Menu

東京二期会オペラ劇場公演 ベルク:《ルル》(新制作)|藤堂清   

東京二期会オペラ劇場
アルバン・ベルク:《ルル》(新制作)
   オペラ全2幕日本語及び英語字幕付き原語(ドイツ語)上演
Tokyo Nikikai Opera Theatre
ALBAN BERG:Lulu
Opera in two acts sung in the original (German) language with Japanese and English supertitles

2021年8月31日 新宿文化センター 大ホール
2021/8/31 Shinjuku Bunka Center Main Hall
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 西村廣起/写真提供:東京二期会

<スタッフ>        →foreign language
指揮:マキシム・パスカル
演出:カロリーネ・グルーバー
装置:ロイ・スパーン
衣裳:メヒトヒルト・ザイペル
照明:喜多村 貴
映像:上田大樹
振付:中村 蓉
演出助手:太田麻衣子
舞台監督:村田健輔
公演監督:佐々木典子

<キャスト>
ルル:森谷真理
ゲシュヴィッツ伯爵令嬢:増田弥生
劇場の衣裳係、ギムナジウムの学生:郷家暁子
医事顧問:加賀清孝
画家:高野二郎
シェーン博士:加耒 徹
アルヴァ:前川健生
シゴルヒ:山下浩司
猛獣使い、力業師:北川辰彦
公爵、従僕:高田正人
劇場支配人:畠山 茂
ソロダンサー:中村 蓉
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

 

すべての要素が高い水準でまとまり、すばらしいプロダクションとなった。
今回の公演、ベルク自身が作曲した第2幕までと、〈ルル組曲〉のうち第3幕のために書かれた後半2曲という二幕版による上演。組曲最後のゲシュヴィッツ伯爵令嬢の歌は陰歌で処理された。

演出のカロリーネ・グルーバーは、「ファム・ファタール」としてのルルとは異なる視点から彼女を捉えた。ヴェーデキントの原作ではシェーンは12歳の彼女を引き取り、娼婦として教育、その後愛人とする。ルルがもともと持っていた資質というより、シェーン等まわりの者に作り出されたことを強調する。
グルーバーは「ルルの魂」を登場させる。魂は本来ルルと一体のはずだが、外部から強いられた彼女の振る舞いとは異なる動きをする。通常の舞台にはいない存在だが、ここではルルとともに居続ける。ソロダンサーの中村蓉がその役割。積極的に動くことはあまりないが、ルルが男性からの圧力を受け続けている間はうずくまり、ゆっくりとその位置を変えている。自由になろうとするときは大きくもがき、解放されたときは本人と向き合い、見つめ合う。ルルの心のありようを示す存在として役割を果たしていた。

グルーバーの演出はよく考え抜かれた、たいへん優れたもの。一例だけあげる。
ルルのマネキンに様々な衣装を着せることで画家の残した絵をイメージさせる第2幕第1場、そのマネキンごとにシゴルヒ、力業師らが張り付き、それぞれ自分の考えるルルと一体となっている。男たちもゲシュヴィッツ伯爵令嬢も、本当のルルあるいはルルの魂が何なのか考えようとはしない。
アルヴァが向き合っているのは、青いマントを羽織った聖母子。彼は第2幕第3場でルルにこの衣装を着せ、彼女への想いを歌いあげる。しかしルルはその彼のイメージを拒絶するように脱ぎすて、魂との合致を選ぶ。
作曲家の死により第3幕が台本と多くのスケッチのみ残されたという状況から、ツェルハ他の補作による三幕版を選ぶことも可能だが、ベルクの書いた作品の範囲で筋を通そうとするグルーバーの行き方も演出として説得力を持つと感じた。

音楽面ではまずマキシム・パスカルの指揮に感服。際立つのは、細部に至るまで丁寧な音楽づくり。その繊細な糸が縦横に編み込まれ、色彩感に満ちたダイナミクスの大きな渦を生む。35歳の若さのもたらす勢いはもちろんある。だがそれよりも、ミクロな美しさとマクロのバランスに圧倒された。
20世紀の指揮者たちが《ルル》に抱いていたかもしれない「現代音楽」という枠組みから自由になり、彼にとっては、この音楽が「20世紀音楽」という「古典」なのだということが分かる演奏であった。
それを実際の音として表現した東京フィルハーモニー交響楽団の演奏も高く評価したい。オーケストラ・ピットのサイズの制約もあり、弦は6型と小編成、打楽器は舞台の下手側の脇に置かれたが、大きな動きの指揮に的確に反応し、美しい音楽をつくりだしていた。

歌手も充実していた。
タイトルロールを歌った森谷のほとんど出ずっぱりの中で、しっかりとした表情と力感みなぎる歌唱。シェーンの加耒はこの自己中心な役の勝手さとその弱みを見事に歌い分けた。第1幕第3場でルルがシェーンに婚約者に宛てた別れの手紙を書かせる場面での緊迫感は聴き応えがあった。すでにふれたが、アルヴァのアリア、二幕版ゆえの最終盤の聴かせどころ、前川が気持ちよさそうに歌った。

会場の拍手は盛大なものであった。このオペラになじみのない人にとっても強いインパクトが感じられる公演であっただろう。
このプロダクションの日本での再演を期待したい。それとともに、海外の他の歌劇場への売り込みもありなのではないかと思う。

(2021/9/15)

————————————————————-
<STAFF>
Conductor: Maxime PASCAL
Stage Director: Karoline GRUBER
Set Designer: Roy SPAHN
Costume Designer: Mechthild SEIPEL
Lighting Designer: Takashi KITAMURA
Video: Taiki UEDA
Choreographer: Yo NAKAMURA
Assistant Stage Director: Maiko OTA
Stage Manager: Kensuke MURATA
Production Director: Noriko SASAKI

<CAST>
Lulu: Mari MORIYA
Gräfin Geschwitz: Yayoi MASUDA
Eine Theater-Garderobiere /Ein Gymnasiast: Akiko GOKE
Der Medizinalrat: Kiyotaka KAGA
Der Maler: Jiro TAKANO
Dr. Schön: Toru Kaku
Alwa: Kensho MAEKAWA
Schigolch: Koji YAMASHITA
Ein Tierbändiger / Ein Athlet: Tatsuhiko KITAGAWA
Der Prinz / Der Kammerdiener: Masato TAKADA
Der Theaterdirektor: Shigeru HATAKEYAMA
Solo Dancer: Yo NAKAMURA
Orchestra: Tokyo Philharmonic Orchestra