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Back Stage|変わらない、劇場の仕事|高田伸也

変わらない、劇場の仕事

Text by 高田伸也(Shin-ya TAKADA)

舞台があり、観客がいてはじめて成立するひとつの公演が、なぜそこになくてはいけないのか。

2012年3月にカフェ・モンタージュを始めてから問い続けてきたこと、何の約束事もないままに始めた小さな劇場だからこそ向き合わなければいけないと考えてきたようなことが、突然に社会全体の大きな課題として浮上した。
なぜ生きるのか、社会問題として向き合うには、あまりにもナイーヴで直接的なその問いが、あろうことか全ての人に答えを求め始めた。
「分からない」という以外の答えを示そうとした人は、なべて問いの力に屈した。自分にも勝ち目があるとは思われなかった。

2020年3月、新型コロナウィルスの世界的パンデミックが宣言された。
いままさに必要とされるものが、次々と人の手から消えていった。
そして、街から人影が消えた。

2020年5月、舞台も出演者も観客もいないコンサートシリーズを作って発表した。演奏メンバー不明の「エンヴェロープ弦楽四重奏団」が演奏する架空の演奏会、そのサポートメンバーになってくださいと、SNSやメールで及ぶ限りの方面にお願いをした。

かつて、架空のバンドによるロックアルバムというコンセプトで発表された、ビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」は、自分が”音”に興味があるということを教えてくれた、最初の衝撃的な体験だった。”音”が、その場でたまたま発生する感覚ではなく、何か運命的なものに違いないという思いは、あれ以来失っていない。
はじめからその中身がビートルズであることが誰にでもわかっていたあの画期的なアルバムが、本当に匿名のまま発表されていたとすれば‥と問う自分に自分が返す答えはいつも決まっている。それは、おそらく自分は未だにそのアルバムの存在を知らないままだっただろう、ということだ。
でも、結局のところは「分からない」。だから、私はいまだに問い続けているのだ。
あきらめの気持ちと、同じだけの憧れの気持ちを持って、これまで”音”を求め続けてきた。

― 名前のない演奏家が、名前のない観客に向かって演奏するベートーヴェン。
「エンヴェロープ弦楽四重奏団」を通じて、舞台上の”音”そのものに向き合うという非現実的な憧れに向かって、少なくともその体験までの道のりを、この世の誰かが辿ることになる。

企画をする上でどちらの名前も知っている自分だけは、残念ながらその未知の舞台に向かうことは出来ない。でも、なぜ生きるのかという今の世の中を混乱に陥れている問いを、なぜその舞台がそこに存在するのかという問いに置き換えて見せる、これは間違いなく劇場の仕事だと考えた。

2020年6月23日、エンヴェロープ弦楽四重奏団による第1回目の公演が行われた。生きることへの答えの請求がまだ非常な力を保っていた時期、来場を広く求めるわけにはいかない。そこで、リソースの全てを音の収録に注ぎ込んだ音声のみのライブ配信を行った。名前も姿もない空気と音だけの配信、それは封をされたエンヴェロープそのものであったはずだ。そして、入場は京都市内在住の10名限定とし、その場の空気となり、重要な目撃者ともなっていただいた。
その日のテーマは「声」。
舞台という舞台が全て幕を降ろし、通りという通りから人の姿が消えたあの日以来、限りなく繰り返された「分からない」という答えの中に、どれだけの数の人の、生きた声が鳴り響いていただろうか。ただの想像にすぎない、でも確かに存在したと思われる声、自分も他人もそこでは同じと思われる声、その象徴としての音楽を聴きたいと願った。
時が訪れ、演奏家が舞台に上がり、ほどなくしてベートーヴェンの「大フーガ」が鳴り響いた。まさに声、その混沌の原型。そしてシベリウスの「親密な声」を聴いて、舞台はまた静まり返った。

あれから、エンヴェロープ弦楽四重奏団は15回のコンサートを行なった。
なぜ舞台があるのか、なぜ生きるのか、答えの提出を迫る理不尽な声のいまだ収まらない中で、劇場がその問いを更新する役割を果たすことが出来るのか。私には「分からない」。
あきらめと同じだけの、憧れの気持ちを大事に、これからも舞台を作り続けていく。

高田伸也(カフェ・モンタージュ オーナー)

2020年6月23日「エンヴェロープ弦楽四重奏団」第1回公演より
左から 田村安祐美、林七奈(ヴァイオリン)、上森祥平(チェロ)、小峰航一(ヴィオラ)
およそ3か月後にメンバーの名前を発表した。

2021年5月21日「エンヴェロープ弦楽四重奏団」第15回公演より
左から 漆原啓子、上里はな子(ヴァイオリン)、篠﨑友美(ヴィオラ)、山本裕康(チェロ)
公演終了時にメンバーの名前を発表した。

「エンヴェロープ弦楽四重奏団」これまでの出演者(第1回から出演順)
(ヴァイオリン)
田村安祐美、林七奈、上里はな子、前山杏、島田真千子、泉原隆志、石上真由子、佐藤一紀、高木和弘、室屋光一郎、瀬﨑明日香、外園彩香、伊東真奈、会田莉凡、谷本華子、漆原啓子
(ヴィオラ)
小峰航一、豊嶋泰嗣、叶澤尚子、坂口弦太郎、丸山緑、馬渕昌子、中恵菜、鈴木康浩、田原綾子、篠﨑友美
(チェロ)
上森祥平、福富祥子、丸山泰雄、富岡廉太郎、北口大輔、金子鈴太郎、山本裕康

(2021/7/15)