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Pick Up(2021/9/15)|[サラダ音楽祭] 子どものためのオぺラ『ゴールド!』|丘山万里子

[サラダ音楽祭] TOKYO MET SaLaD MUSIC FESTIVAL 2021
子どものためのオぺラ『ゴールド!』
Leonard Evers “Gold!” Music theatre for young audiences

Reported by 丘山万里子(Mariko Okayama)
写真提供:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京芸術劇場

公演前日のゲネプロ*、舞台は洞窟海底を思わせる暗さ。脇に打楽器群が並ぶ。
客席前方ブロックに散らばるのはママ(ほぼ)に連れられた子供たち。小さな頭がぴょこぴょこ並ぶ。2012年オランダ初演後、世界各地で上演されているオペラ『ゴールド!』の日本版初演、さてどんな反応をするか。
スポットライトとともに主人公ヤーコプがステージに飛び出し「楽器がたくさんあるでしょ、みんなも手伝ってね!」と子らを見回し、「こうやったら波だよ!」と両手を振り上げ振り下げ。足ぶみどどどど、手で膝、胸パタパタの号令一下、全員「波音」練習だ。子らはじけ、後部の大人たちもどどどど(こういう時、大人は気後れだが、この日の観客は張り切った)。これで勝負は決まった。

グリム童話『漁師とおかみさん』が原作だが、こちらは小さな息子と両親の設定で、ヤーコプとママ(&魚の声)を柳原由香sopが、打楽器群とパパを池上英樹が担う。パパ手作りの穴ぐらに暮らす貧しいヤーコプが、釣った魚を逃がしてあげたお礼に叶えてもらうお願いの数々。歩くとチクチク裸足のヤーコプ(棘の響、それっぽくて感心)の最初の願いは「靴」。
海辺で、海は広いな的アリアもどきをひとふし。さあ波だ、全員どどどど大参加。「お魚さーん」と叫ぶと、波濤の上に姿を現わす魚。めでたく新品靴をゲットした彼に、ママが「あら、それどうしたの?」(二役描き分け巧い)。この先はだいたい読めよう。あったかい毛布、大きなお城、召使を、と願いは膨らむ。そのたび、海へ行くから波の出番は豊富だ。どどどど、は、いやがうえにも高まる。
お城に自分の部屋をとママが言い出すと、ヤーコプがステージから聞く。「ねえ、ねえ、自分の部屋、欲しい?」「欲しい〜〜」あちこちから上がる声。「お部屋で何するの?」。「自分で勉強したーい」(場内笑)「好きなことしたーい」「寝る」「だってさあ、自分の部屋があれば自分の好きなことできるじゃん」。
ここらから一気に子供たち、ステージに入り込む。ママを探してお城のデカさに迷子になったり、こだまが響いたり、などのシーンに相槌打ったり、心細くて頭くっつけわやわや、はたまた自分もこだまと化し…中で約1名、完全にステージと一体化、話に絡んで小さな声を忙しく上げる女の子、おおおお、君も一員なのね、わかるわかるその気持ち。
もっともっと、と願いはあらぬ方へ、そのたび、魚は弱ってゆく。海は荒れてゆく。
その様子(音楽ともども)に子供たち、だんだん不安になっているのが背中でわかる。行きたいところに行けるって、ママは月旅行?パパは南の島?ヤーコプは飛行機に一人で乗って遊園地?えー、別々になっちゃうの?
そんな合間にも「生活を誰にも邪魔されたくない!私たちはスペシャルな人間!」「月の上には何にもなーい!地球は丸く...」(青かった、とは言わない)とか、ママのセリフが大人を刺す。そう、子供には子供、付き添いには付き添いへの強いメッセージが要所に仕込んであるのだ。
身勝手な願いに海は逆巻き風吹きすさび、太鼓は地震みたいにホールを震わせ、たまらず耳をふさぐ子数人。積み上がる不安に、立ったり座ったりのお下げ髪。
不満ばかりの3人の最後の願いは「誰にも邪魔されない3人だけの世界で静かに暮らしたい...」。舞台暗転、元の穴ぐら。
ヤーコプは弱った魚を手のひらに、その背に優しくキスをして海に帰すのだ...。お下げ髪がふうっと大きくため息をつき席に沈む。ああ、よかった....。
会場全体がほっと緩んで大拍手。

終演後、近くにいた子たちにちょっと聞いてみた。どうだった?
わかんない、という子もいたが、みんな次々答えてくれる。
「音楽がよかった」(楽器生演奏にびっくり)
「歌がよかった」(要所要所のアリア)
「後半が面白かった」(どんどん話が盛り上がっていった)
「話しかけてくれて答えられるのがよかった、部屋ほしい?とか」(会話できた)
「波のとき、足踏みしたり手えバタバタが面白かった」(参加+動けた)
「ヤーコブが女の子だったらよかったのに」(「私だったら物語」を想像・創造)
と、彼らはそれぞれにバッチリ反応しているのだ。
これらの言葉がこのオペラの魅力、成功をすべて物語っていよう。
ママ連も「楽しかったね」。

子どもには全部見えている。感じているのだ。
大人から言えば、「幸福とは何か」、際限ない人間の欲望、文明批判、環境汚染、多様性の問題など、随所に立ち止まらせる言葉もある。
が、子どもに切実に感じられたのはおそらく「パパ、ママ、わたし(ぼく)」というある意味一人称世界の出来事。それが壊れてゆく不安と取り戻した安堵の感覚であったろう。
その感覚が一人称を超え、やがて周囲へ、社会へ、世界へと広がり映じてゆく、その可能性を筆者はこの舞台に見た。
教育臭の無い、でも考える種を子どもにも大人にも蒔く、いいオペラだった。
これがオペラ初体験の子(付き添いも)はとてもラッキーだったと思う。

この日、筆者は子供向け舞台に興味を持つ知人の演劇演出家**と観劇した。
演劇人にはどう見えたかを聞いたところ、以下の答えが返ってきた。
1. シンプルな展開、台本の良さ
家族、魚との出会い、欲望の形、物質主義、人と人との関係性、と問題提起が明快で子供にもわかりやすく、本当に求めていたものは何か、が浮き上がった。
2. イメージ喚起力豊かな演出
ソプラノの二役もヤーコプと強欲な母を声や台詞回し、身体の使い方でうまく描き分け、パパ役の存在の薄さもいまどき家族をそれとなく暗示、音楽、照明も効果的。多面性と多様性を感じさせた。
3. ソプラノの客席を引き込むコミュケーション能力の高さ
4. 生楽器演奏の魅力と迫力
ということで、舞台とは客席との共感をいかに生むかが勝負だが、台本、演出、演者、音楽、美術ともによく練られた共感力に富む舞台だった、との総括であった。筆者も全く同感、ここにご紹介する次第だ。

豪勢な舞台とキャストで客を楽しませるのもよかろう。
でも、こういう優れて小さな積み重ねこそが未来を拓くと筆者ははっきり思う。
地球破壊の果て、人類の増長自滅を目前に、それでも今、できることはあろう。

なおこの公演、一般(高校生以上)1,500円、 4歳~中学生 500円と実に良心的であった。

(2021/9/15)

*本番満席につき関係者限定公演
**杉山剛志(Tsuyoshi Sugiyama)
2021年、国立ベトナム青年劇場 芸術監督に就任、一般社団法人 壁なき演劇センター 代表理事。モスクワで演出を学ぶ。国内公演の他、海外フェスティバルへの招聘多数。ベトナム国際演劇祭最優秀演出家賞、最優秀作品賞受賞(2016)。

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子どものためのオぺラ『ゴールド!』
2021年8月11日@東京芸術劇場シアターイースト

作曲 : レオナルド・エヴァース (1985年オランダ生まれ)
演出・台本・日本語翻訳 : 菅尾友
美術・衣装 : 杉浦充
ソプラノ : 柳原由香
打楽器 : 池上英樹

Leonard Evers : “Gold!” Music theatre for young audiences
Japanese language performance / Japan premiere
2021/8/11@ Tokyo Metropolitan Theatre, Theatre East

<Staff>
Tomo SUGAO, Stage Direction & Japanese translation
Mitsuru SUGIURA, Set design & Costume design

<Artists>
Yuka YANAGIHARA, Soprano
Hideki IKEGAMI , Percussion