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タンペレゆるゆる滞在記|2 白夜の真っ只中|徳永崇

タンペレゆるゆる滞在記2/白夜の真っ只中

Text & Photos by 徳永崇(Takashi Tokunaga)

あー夏休み

自宅近景(左奥はナシンネウラ・タワー)

日本の作曲教育に一石を投じるべく、意気揚々とフィンランドに渡航した訳ですが、4〜5月にかけて少しずつ生活も落ち着き、さてこれからというところで、突然全てがストップしてしまいました。6月から夏休みが始まってしまったのです。
日本では、夏休みでも教育機関の関係者は普通に働かされます。あるいは、普段できなかったり、焦げ付いたりした仕事を片付ける期間でもあります。しかしフィンランドでは、先生たちも家族でバカンスに行ったりするため、連絡がつかなくなります。私が研究対象とするプロジェクトの方々からも、音信が途絶えました。
ヨーロッパの夏休みがこの時期であることは重々承知していたのですが、ここまで徹底的とは思っていなかったので、さてどうしたものか考えた結果、家にこもって仕事することにしました。ウソです。遊ぶことにしました(涙)。高邁な志が早くもブレブレです。

フィンランドの夏の過ごし方

湖上の島「ヴィーキンサアリ」の波止場

遊ぶといっても、資金が潤沢にあるわけではないし、そもそも何をしたら良いのかわかりません。そこで妻の情報収集能力と決断力の出番です。タンペレ市内のイベントやおすすめスポット、遊び方などを片っ端から調べ上げ、スケジューリングしてくれて、あとはそれに乗っかるだけです。正直、作曲などいくつか締切が迫っていたので、家にこもろうと思ったのは本当ですし、実際それなりにデスクワークしているのですが、フィンランドの一番良い時期をそれではもったいないという事で、連れ回してもらっています。
フィンランドの人たちは、この時期、コテージに泊まったり、湖畔でバーベキューをしたり、泳いだり、日光浴をしたり、サイクリングをしたり、家族や大切な人とのんびり過ごします。やたらと全身を日光に晒すのは、この時期しかそれができないため。逆に冬がどれだけ暗いのか心配になりますが、何はともあれ今は白夜で明るい時間が長く、夕方以降もウキウキしてしまいますし、人々はどこでも昼間からビールを飲んでいるので、放っておいても楽しい気持ちになります。

サルカンニエミ遊園地

我が家も、知人と共にコテージに行ったり、湖の島でハイキングしたり、美術館を巡ったりしています。中でも、自宅の近くにあるサルカンニエミ遊園地が強烈でした。規模はそこまで大きくないのですが、アトラクションの多くが絶叫マシンで構成されており、なかなかに刺激的な内容となっています。20年ぶりのジェットコースター乗車後、ふらふらになった私に、隣に座った15歳の娘いわく、「今まで聞いたことのないうめき声を出していたよ」とのこと。いつの間にか、これらに耐えられる体ではなくなっていました。時の流れと人体の老いを実感した次第で、やがて人は死ぬのだとフィンランドで悟りました。

カンテレのレッスン

さて、遊んでばかりではもったいないので、夫婦でカンテレを習うことにしました。カンテレはフィンランドの伝統的な撥弦楽器で、小ぶりのハープを横倒しにしたようなフォルムと、スチール弦による透き通った響きが特徴。日本にも愛好家が多い楽器です。早速、知人を頼りにEva Alkulaさんという素晴らしいカンテレ奏者を紹介して頂きました。Evaさんは日本語も話され、箏とのコラボレーションもされるなど、日本に造詣が深い方です。音楽教育にも熱心で、私が研究対象としている作曲教育の事情もよくご存知でした。
まずは、実際のレッスン風景を覗かせて頂きました。この時の生徒は12歳の女の子。レッスンは、日常に関する優しい対話から始まりEva先生の演奏に合わせた即興演奏に続きます。響きに身を委ね、お互いの信頼とリラックスが確認できたところで、楽曲の演奏指導に入ります。単に先生が指示するのではなく、どうすべきかを生徒自身に考えさせるような語りかけが印象的でした。メリハリがあり、愛情のこもった45分間のレッスンでした。
見学して気づいたのは、脱力を重視していることです。これは、カンテレの弦を弾く指を過度に緊張させない為で、それほどに肉体との結びつきが深い楽器であるというわけです。そして何より、安心して表現できる空間を創出しているところに心動かされました。その過程で、即興演奏を取り入れている点も興味深く、穏やかな雰囲気が自発性や創造性の土台であることを確認できました。日本ですと、鬼のごとく厳しい先生によるスパルタ・レッスンでガチガチに緊張したという話を時々聞くこともあり、もちろんそれも愛情があってのことだと信じてはいますが、萎縮する学生たちを見ると色々と考えさせられます。

Eva先生とカンテレ

私はこの「安心感」が、日本の教育現場にとても不足していると感じています。恐らく生徒たちはそれぞれ多様な考えや感覚を持っていているはずです。しかし、何か人と違うことをして目立ったり、浮いたりしてしまうと、批判やいじめのターゲットにもなりかねません。その様な雰囲気の中、どうやって自由に表現し、創造性を養えというのでしょうか。教育メソッド云々の前に、まずこの問題があるのです。この視点は、大学における作曲教育にも援用可能です。さすがに露骨ないじめは少ないでしょうが、果たして学生たちは、本当の意味で自由な表現をしているのかどうか、注意深く見守る必要があると思います。創造性が育まれるべき教育現場で、自由に表現していないのであれば、何のために学んでいるのか、ということになります。今回のレッスンを見学しつつ、その様なことに思いを巡らせました。

コロナを取り巻く状況

フィンランドにおけるコロナウィルスの感染拡大防止対策は、ワクチン接種が早期に実施されたり、感染者数を低く抑えていたりと、順調に進んでいる様に見えます。もちろん屋内でのマスク着用は求められますが、レストランも通常に近い形で再開し、街中で多くの人々がマスクなしで集い、外見的には相当に日常が戻った感じがします。その様な中、6月下旬にロシアから帰国したサッカー観戦者に300人規模の感染者が含まれていたとして、フィンランド中が騒然となりました。これにより、国内での感染爆発が懸念されているところで、状況次第では再び規制が厳しくなるかもしれません。
もう一つ、5月の話になるのですが、芸術を取り巻く状況に大きな動きがありました。実はコロナによる芸術活動の自粛に際し、フィンランド政府が芸術家への援助を縮小すると発表したのですが、それに対して、フィンランド中の芸術家たちが怒って大規模なデモを実施しました。フィンランドでは芸術に理解があるイメージがあったので、この件は意外だったのですが、この国でも芸術ではなく経済や雇用にもっとお金を回すべきと考える層が一定数存在し、場合によってはその様な考えが議会の多数を占めてしまうこともある様です。ヘルシンキは今その様な危機にあり、逆にタンペレは教育や芸術を大事にする議会の雰囲気とのことで、地域差がある様子でした。しかし放っておくと、芸術を軽視する流れが強くなる懸念が常にあり、結構せめぎ合っている印象を受けます。この国における水準の高い芸術教育は、芸術家たちの声と行動力によって守られていると感じた次第です。

やがて夏も終わる

夏至の日没(23時15分頃)

不本意ながらそれなりにフィンランドの夏を満喫している訳ですが、8月には雷雨が増え、気温も下がり始めるとのことで、この素晴らしい夏もあっという間に終わる様子です。
先述の遊園地も毎年9月までしか開園しないとのこと。そう考えると、もう一度絶叫マシンに乗ったほうが良いのかな、とも思ったりします(乗りませんが…)。ちなみに夏休みは7月末で終わり、8月からは教育機関も再開します。それまでに、私の高邁な研究の準備を進めておかねばなりません。気を引き締めねば!と書いた次の瞬間、カボシュッと缶ビールを開けるゆるゆるな私でした(涙)。

(2021/7/15)

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徳永崇(Takashi Tokunaga)
作曲家。広島大学大学院教育学研究科修了後、東京藝術大学音楽学部別科作曲専修および愛知県立芸術大学大学院音楽研究科博士後期課程修了。ISCM入選(2002、2014)、武生作曲賞受賞(2005)、作曲家グループ「クロノイ・プロトイ」メンバーとしてサントリー芸術財団「佐治敬三賞」受賞(2010)。近年は、生命システムを応用した創作活動を行なっている。現在、広島大学大学院人間社会科学研究科准教授。2021年4月から交換研究員としてタンペレ応用科学大学に在籍。