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読売日本交響楽団第608回定期演奏会|西村紗知

読売日本交響楽団第608回定期演奏会
Yomiuri Nippon Symphony Orchestra The 608th Subscription Concert

2021年5月21日 サントリーホール
2021/5/21 Suntory Hall
Reviewed by 西村紗知(Sachi Nishimura)
写真提供:読売日本交響楽団

<演奏>        →foreign language
指揮=下野竜也
ピアノ=藤田真央
読売日本交響楽団
※当初の発表から、ピアノはアンドレ・ラプラントから変更

<プログラム>
マルティヌー:過ぎ去った夢 H.124
モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K. 467
※ソリストアンコール
モーツァルト:ピアノソナタ第16番 ハ長調K.545 第1楽章
マルティヌー:交響曲第3番 H.299

 

プロのピアニストの演奏を会場で聞いたとき、「帰ったら私もピアノ弾こう」と気分が高揚する場合と、「ピアノもう弾きたくないなぁ」と才能の差に愕然として落胆する場合と、だいたいどちらかに分かれるような、そんな気がしている。ピアノをやっていた人間特有の感情だろうか。音楽に対して心が開かれていき、自分の指先でも触れてみたいと思う場合と、心が閉ざされていき、自分みたいな人間の指先では触れてはならないと思う場合。ピアノに限った話ではないと思うのだが、どうだろう。

この日、会場はほぼ満席だった。「マルティヌーってけっこう人気あるんだな」という筆者の憶測は残念ながら(?)的外れで、その勘違いはプログラム2曲目でピアニストが舞台に上がった瞬間に、拍手の音量で判明した。
筆者は藤田真央の演奏を初めて聞いた。
その若いピアニストはふらふらした足つきであらわれ、ちょこんとピアノの前に座り、オーケストラの前奏が始まったらそちらをそわそわしながら見つめていた。
おそらく、客席を埋め尽くすこの日の人々は、「神童」の具現化を観に来たのだろうと、そういう観客の欲望がピアニストの仕草を介して、よく感ぜられた。
上半身の動きが大きい。手の動きも、手前に手招きするような円運動を描き、なんだかせわしない。先生に怒られたりしなかったのだろうか。
でも、それなのに、せわしない身動きからは想像できないくらい音の流れが流麗で、よくよく彫琢されていて、特に高音域のやさしい響きに魅了されずにはいられない。弱音ペダルの使用に工夫があるのだろうか。
それと、アインザッツのためらいのなさ。自分の弾く番がきたら迷わず飛び込んでいく。しかし、周りを置き去りにしたい、という感じでもなく、自分の世界をきっちり守るような感じである。
そうして、カデンツァも自由だ。転がるようなパッセージは、どこか若い人のブロークンなワードセンスや喋り方を連想させるようだと個人的には思ったが、もうとにかくキラキラ感がすごい。
ソリストアンコールもささっと済ませて、彼はとっとと帰っていってしまった。
「ピアノもう弾きたくないなぁ」と筆者は思っていた。

さて、気を取り直してマルティヌーについて。
「過ぎ去った夢」。チェコの作曲家マルティヌーは、チェコの他の作曲家にみられるような独特の土着性と、その時代の当世風のモダニズムとの不思議な結合体を生み出した。
冒頭、ティンパニの鳴る上でフルートの旋律、すぐに弦楽器とハープが入ってくる。ドビュッシー的な書法ということなのだろうが、それぞれのパートの線がはっきりしていて、点描的な音の塊とはならない。オーケストレーションが全体として、柔和な感触としてよりも硬質な区画として感知される。
途中挿入される弦楽合奏は、重厚感にあふれて美しい。ただ、オーボエ、イングリッシュ・ホルンなど木管楽器が牽引するところとなると、声部の交わらなさと、折り目正しいメトリークとが、どうしても印象に残る。

「交響曲第3番」。これは新古典主義風だろうか。変拍子になるように動機を反復していくが、全体のテンポがゆったりしているので、シリアスな雰囲気なのにどことなくユーモラスな感がある。おおよそどれか特定のパートの旋律が牽引し、オーケストラ全体の力関係が崩れていくようなところがない。そのアンサンブルの関係性の安定感が、おおらかな印象を抱かせる要因かもしれない。
第2楽章の緩徐楽章も同様に薄暗い曲調だが、やはりどこか温い。第3楽章は全体の足並みのよく揃っているがゆえの迫力。

いやはや、藤田真央がすべてかっさらっていった演奏会であった。

(2021/6/15)


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<Artists>
Tatsuya Shimono(Cond.)
Mao Fujita(Pf.)
Yomiuri Nippon Symphony Orchestra

<Program>
Bohuslav Martinů:Sen o minulosti (Dream of the Past), H. 124
Wolfgang Amadeus Mozart:Piano Concert No.21 C-dur K. 467
*Solist Encore
Wolfgang Amadeus Mozart:Piano Sonata No.16 C-dur K.545 1. Satz
Bohuslav Martinů:Symphony No.3