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カリフォルニアの空の下(最終回)|ロサンゼルスでのコロナ禍を経て|須藤英子

ロサンゼルスでのコロナ禍を経て
Through the coronavirus pandemic in Los Angeles

Text & Photos by 須藤英子(Eiko Sudoh)

◎音楽活動の再開
先月5月18日、ロサンゼルスフィルハーモニーが、実に約1年3ヵ月ぶりにコンサート活動を再開した。会場は野外音楽堂 “ハリウッドボウル”、観客は招待された医療従事者のみという異例な形式ではあったが、その熱気と感動は、同時中継されたYouTubeのストリーミング配信からも、痛いほど伝わってきた。

昨年3月中旬にロックダウンが始まって以来、ロサンゼルスフィルハーモニーでは全ての公演がキャンセルされた。屋外でも1.8mの社会的距離が必須という国の感染防止策の下、生活必需品店以外の店は閉まり、飲食店もピックアップかデリバリーのみ、オフィスも学校も閉鎖されたほどだ。密閉空間で長時間過ごすコンサート活動など、当然禁止という状況が続いてきた。

そのようなロックダウンが緩和され、コンサート活動が条件付きながら許可されるようになった背景には、迅速なワクチン接種が大きく貢献している。今年2月に医療従事者から始まった接種は、生活必需品店の店員、高齢者、そして教員や基礎疾患患者へと段階的に対象が拡大された。この4月からは16歳以上の一般人、そして5月には12歳以上の青少年にも順番が回ってきている。このまま接種が進展し、感染率が低い状態が続けば、6月15日にはほぼ全ての規制が撤廃される見通しだ。

◎オンライン化の進展
ワクチン接種の迅速さもさることながら、ロックダウン中のオンライン化の進展にも、アメリカの底力を見た気がする。失敗を恐れず挑戦し続ける姿勢や、そこから生み出される社会の急速な変化には、コロナ以前からアメリカらしさを感じていた。その強烈なエネルギーが、コロナ禍という非常事態の下、一層露わになったように思われる。

例えば子どもたちのリモート学習では、豊かな学びがどんどん実現していった。当初は不慣れだった教師たちが、早朝から深夜まで課題の投稿や採点を続け、新たな教材の開拓にも積極的に取り組んでいった。どんなに疲れていてもZoom授業ではそれを微塵も感じさせない明るさ、また良い教材であればYouTube動画さえも適宜学習に加えていく柔軟さには、敬意を抱いたものだ。そのような積み重ねの末に、現在の充実したオンライン学習があると言えよう。

コンサートが禁止され続けてきた音楽界でも、オンライン上での新たな活動が次々と試みられていった。例えば先のロサンゼルスフィルハーモニーのホームページでは、アーカイブ動画の公開や野外無観客コンサートの配信、子ども用デジタル学校コンサートの実施など、またメトロポリタン歌劇場のホームページでは、毎晩更新されるアーカイブ動画の他、世界中のトップ歌手による有料コンサート、そして学校向けの教育カリキュラムなど、洗練されたオンラインプログラムが続々と公開されていった。今ではこれらのコンテンツは、寄付金や助成金を得るための重要な財源ともなっている。

◎繋がる世界と日本
コロナ禍がもたらした社会のオンライン化により、世界は一気に繋がりを深めた。地球上のどの場所に居ようとも、人々はZoom等のアプリを通してワンクリックでリアルタイムに同じミーティングに参加することができる。だが確実に違うのは、参加者各々の時計が指す時間であり、周囲の気候であり風土であろう。そして、それら地域的特性から育まれる人々の感性や思想が、世界に多様性をもたらしている。

オリンピックや緊急事態宣言、ワクチン配布等に垣間見られる日本という国の曖昧さ。アメリカの厳しいロックダウンや明確な意思決定の在り方と比べると、そこには不可思議なことが多い。しかしそんな曖昧さの背景には、島国ならではの四季や湿度、また密集した生活環境や思いやりの精神といった、日本固有の文化があるだろう。巨大な多民族国家アメリカにはないその文化的特性を、この際、良い方向へと生かしていきたいものだ。

コロナという地球規模の災害から立ち現れた、新たなグローバル社会。そこにおいて、自らの文化的特性を生かしながら世界中の人々と繋がっていくこと、それこそがアフターコロナの時代を豊かに生きていくための得策であろう。ようやくICT(情報通信技術)教育が本格化し始めた日本において、未来を担う子どもたちはどのように世界との関わりを深めていくだろうか。彼らが築く新たな社会に期待しつつ、私自身もアフターコロナ時代を全力で生きていきたい。ロサンゼルスでのコロナ禍を通して学んだ “今” を生き切る姿勢を糧に、来たるべき日本での生活へと思いを馳せる、カリフォルニアの空の下である。(終)

(2021/6/15)

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須藤英子(Eiko Sudoh)
東京芸術大学楽理科卒業、同大学院応用音楽科修了。在学中よりピアニストとして同年代作曲家の作品初演を行う一方で、美学や民族学、マネージメント等広く学ぶ。2004年、第9回JILA音楽コンクール現代音楽特別賞受賞、第6回現代音楽演奏コンクール「競楽VI」優勝、第14回朝日現代音楽賞受賞。06年よりPTNAホームページにて、音源付連載「ピアノ曲 MADE IN JAPAN」を執筆。08年、野村国際文化財団の助成を受けボストン、Asian Cultural Councilの助成を受けニューヨークに滞在、現代音楽を学ぶ。09年、YouTube Symphony Orchestraカーネギーホール公演にゲスト出演。12年、日本コロムビアよりCD「おもちゃピアノを弾いてみよう♪」をリリース。洗足学園高校音楽科、和洋女子大学、東京都市大学非常勤講師を経て、2017年よりロサンゼルス在住。