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東京・春・音楽祭2021 イタリア・オペラ・アカデミー in 東京 vol.2 リッカルド・ムーティ指揮『マクベス』(演奏会形式)|秋元陽平

東京・春・音楽祭2021 イタリア・オペラ・アカデミー in 東京 vol.2 リッカルド・ムーティ指揮『マクベス』(演奏会形式)
Tokyo spring music festival
Italian Opera Academy in Tokyo vol.2
“Macbeth” (Concert ver.) conducted by Riccardo Muti

2021年4月21日 東京文化会館
2021/4/21 Tokyo Bunka Kaikan
Reviewed by 秋元陽平 (AKIMOTO Yohei)
Photos by 青柳聡、増田雄介|写真提供(c)東京・春・音楽祭実行委員会

<曲目>        →foreign language
ヴェルディ『マクベス』(演奏会形式)
<指揮>
リッカルド・ムーティ
<演奏>
マクベス:ルカ・ミケレッティ(バリトン)
バンコ:リッカルド・ザネッラート(バス)
マクベス夫人:アナスタシア・バルトリ(ソプラノ)
マクダフ:芹澤佳通(テノール)
マルコム:城宏憲(テノール)
侍女:北原瑠美(ソプラノ)

管弦楽:東京春祭オーケストラ
合唱:イタリア・オペラ・アカデミー合唱団
合唱指揮:キハラ良尚

 

ⓒ青柳聡

巨匠による、その本領を発揮すべき来日プログラムについて書くのはどうも屋上屋を架すようなところがある。コンサートが素晴らしいものであればあるほど、今更何を書くことがあろうかと思いはしたが、やはり書いておく、むしろ、当初それほど気をそそられなかった者の反応として。わたしはヴェルディのオペラを総じて苦手とするので、演奏会形式のマクベスを聴きに行くことにはそもそも幾分抵抗があったくらいだ。怒濤の紋切り型攻勢によって、シェイクスピアの『マクベス』というテクストに内在する不気味なユーモア、複雑なニュアンスが、ある種どうしても定型的な情念のレトリックとして片付けられてしまう、そんな先入観(いや、それはある意味間違っていないのだが)があって、それは舞台を視覚的に楽しんでいればまだ気にならないのだが、音楽だけだと果たして退屈しはしないだろうか?だが他方で、ムーティの演奏に立ち会えば苦手意識を多少なりとも払拭できるかもしれないという期待もあった。

ⓒ増田雄介

さて、このような「イタリアオペラ音痴」にとってさえも、果たして、収穫だったというほかない。あにはからんや、歌手に注目する以前に、まず何よりもオーケストラの完成度に度肝を抜かれた。そのナラティヴは「ヴェルディ・ネイティヴ」のそれだった。付点のリズム、スタッカート付き音符の長さの扱い、アクセントの奏法、休符のタメ、それらの全てには、「伝統芸能」としてのヴェルディオペラにおいて暗黙に継承される解釈の作法があって、こうしたパッセージのすべては、そのキャラクターのなかで掴みとられなければ「生きない」のだということを痛感させられた。このキャラクターを捉え損ねたまま「楽譜通り」に弾いてもだめなのだ。「摺り足で」という文言だけを頼りに素人が足を引きずって歩いてもまったく能を舞ったことにならないのと同じである。ムーティの指揮はこの「勘所」を集中的に、すばやく捉え、ヴェルディ的なドラマツルギーのなかで割り振られるべき意味を指示する。それは作曲者から与えられた必要にして充分な時間資源を、一挙手一投足を通じて的確に配分する仕草だ。ヴェルディ的でないフレーズなど何一つないのだと言わんばかりに。

ⓒ青柳聡

アナスタシア・バルトリによるマクベス夫人はそのあくどさを前面に押し出すタイプの露悪的な演技と歌い口を見せる。ルカ・ミケレッティのより正統的な演技、内向する罪悪感の表出がコントラストを成す。やや生硬なマクダフ、そして魔女というには清純に徹した女声合唱については、惜しむらくは技術的なことを措いても、この主役二人のようにもう一歩積極的な方向性をもった表現へと踏み込んでほしかった。『マクベス』のようにストーリー、ワーディングの両面で終始どぎついコントラストに彩られた演目ではとくに、そこだけ印象が薄くなってしまう。だがそれとて、「アカデミー」企画としての本義に立ち返ったときには、むしろ今後への伸びしろを感じさせるものだった。
いずれにせよ、ムーティの指導力、のみならず春祭オーケストラはじめプレイヤーたちの食いつきには仰天させられた。わたしが欧州のオペラハウスでこれまで聴いた——そう多くはないことはことわっておくが——どのヴェルディにも劣らぬ、最高水準の演奏だったといえる。マエストロ・ムーティがこの状況下ではるばる日本まで来てこの「伝統芸能」を伝道しようとする意図、その一端を垣間見た思いだ。重要なことは、それは門外不出の秘技ではなく、技術と情熱があれば伝達可能なものだ、ということなのだ。もっともこのことは、あらゆる種類の「伝統芸能」に対して、いま何が出来るかと問いを突きつけるものだろう。

ⓒ増田雄介

(2021/5/15)

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秋元陽平(Yohei Akimoto)
東京大学仏文科卒、同大学院修士課程修了。在学中に東大総長賞(学業)、柴田南雄音楽評論本賞などを受賞。研究対象は19世紀初頭のフランス語圏における文学・哲学・医学。現在ジュネーヴ大学博士課程在学中。
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<Program>
Verdi : Macbeth (Concert ver.)
<Player>
Direction : Riccardo Muti
Macbeth : Luca Micheletti
Banco : Riccardo Zanellato
Lady Macbeth : Anastasia Bartoli
Macduff : Yoshimichi Serizawa
Malcolm : JO Hironori
Dama di Lady Macbeth : KITAHARA Rumi

Orchestra: Tokyo-HARUSAI Festival Orchestra
Chorus: Italian Opera Academy Chorus
Chorus Master: Yoshinao Kihara