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2021年度 武満徹作曲賞本選演奏会|西村紗知

2021年度 武満徹作曲賞本選演奏会
Toru Takemitsu Composition Award 2021 : Final Concert

2021年5月30日 東京オペラシティコンサートホール
2021/5/30 Tokyo Opera City Concert Hall

Reviewed by 西村紗知(Sachi Nishimura)
Photos by 大窪道治/写真提供:東京オペラシティ文化財団

<演奏>        →foreign language
阿部加奈子(指揮)
東京フィルハーモニー交響楽団
審査員:パスカル・デュサパン

<プログラム>
根岸宏輔(日本):雲隠れにし 夜半の月影
ミンチャン・カン(韓国):影の反響、幻覚…
ヤコブ・グルッフマン(オーストリア):TEHOM
ジョルジョ・フランチェスコ・ダッラ・ヴィッラ(イタリア):BREAKING A MIRROR

 

今年で23回目となる武満徹作曲賞。今回は32ヵ国91作品の応募のうちから若い才能が発掘される運びとなった。
審査員のパスカル・デュサパン、並びに根岸以外の本選進出者は、新型コロナウイルス感染症に係る入国制限措置の影響により来日できなかった。審査は、パリと日本を結ぶリモート通信をもとに進められた。
結果は東京オペラシティ文化財団のHPにある通り、1位が「雲隠れにし 夜半の月影」、2位「BREAKING A MIRROR」、3位は「TEHOM」と「影の反響、幻覚…」である。
この結果について筆者は特に違和感を抱かなかった。というより、誰が1位でも違和感を抱くことはなかっただろう。ただ、3位の「TEHOM」と「影の反響、幻覚…」については、変奏の仕方や全体の筋道についてよくわからないところがあったため、その点どう評価されるだろうか、とは思っていた。――いや、実のところ、特に2位と3位については、技法や趣味や変奏の方向性などがずいぶん似通っていた、というのが正直な感想である。

ミンチャン・カン「影の反響、幻覚…」は、BとHの二音の提示からはじまり、弦の音量は小さく、そのうちその二音の提示はピアノによって変奏され、随時管楽器セクションもそれを追うこととなる。
次に、ユニゾンの弦楽器とミュートをつけない金管セクションとの緊張感あふれる応酬が到来する。高音でトレモロする弦はその音塊をフルートへと受け渡す。
各楽器セクションが複雑なアンサンブルを展開するところでも、弦楽器群の弓で弦を叩くパーカッシヴな音がよいアクセントとなって、整理された感じに聞こえる。
中盤で今度はE♭D♭の二音を中心とする。オーケストラ全体が一旦静かでスタティックになったのち、再び爆発する。
終盤はチェロとヴィオラが薄く音を鳴らしている上にパーカッションと木管とが鳴り、最後管楽器群のロングトーンで終わるのだが、どことなく唐突な印象が拭えず、思わず「これで終わり?」と言いそうになってしまった。

ヤコブ・グルッフマン「TEHOM」は、弦楽器のクレッシェンドするD音のユニゾンと、パーカッションアンサンブルとの対立から始まる。これらの緊張感のある対立は、DCDHという音列を導き、そうこうするうち弦楽器、パーカッションアンサンブル、そして金管セクションとの三つ巴の様相を呈する。それぞれのセクションが鳴らす音の断片がより旋律らしいものへと変奏されることを通じて、全体のアンサンブルが複雑化していく。
そのなかで印象に残っているのは、金管楽器とシンバルがつくる反復するオスティナートのようなものをヴァイオリンとヴィオラが引き継ぐところや、弦楽器全体の変拍子のピチカートであった。
中盤ではティンパニのソロがある。その後勢いのあるオーケストラ全体の総奏があり、そうして一旦静かになったところでは管楽器の息の音が飛び交い……。
その後は展開がかなり複雑になってきたので、追うのを諦めた。

ジョルジョ・フランチェスコ・ダッラ・ヴィッラ「BREAKING A MIRROR」もパーカッションと弦楽器の対立から始まる。ティンパニのうめき声のような轟音が作品の始まりを告げ、そして最後もティンパニのひと打ちで終わるので、形式上の統一感がある。
グロッケンと弦はメロディアス。はたまた、チューバとスネアドラムとのやり取り。
一旦ゲネラルパウゼを挟んで、高音域でのアンサンブルとなり、木管アンサンブルが同じような音型を、だんだんと間合いをつめながら反復する。
シンバルのクレッシェンドののち、弦楽器がリードするようにして、クライマックスの総奏が訪れる。
ただ、演奏順が最後だったため、聞くのに疲れてしまっていた。

しかしながら、そもそも、審査結果が出るまでの間筆者の胸中にあったのは、1位に根岸作品を選ぶのかという、このことのみであった。この作品を1位に選ぶかどうかという問題は、作品の内在的・技術論的見地を超えたところに触れていると、筆者は会場でそう感じていたのである。
つまり、筆者は根岸作品を聴いているそばから、次のような問題にずっと気を取られてしまっていた。武満徹という作曲家の功罪とはなんであるか、つまり、国際的な評価を得る(承認される)作曲家という像が今日実現されるのならば、そこにどういう問題が潜むものなのだろう。

1位の根岸宏輔「雲隠れにし 夜半の月影」。
ベルと弦楽器の駒寄りのグリッサンド、ピアノ、ハープなどが合わさって、きらきらした繊細な音響体が出来上がる。開始一秒から作品の世界観に引き込むことに余念がない。徐々に木管も加わっていき、全体の音量はあまり変わらず、それぞれの楽器が音色を添え合うのだが、濁ることなく劇伴音楽っぽささえある。それはピアノの音色が、音程感の強い素材であるからかもしれない。ピアノの音色は誠に合理的で、あわいになることがない。
ミュート付きの金管アンサンブル、刻みのチェロも作品全体のほがらかさを演出する。そのなかでピアノは印象派めいたパッセージを添えていく。スネアドラムはさながら鳥の羽音のようであった。
ゲネラルパウゼ直前に至るまでのオーケストラ全体のffのシーンすら、コード感が強く、混沌とした感じはない。全体に響きがすっきりとしているのは、5度の音程が聞こえてきたりするからだろうか。
そうして最初から最後にかけて、合理性の響きであると筆者はずっと感じていたのだったが、中盤に、フルートのGFDFGFDといういかにもな断片を聞いて、スライベルの入り方などもそうであるが、ジャポニスム2.0と言い表したくなった。
グローバリゼーションを全力で受け止めた、今現在のジャポニスム。きらきらしていて、透明度が極めて高い。
それは例えば、pixabayで「Japan」という語句で検索をかけたときに出てくる数多の画像と同じくらい、美しさと余所余所しさを高い強度で兼ね備えている。

現代音楽以外のことも気にかかってしまうようでもあった。合理化し切ったジャポニスムは、外部となにかしらの共犯関係にある。IOCに緊急事態宣言中だろうがなんだろうがオリンピックは開催できる、と要求された今この時にあって、つまり日本という国の国際的な立ち位置が、属国的性格が今になって露になった状況下で、根岸作品は非常に緊張感のある磁場に置かれているのではないか。もちろん根岸作品は美しい。個人的には好きだと、筆者は素直にそう思い――いや、思いたかったのである。

最後に、審査員であるデュサパンの、譜面審査後の総評から、一部引用する。
「私は次のような手順で審査を行った。まず、提出された91点のスコアをそれぞれ数回ずつ検討した。この最初の段階で目を惹いたのは、作曲技術とオーケストラ素材の展開の手法が似過ぎていて、ある文化的な様式によって国籍を類推するのは不可能だということである。この点は、本作曲賞が武満徹に敬意を表するものであり、彼が20世紀の偉大な作曲家のひとりであると同時に、日本と西洋の文化の架け橋であったことを考えると、重要な指摘だと思う。彼自身はそれを超えることを目指し、あらゆる表現の普遍化を呼びかけたが、それでもなお彼の音楽は、他の作曲家の中でもたやすく識別できるものだった」。
武満が没して今年で25年。状況はもういろいろと変わってしまっている。文化的盗用の問題なども噴出するようになった昨今では「表現の普遍化」というのもまた、問題含みになってしまったことだろう。普遍と特殊のパワーバランスはいつだって平等ではありえない。外国人審査員が日本の若き才能に武満徹の再来を見たという、そういう構造のなかで輝く作品を、今まさに素直に美しいと感じることは簡単ではないと筆者は思うのだが、どうだろうか。

(2021/6/15)

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<Artists>
Kanako Abe, conductor
Tokyo Philharmonic Orchestra
Pascal Dusapin, judge

<Program>
Kohsuke Negishi (Japan): Moonlight Hidden in the Clouds for orchestra
Minchang Kang (Korea): The echo of shadows, hallucination… for grand orchestra
Jakob Gruchmann (Austria): TEHOM für großes Orchester
Giorgio Francesco Dalla Villa (Italy): BREAKING A MIRROR for orchestra