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東京交響楽団第689回定期演奏会〈原田慶太楼 正指揮者就任記念〉|齋藤俊夫

東京交響楽団第689回定期演奏会〈原田慶太楼 正指揮者就任記念〉
Tokyo Symphony Orchestra Subscription Series No.689
Keitaro Harada Inaugural Concert as Associate Conductor

2021年4月17日 サントリーホール
2021/4/17 Suntory Hall
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by 池上直哉/写真提供:東京交響楽団

<演奏者>        →foreign language
指揮:原田慶太楼
ヴァイオリン:服部百音(*)
コンサートマスター:グレブ・ニキティン

<曲目>
フランク・ティケリ:『ブルーシェイズ(管弦楽版)』
レナード・バーンスタイン:『セレナード(プラトンの『饗宴』による)』(*)
 I:ファイドロス、パウサニアス
 II:アリストファネス
 III:エリュキシマコス
 IV:アガトン
 V:ソクラテス、アルキビアデス
(ソリストによるアンコール)
ハインリヒ・ウィルヘルト・エルンスト:『魔王』(原曲:F.シューベルト)
ドミトリ・ショスタコーヴィチ:交響曲第10番ホ短調作品93

 

原田慶太楼のオーケストラを聴くのは筆者は初めてであるが、若い、実に若々しい指揮者が現れてくれたと感嘆した。だが同時にその若さゆえに〈足りない〉ところがあるとも感じた。

まずはティケリ『ブルーシェイズ』。様々なパートの断片が集まってジャズ風の音楽を成し、それらをサクソフォンがリードする序盤から、各人が自由でいながら、オーケストラ全体の音楽が連続的に聴こえてくる。そこからフォルテシモでのオーケストラのトゥッティの生命力、若さたるや!バス・クラリネットが主導する木管群のラプソディ・イン・ブルーに似たメロウなメロディや、クラリネットが立奏してのクールなソロなども実に生き生きと、若い!若いぞ!その若さで突っ走りきって痛快な終曲に至った。

次は服部百音をヴァイオリンソリストに迎えてのバーンスタイン『セレナード』。服部のヴァイオリンの音は楚々として清らか。それに対してオーケストラは明朗快活。このソリストとオーケストラが対照的に響けばさぞかし、と思ったが、実際にはさにあらず。ソリストのか細い音をオーケストラが塗りつぶしてフォルテまたフォルテの一本調子で突き進む。
第3楽章「エリュキシマコス」のソリストの無窮動的フレーズをオーケストラが模倣する所など、元気があるのは良いことだが、周りの音、特にソリストの音を聴かずに突っ走っては集団による芸術として足りないと言わざるを得ない。それでも第4楽章「アガトン」の服部の弱音の美しさは特筆すべきであろう。第5楽章「ソクラテス、アルキビアデス」のノリノリの演奏も楽しかった。
だがしかし、オーケストラの〈表情〉〈性格〉が金太郎飴のごとく作品のどこでも同じなのはいただけない。『饗宴』の登場人物の描き分けができていない、とも言える。これは指揮者・原田の〈若さ〉ゆえに〈足りない〉所であっただろう。

ソリスト・アンコールはシューベルトの歌曲『魔王』をハインリヒ・ヴィルヘルム・エルンストがヴァイオリン独奏用に編曲したもの。重音が連続で奏される荒々しい音楽と思いきや、紡がれる音楽的糸の細やかな美しさ、〈歌〉の美しさに聴き惚れた。

そしてメインであるショスタコーヴィチ交響曲第10番。力技でもそれなりに〈聴ける〉ものになってしまい、〈本当のショスタコーヴィチ〉にたどり着くのはなかなか難しい作品と筆者は認識している。では今回の原田・東響はどうだったであろうか?
原田の、トゥッティの中からトランペットやホルンを突出させる、または木管のソロを存分に歌わせるなど、東響各奏者の個人技を的確に引き出す能力は見事なものだった(これはホールでの生演奏の後、ニコニコ動画での映像も見ての評価である)。
だが、オーケストラの醍醐味たる〈音楽的構造〉の構築に成功していたとは思えなかった。
鳴り響きつつ動く〈構造〉を形成するのと、原田の、音量の大きなパートをとにかく響かせる 「力こそパワー」のいわゆる〈爆演〉はおそらく相容れない。
こうも言えるだろう。ショスタコーヴィチのシニカルでアイロニックな、根源において屈折した音楽に対して、原田は真っ正直で真っ直ぐすぎる、と。
D-Es(S)-C-Hの音名象徴を思い切り強調し、フォルテの限界まで過剰なまでに鳴らし尽くす第4楽章終結まで、耳は全く飽きることはなかったが、少なくとも筆者のショスタコーヴィチ像とはブレがあり、頭と心にははてなマークが浮かんでいた。

若くなければ実現できない演奏もあろう。だが若さに甘んじて自分の音楽を顧みることを忘れてはならない。原田慶太楼の若さには未来の希望と同時に危うさが潜んでいる。終演後鳴り止まない拍手、東響演奏者たちの笑顔のさらに向こうに原田がたどり着けるかどうか、注目していきたい。

(2021/5/15)

 

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<players>
Conductor: Keitaro Harada
Violin: Moné Hattori (*)
Concertmaster: Gleb Nikitin

<pieces>
F. Ticheli: Blue Shades
L. Bernstein: Serenade after Plato’s “Symposium” (*)
 I.Phaedrus; Pausanias
 II. Aristophanes
 III. Eryximachus
 IV. Agathon
 V. Socrates; Alcibiades
(soloist encore)
Heinrich Wilhelm Ernst: Le roi des aulnes, Op. 26 (after Schubert’s Erlkönig)
D.Shostakovich: Symphony No.10 in E minor op.93