Menu

山澤慧 無伴奏チェロリサイタル|大河内文恵

山澤慧 無伴奏チェロリサイタル
Kei YAMAZAWA Solo Cello Recital

2021年7月31日 日本福音ルーテル小石川教会
2021/7/31  Japan Evangelical Lutheran Koishikawa Church
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
写真提供:山澤慧

<曲目>        →foreign language
J. S. バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番ト長調より プレリュード
J. S. バッハ:無伴奏チェロ組曲第2番ニ短調
平川加恵:Dからの生成

~休憩~

黛敏郎:文楽
カサド:無伴奏チェロ組曲

~アンコール~
カザルス:鳥の歌

 

小さな教会でのチャリティ・コンサート。Twitterで見かけ、曲目に惹かれてすぐに申し込んだ。折しも東京都の感染者数が4千を超えた日。かなり迷ったが、休日の昼間で電車も混んでいない時間帯なので思い切って。

日頃、ピリオド楽器の演奏を聴く機会が圧倒的に多く、久しぶりのモダン・チェロの音の情報量の多さに圧倒される。耳の感覚と脳の処理スピードが追いつかずバグだらけになっている間に、1番のプレリュードが終わってしまった。

プレリュードが終わり、マスクをしてのトーク。組曲や舞曲について初心者にもわかりやすい説明が語られるのを、肯きながら聞いているうちに正気に戻った。

2番が始まった瞬間、ギアが入ったのがわかった。そうか、プレリュードの間、聴き手(筆者)も探り探りだったが、奏者も入り具合と響きを探っていたのだなとその時気づいたのは、これ以上ない完璧な音色と音量で始まったからだ。第2番は耳馴染みがよく、弾ければそれで成立してしまうところがあるが、それに甘んじず、それぞれの舞曲の性格にそって弾き分け、構成感もしっかりしている。この場に初めて聞いた人がいたとしてもおそらく「わかって」聞ける精度の確かさで、さながらお手本。欲を言えば少し遊びが加わっても良かったかもしれない。

前半最後の「Dからの生成」は、山澤が2015年から続けているシリーズ「マインドツリー」第2回のために委嘱した作品で、2016年にここ小石川教会で初演されたという。D、つまり「レ」の音から始まるこの曲に繋がるよう、ニ短調の2番が演奏されたのかと、ここで初めて伏線に気づく。

D音の連打から次第に音の幅が広がっていき、ひたすら細かい音型が続く。重音の細かい組み合わせや、D音の持続上で転がる音の動きなど。若干の特殊奏法を含むものの、それが突出するのではなく、曲全体に馴染みつつ光の当たり方だけが変化する。調性が感じられるところはあまりないものの耳に心地悪い音は慎重に避けられており、ビーズや光る石、さまざまな質感の木を使ったアーティスティックな造形物をみている、そうミュージアムショップにいるような、インスピレーションを刺激されながら胸躍らせる感覚。

この曲は全音から楽譜が出版されたそうで、会場に展示されたものを見ることができた。軽々弾いているように見えたが、こんなことをやっていたのか!聞いている間は、もっと多くの人に弾いてほしいし、何ならコンクールの課題曲にどうだろう?と思っていたのだが。。。いやいや、数多のチェロ奏者に挑戦して欲しい。

後半は黛敏郎《文楽》。義太夫と三味線の模倣を交えながら進むこの曲は、チェロで弾いていることをときどき忘れてしまうほど、見事に文楽の世界が活写されている。義太夫や三味線の音色や音の動きを模した箇所になると、筆者のなかの「日本音楽スイッチ」が入る。普段それほど日本音楽を熱心に聞いているわけではないのだが、それでも耳が反応するのが自分で面白い。この反応が山澤の演奏だから起こるのか、他の奏者ならどうなるのか、また、聞いている誰にも起こるものなのか興味深いところである。

最後はカサドの無伴奏チェロ組曲。筆者は2019年にクラウス=ディーター・ブラントの演奏でこの曲を聴き、3楽章でスペインの風景を感じたが、今回は1楽章ですでに情景が鮮やかに浮かんできた。実際にはスペインに足を踏み入れたことはないのだが、コロナ禍で海外に行くことができないなか、ヨーロッパへの郷愁を掻き立てられ涙ぐみそうになった。今日ずっと感じていたことだが、山澤のチェロの音には無理がなく、さまざまな音色にもわざとらしさが一切ない。さらに、既存の楽譜をなぞっているのではなく、まさにいまここで音楽が生まれている感覚になる。特にカサドの曲では、山澤の身体を借りてカサドが即興演奏しているのではないかと思える時間が流れた。

アンコールで演奏された、カザルスの《鳥の歌》では、細かい音符の多い重量感のある曲が続いた後での、息の長い旋律を絶妙なボーイングが沁みた。

配布物に解説は記載されていなかったが、作曲家についての情報やそれぞれの曲の成り立ちなどが散りばめられたトークでその役割は充分に果たされており、真摯に学びを重ね、熟考されたプログラミングであることが察せられた。小さな教会の、コロナ禍でさらに人数を絞ったごく少数の観客のみに開かれた演奏会だったが、大きなホールを一杯にすることとは全く別の価値を見い出したように思ったのは筆者だけではあるまい。

(2021/8/15)

平川加恵さんと。 ©Osamu Yoneya

—————————————
Program:
Johann Sebastian Bach: Cello Suites Nos. 1 Prelude
Johann Sebastian Bach: Cello Suites Nos. 2
Kae Hirakawa: The Progression of D

–intermission—

Toshiro Mayuzumi: Bunraku
Gaspar Cassadó: Suite for Cello Solo

Encore
Pablo Casals: El cant dels ocells