服されるまでの世界を、音を通じて追体験することとなった。

フランソワ・ベール《影の劇場》は、他の演奏会では得られないアクースモニウムの面白味を発揮した。《影の劇場》は、持続音を背景に、多彩な電子音、鳥の声、楽器の音、女声が断片的に積み重なる。ここまでは普通の電子音楽と変わらないだろう。後方のスピーカーのみで演奏する部分があったように、この作品は休憩前に演奏された2作品よりも、音像が目まぐるしく移り変わる。どこから音楽が鳴っているのかが分からなくなり、どこに注意を向ければいいのか惑わされる。普通の演奏会では体験することはできない、視界を混乱させられる体験だ。目で音像を無闇に追うのではなく耳だけで全体を聴くのが、この演奏と向き合うのに重要なのだと気づかされた。耳だけの身体になること。音響空間に身を預け、虚心坦懐に音に向き合ううちに、多彩な音に包まれていることを実感した。

音楽は五感を使って体感するものだ。しかし五感は個別に機能しているわけではない。それぞれの器官は機能を補完し合うことによって、世界を把握しようとする。それぞれの感覚を想像力で補いつつ統合実践することで、感覚器官はその秘めた能力を最大限に発揮する。そう考えると、音楽の作り手は、もっと聴者の想像力に賭けてもいいんじゃないかと思いたくなる。
アクースモニウムの演奏会は、聴者の想像力を刺激する「耳で『見る』」演奏会だった。発案者フランソワ・ベールは、演奏空間をスクリーンに見立て、アクースモニウムがサウンドイメージ」を投影するものであると説明している。今回の公演は視覚に頼らずとも、音を演奏空間に合わせて巧みに「演奏」したことによって、聴者の想像力を刺激し、作品内の豊かな「サウンドイメージ」を想起させたところに魅力がある。このことは、「音楽を聴くこと」が視覚に影響を与えるという、秘めた可能性を示すものとなるだろう。

*フランソワ・ベール「Space, and more」檜垣智也(編)『アクースマティック!』engine books(2021)

(2021/9/15)

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西澤忠志(Tadashi Nishizawa)
長野県長野市出身。
現在、立命館文学先端総合学術研究科表象領域在籍。
日本における演奏批評の歴史を研究。
論文に「日本における「演奏批評」の誕生 : 第一高等学校『校友会雑誌』を例として」(『文芸学研究』22号掲載)がある。
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〈program〉
Tomonari Higaki : Prélude acousmatique
Denis Dufour : Terra incognita
 1. De inventione
 2. De quaestione
 3. De imperio
 4. De servitute
François Bayle : Théâtre d’Ombres
 1. …derrière l’image
 2. ombres blanches

〈cast〉
Acousmonium: Tomonari Higaki