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北中幸司 銅版画展|言水ヘリオ

北中幸司 銅版画展

Text by 言水ヘリオ(Kotomiz Helio)

 

麻布十番駅で地下鉄を降り、地上へ出て、大通り沿いに歩く。街路樹の中から気の早い蝉の鳴き声が聞こえては消える。夏は移動する境界線のように訪れるわけではないだろう。部分的に空間を超えることだってあるはず。すぐに角を曲がるとやや細い道が続く。そして、このあたりにいくつもある坂のひとつの、登り口にある喫茶店で食事をする。昼の定食を注文。運ばれてくると、全体に量が多く、ごはんなど大盛りで、少食の人ならもてあますであろう量。たくさん食べそうに思われたのかもしれない。ダイエット中だっていうのに。

喫茶店を出て坂を登る。このような、あるていど急な坂道を久しぶりに登る。

扉の手前にいつも、作品が一点置かれている。今日は、樹木の描かれている銅版画。枝ぶりを目で追っていたのか、筆跡をなぞっていたのか、どちらも行なっていたのか、いなかったのか。しばらく外で、作品の前に立ち尽くす。木の枝の一本一本まで詳細に見て絵にしていると感じる。木の枝が茂っている様をそれらしく見えるように描くということとはまったく違っている。扉を引いてギャラリーの中に入る。樹木、花、果実、昆虫、貝、こども、水の流れ、岩などのモノクロームの銅版画。

 

 

ソフトグランドエッチングという手法で描かれている。銅板にグランドという防蝕剤を塗り、その上に薄い紙をかぶせて固定し、鉛筆で絵を描く。そうすると筆圧で描いた部分の防蝕剤がはがれる。描き終えて銅板を腐蝕液に浸けると、防蝕剤のはがれた部分が腐蝕されて凹の状態になり、そこにインクを詰めて紙に刷りとるという仕組みになっている。作者は銅板をセットした折りたたみ式の画板を自作し、身近な場所や、自転車で20〜30分程度の近所まで出かけたりして、携えた銅板にスケッチする。一日のうちの数時間で描き終えることもあるのかもしれないし、数か月かよってようやく仕上がることもあるのだろう。写真に撮ったものを参照してアトリエで描くのではなくて、銅板を持っていってその場で描く、ということなのである。

ギャラリーの方からそのようなことを聞く。「よく見るために、描いている」ということも。描くのに日数がかかったと思われる大きな樹木の絵などは、たとえば枝は比較的明瞭な線で描かれているのに、葉は、一瞬の静止画として一枚一枚描かれてはおらず、全体で残像のようにぼやけている。葉は刻々と変化する。絵に費やした時間が内包されている。

 

 

この技法の特徴。描く道具の尖端が銅板に直接触れないこと。版をつくる際、かぶせた薄い紙に絵が生じること(胞衣のような存在?)。

描くことが、版をつくる作業でもある。銅板の上に薄い紙を敷いてその紙に描くことで版をつくる、というこの技法。やわらかなタッチの絵になる、という特徴もある。だが、それがすべてではないだろう。間接的な手順がひとつ増えることで、絵を版にゆだねる度合いが増しているということもあるように思えるし、直接触れないということに、描くことの逸脱を想起することもできる。そして、スケッチは銅板の上の薄い紙に描かれることになるわけであるが、これは版を刷ってできる版画を完成形とする前提で行われる作業である。したがって、薄い紙の上の絵はその過程で生じた副産物であり、人目にふれることもほぼないものと思われる。必ず生じて、表に出ることのないこの絵。ソフトグランドエッチングのつくりかたを知らなければ想像もできない存在であった。

貝の絵があった。あさり。はまぐり。しじみ。作者の庭で採れたものではないだろう。そしてこれは貝殻ではなく、生きた貝を描いている。貝は、たいてい生きた状態で販売されている。そして、貝が描く対象になったのだとしても、そのあとたぶん食べるのであり、生きたものを食べるとは、「生きていた」と過去にすることである。どうして貝を描いたのだろう。形状が魅力的だから? あるいはそこにあったから? そう考えてほかの作品の、生きていたり朽ちていたりするたたずまいを見る。生の称揚や退廃の美というような、ある価値観へと直線的に向かうのではなく、ドキュメンタリーとして、そこに流れている現象を目の当たりにし、絵に移すということが、淡々と行われていった。そして版画として刷られた際、作者も思わぬ情景があふれるということが起こった。というようなことを考えてみる。

 

 

おいとまするため扉を開けたとき、まだ終わっていない気がしてためらいがあった。扉を閉めて、ガラス越しにこれまでいた室内を一瞥して、一歩踏み出したらよろけてしまった。

北中幸司 銅版画展
Gallery SU
2021年6月12日(土)〜6月27日(日)
http://gallery-su.jp/exhibitions/2021/05/post-142.html
http://gallery-su.jp/exhibitions/2021/06/post-143.html

●「木群」(2020年~2021年、294×207mm)(上)
●「森の風景」(2019年、295×198mm)(中)
●「しじみ」(2020年、68×97mm)(下)

(2021/7/15)

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言水ヘリオ(Kotomiz Helio)
1964年東京都生まれ。1998年から2007年まで、展覧会情報誌『etc.』を発行。1999年から2002年まで、音楽批評紙『ブリーズ』のレイアウトを担当。2010年から2011年、『せんだいノート ミュージアムって何だろう?』の編集。現在は本をつくる作業の一過程である組版の仕事を主に、本づくりに携わりながら、『etc.』の発行再開にむけて準備中。