タンペレゆるゆる滞在記|3 バーベキューしながら少子化に思いを馳せる|徳永崇
タンペレゆるゆる滞在記3/バーベキューしながら少子化に思いを馳せる
Text & Photos by 徳永崇(Takashi Tokunaga)
短い夏もあとわずか
相変わらず夏休みが続いています。ただ、北欧のイメージとは違って結構暑いです。今年はタンペレ市内も30度を超える日が何日かあり、現地の人たちは「今年の夏は異常だ!」とか言いながら海水浴(正確には湖水浴)に出かけていました。私たちのアパートも、ナシ湖という大きな湖から徒歩5分のところにあるので、7月中は毎日のように泳ぎに行きました。夜11頃まで明るいので、6時過ぎに夕食を終え、ひとっ風呂浴びる感覚で湖に出かけ、9時ごろ帰宅するという流れです。ここ数年で一番日焼けをしました。日本で暮らしている時は、そのような時間と心の余裕もなかったので、人生についても色々と考えさせられました。あんなに働いて、拘束されて、気を使って、一体誰が幸せになったのかと…。
タンペレ市議会議員Mattiさんのコテージ
そのような中、研究に繋がる大きな出会いもありました。カンテレ奏者Eva先生のコーディネートにより、教育、文化、そしてスポーツに係る行政部門を担当のタンペレ市議会議員Mattiさんのコテージに家族でご招待頂く機会を得たのです。ちなみに彼の奥様のIinaさんはEva先生と幼馴染なのですが、現役の小学校教諭ということで、リアルな教育現場の話もお伺いできました。レジャーの最中とはいえ、貴重な情報をゲットできるまたとないチャンスです。休暇中は研究がストップしていますが、転んでもタダでは起きません。
コテージは、タンペレ市の東60kmに位置するするルオピオイネンの湖上の小さな島にありました。レンタルやプライベートなものも含め、この2ヶ月でいくつかのコテージを訪問したのですが、今回は島一帯がMattiさん、そしてその親族の所有ということで、スケールが違い過ぎました(汗)。個人所有のボートに乗って島に渡り、そこで食事をしたり、ゲームをしたり、サウナに入ったり湖に飛び込んだりしながら、ゆっくりと時間を過ごしたのですが、その最中、レジャーの雰囲気が壊れぬよう配慮しつつ、しかし時にグイグイと、教育にまつわる質問をねじ込む作戦に出ました。
フィンランドの子どもを取り巻く状況
コテージにはお互いの家族もいますので、そのような場で私の質問のためにMattiさんを独り占めするわけにはいきません。タイミングを見計らいつつ、ここぞと思った瞬間に狙い撃ちです。しかしいつ何時でも、彼は丁寧に答えてくれました。
まず、今のフィンランドにおける教育上のトピックは何かと尋ねたところ、即座に「お金」という答えが返ってきました。そしてそれに関連して、「少子化」が大きな問題となっているとのことでした。フィンランドは、少なくとも日本よりは教育に多くの予算を割り当てていて、かつ子育て環境が充実しているイメージがあったので、このことは少し意外でした。そこで、もう少し詳しくお話を伺ってみました。
まず「お金」についてですが、フィンランドにとって、高い水準の教育や公共福祉を維持する上で欠かせないのが税金です。実際こちらで暮らしてみて、その物価の高さを体感しているところです。そのような中、ここ10年の間に子どもの出生率が激減してしまい、この先社会を支えるための税収を維持できるかどうか、雲行きが怪しくなっているというのです。そのため政府は、これまで以上に子どもを産み育てやすくし、かつ経済格差を減らすために、まず教育格差を少なくする意図から、義務教育期間を18歳にまで延長する取り組みを進めているらしいのです。現時点でも、フィンランドの子育て環境は相当に優れていると思いますが、さらに水準をあげようとしていることには驚きです。それだけ、危機感が高まっているということなのでしょう。
フィンランドの少子化問題
ではなぜ、子育て環境の充実しているフィンランドにおいて出生率が減っているのか。フィンランドでは、2010年に1.87あった合計特殊出生率が、2019年には日本と同水準の1.34まで落ち込みました。これには、色々な要因が複雑に絡み合いつつ影響している様子です。まず、2008年のリーマンショック以来の経済的な問題が、現在も影響しているという意見があります。しかし、様々な統計データを見ると、ここ5年ほどは経済水準もほぼリーマンショック以前の状態を取り戻しており、必ずしも経済的な困窮のみが少子化の原因ではなさそうなのです。これについても諸説ありますが、MattiさんやEva先生のお話ですと、若者の価値観の変化が大きいのではないか、ということでした。つまり、個々の「幸福」の追求の過程で、子どもを産み育てる選択肢を必ずしも選ばなくて良い、といった雰囲気が、近年ますます強くなっているというのです。これはまだ仮説の段階なので、もう少し統計的な裏付けと調査が必要ですが、もしそれが少子化に強く作用しているならば、どれほど育児支援を手厚くしたところで、大きな効果は期待できないことになります。
フィンランド政府は現在、様々な権利や機会の均等を公約に掲げています。それにより、これまで不平等を被ってきた女性やマイノリティの社会進出はもちろんのこと、多様な人々が多くの選択肢から自由に人生を決定できる社会に向かっています。しかしその結果、子どもを産むことが一つの「選択肢」として就学や就職と同列に比較され、面倒が大きいということから敬遠され、その挙句、少子化に拍車がかかっているかもしれないのです。もしそうだとしたら、これは大きなジレンマであると言えるでしょう。
日本の若者の意識
フィンランドよりもはるかに深刻な少子化問題を抱える日本において、上記を看過するわけにはいきません。現在の日本の世論としては、女性の働きやすい環境を整備したり、出産・育児しやすい環境を整えたりする「制度」や「政策」の不備が指摘され、それらに対して効果的な取り組みを行なってこなかった政府が批判される傾向にあります。確かにまだ不十分と感じるのですが、フィンランドの事例を見ると、仮に政治家と官僚が心を入れ替えて素晴らしいシステムの構築と手厚い支援を行なったところで、若者の出産と育児に対するイメージがポジティブにならない限り、その効果は限定的になる可能性もあるのです。
さて、そもそも今の日本の若者は、子どもを持つことをどう思っているのでしょうか。日本財団が18歳を対象に2018年に実施した調査によると、78.6%が「子供が欲しい」と答えたそうです。そのうち、欲しい子供の人数の内訳は、「1人」が12.6%、「2人」が67.1%、「3人」が17.2%、「4人以上」が3.1%であり、9割弱は2人以上を希望していることが窺えます。このデータだけを見ると、潜在的に子どもを産み育てたいという希望は決して小さくなく、まだ制度や支援でバックアップする余地は大きいことが分かります。浅い考察でしかありませんが、フィンランドのような悩みの境地に達するには、日本など足元にも及んでいない、といったところでしょうか。しかもフィンランドでは、さらに先を見越して、教育制度の改革を進めている訳ですから、もう圧倒的としか言いようがありません。
幸福とは何か
再びフィンランドの出生率についてですが、2020年度は1.37と若干持ち直し、2021年度も上昇の兆しがあるとのことです。コロナウィルス感染防止対策により在宅ワークが増え、お父さんとお母さんが一緒に過ごす時間が増えたことは容易に想像できますが、それと並行して出生率が上昇したのだとしたら、なんだか微笑ましい感じがします。やはり日本人の自分から見ると、フィンランドの少子化問題はあまり深刻に考えなくて良いように思えてなりません。
市議会議員であるMattiさんがコテージで家族とともにゆったり過ごす姿を見ていると、私の知り合いの範疇ではありますが、日本の議員や役人が激務で家族とあまり過ごせていない状況と比較してしまいます。それでは家族の目線、ひいては国民の目線から政策を考えることも難しいのではないでしょうか。ではその激務とやらを見てみると、これも知りうる範疇ではありますが、企業とのネゴシエーションであったり、政治的駆け引きであったりすることが大半なわけで、所詮既得権者や有力者の利益の再配分や次回の選挙が話題の本質であるわけで、なんだか虚しくなってきます。しかもMattiさんは筆者とほぼ同じ40代半ばです。フィンランドの政治家の平均年齢の低さはしばしば話題になりますが、日本の政治家は70代、80代もざらであり、やはり現役で働く世代や若者との感覚のズレが気になります。年長者の意見は確かに重みがありますが、いくらなんでも後期高齢者が政府の中心に居座る必要はないと思います。もう無理せず、孫と一緒にどんぐりでも拾っていれば良いのです。
そういうわけで、高邁な研究を語る前に、まずは自分自身の時間をもち、人間らしい生活を送ることが大事であるという考えに至っています。働きすぎていた日本での生活をもう一度考え直し、自分にとって何が幸せなのかよく吟味したいと思います。
なんて言ってますが、人間はそんなに簡単に変われるものではありません。特に我々1970年代生まれの、苦労が身に染み付いたロスジェネの、トラウマとコンプレックスに満ちた性根がそんなに簡単に浄化される訳はないのです。今にも暴発しそうなこのドス黒いエネルギー、この恨み、はらさでおくべきかぁ!!という勢いで、7月は2曲の新作を作曲しました。めでたし。
(2021/8/15)
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徳永崇(Takashi Tokunaga)
作曲家。広島大学大学院教育学研究科修了後、東京藝術大学音楽学部別科作曲専修および愛知県立芸術大学大学院音楽研究科博士後期課程修了。ISCM入選(2002、2014)、武生作曲賞受賞(2005)、作曲家グループ「クロノイ・プロトイ」メンバーとしてサントリー芸術財団「佐治敬三賞」受賞(2010)。近年は、生命システムを応用した創作活動を行なっている。現在、広島大学大学院人間社会科学研究科准教授。2021年4月から交換研究員としてタンペレ応用科学大学に在籍。