五線紙のパンセ|ケンハモと現代音楽と私(2)|野村誠
ケンハモと現代音楽と私(2)
Text & Photos by 野村誠(Makoto Nomura)
4 ケンハモはワイルド
数千円で大量生産されるケンハモのボディはプラスチックで、飾りの気のないワイルドな音色。少ない息で反応するリードはチューニングが狂いやすいし、温度や吹き方でピッチは変化しまくる。ここを性能の悪さと見るか、それとも利点と見るかでアプローチは全然違うのだが、このチープでワイルドな音色こそ、ケンハモの特色だと思う。不安定なピッチも利点で、弦楽合奏のように協和するハーモニーの世界とは無縁。唸りが面白いし、高い倍音がぶつかり合う耳に痛い音、鍵盤を弾く際のノイズも多く、現代音楽に向いている。ぼくは、この野蛮な楽器の音色を重ね合わせることに興味があって、P-ブロッ(ケンハモ8重奏団)を結成した。失礼な話だが、プレイヤーの個性のことまで頭は回らず、メンバー集めにこだわりなし。東京に移住してすぐで、知り合いも少ない。そもそも厳選できるほどケンハモ奏者がいると思っていなかった。だから、とりあえず片っ端から声をかけ、Music Merge Festivalの野田茂則さんから次々に紹介してもらい、なんとか8人を集めた。大勢でケンハモの音を出したい。ただ、それだけ。譜面が読めて鍵盤が弾ければ誰でもよかった。
ところが集まったメンバーは、とんでもなく面白かった。ケンハモに興味を持つ=好奇心に溢れたミュージシャンだった。ケンハモという共通項だけで、ジャンルもバラバラ。実験音楽の足立智美、シンガーソングライターの磯たか子、ジャズの小瀬泉、現代音楽の河合拓始、フリーインプロのしばてつ、レゲエの鈴木潤、ポップスの吉森信、という具合。
一方、ぼくは作曲家にも片っ端から声をかけていた。ぼく自身、路上演奏で生活費を稼ぐ月収6万円の極貧生活だったので、委嘱料なんて払えない。でも、ケンハモ8重奏という未知のサウンドの実験に、次々に譜面が届いた。感謝だ。最初に届いたのが江村夏樹の《反閇の音楽》で、これが強烈。ソプラノケンハモ4本とアルトケンハモ4本それぞれが笙の合竹のような和音を分厚く鳴らす。実際にやってみると、ケンハモならではの唸りと耳に痛い高次の倍音の重なり。野蛮な和音が突き刺さってくる。かと思うと、32分音符で息をつく間もなく、半ばランダムな音の羅列が続く。狭い部屋で酸欠状態になりながら必死に吹く中、作曲者自身のハイテンションな指揮が音楽の野性味をさらに刺激。リハーサルに立ち会った野田さん曰く、「俺、フライヤーにキッチュな試みと書いたけど、全然キッチュじゃない。ワイルドだ!」。P-ブロッ初ライヴの1曲目の江村作品は、従来のケンハモのイメージを吹き飛ばした。
ライヴは目まぐるしかった。2曲目しばてつ《細雪》+ラヴェル、バルトーク、ストラヴィンスキーのアレンジなどの小品集で客席でクスクス笑いが起き、3曲目の小瀬泉編曲のピンクレディーの《UFO》をアップテンポで駆け抜けて、Michael Parsonsの不確定性の《Piece for Melodion Ensemble》、大友良英の映画音楽《青い凧》をぼくがガムラン風にアレンジし、シンガーソングライターTASKEが《世界に誇れる宝物》を熱唱。河合拓始のポップな《いとしのスナッチ》、脇坂明史の変拍子で絶妙な和音の《6重奏曲》を経て、バスケンハモ2台を含む四重奏のリズムホケット平石博一《Up to Date II》、そして野村誠の《神戸のホケット》で絡まり合う8つの声部が一瞬のアドリブとクラスターを経て突然終わるまで、音の実験を浴びせかけた。ケンハモの野蛮な音色のためか、作曲家の世界観が包み隠さず裸のまま出てきた感じがした。これは、現代音楽なのか、バンドなのか、セッションなのか。自分でも何が起こっているのか理解不能だったけど、ただただ手応えだけを感じて興奮した。こうして、東京のアンダーグラウンドに、突如ジャンル不明の謎のケンハモ楽団が誕生した。キッチュとは程遠い、ザラザラした質感の野蛮な音の現代音楽だった。この質感を忘れるな!この興奮を忘れるな!ぼくらはP-ブロッを続けることにした。
5 バラバラな曲者の集積
ケンハモという楽器が面白いだけでなく、P-ブロッの演奏スタイルのバラバラ具合がさらに面白かった。全員、楽器の構え方も違う。楽器に抱いているイメージも違う。奏法も違う。全てが違う。だから、必然的に演奏が揃わないし、誰も歩調を揃えない。全員が曲者。全員が濃い。それが重なり合う。
そんなメンバーでのリハーサルは、目から鱗の連続。当たり前と思っている感覚は、実は当たり前ではない。例えば、吉森くんは、どんな譜面でもアドリブを仕掛けてくる。ポップスのメロディーとコードだけの譜面だったらアドリブは当たり前でも、現代音楽の全て書いてある譜面でも、吉森くんは当然のようにアドリブを挟む。「なるほど、それもありか!」と驚愕する瞬間が何度もあった。潤さんが、レゲエの裏拍の取り方を詳細に解説してくれたり、ケンハモを長年探求していた先駆者しばさんが特殊奏法を伝授してくれたり。リハーサルは、曲者たちの超真剣なバトルであり、ゲラゲラ大笑いする愉快な集いだった。徐々にぼくは、曲者たちがジャンルを越境して交流することに興味が移っていった。
ライヴの選曲も統一感なしでバラバラ。Elliott Sharpのアルゴリズミック作品《Bubblewrap》の次にSMAPの《Shake》をファンキーに演奏したし、中能島欣一の箏曲《三つの断章》、マショーの《ノートルダムミサ》、マイルス・デイヴィス、とにかくやってみたいレパートリーは、何でもアレンジした。
そんな中でも、印象深い企画が、1997年の「P-ブロッ plays 平石博一」。ミニマル音楽の平石さんが、P-ブロッのために新曲を3曲も書いてくれた。こんなに各自が個性的で音が不揃いなP-ブロッは、ストイックな反復を基調とする平石作品には最も向かないと思ったが、不思議なことに平石さんはP-ブロッとコラボしてくれた。その期待に応えようと練習するが、それぞれが濃厚すぎ!歌心がありすぎたり、訛りがありすぎたり、拍の感じ方が違いすぎたりで、全く平石ワールドにならない。ここで、吹き方を統一することもできたが、それではP-ブロッらしさがなくなる。結局、P-ブロッらしさと平石らしさという二兎を追い求めて、何度も愚直に練習し続け、ミニマルというよりは新しい民族音楽が生まれてくるような感覚になっていった。
6 活動のフィールド
初期のP-ブロッは、Mandala2などライブハウスを中心に活動していたが、なぜか海外と小学校から度々出演のオファーがきた。Music Merge FestivalでBob Ostertagが評価してくれて、海外のフェスティバルから複数オファーが来た。しかし、8人という大所帯が予算的に難しく、打診が来るが実現に至らず。今思えば、自分たちで助成金を探して渡航費さえゲットできれば公演できるチャンスは何度かあったが、助成金に無縁な路上演奏+アンダーグランド生活を送っていたぼくにそんな発想はなく、せっかくの誘いを何度も無駄にしてしまった。1998年にパリのÉcole des Beaux-Artsの美術館で行われた展覧会《Donai Yanen! et maintenant! : la création contemporaine au Japon》では現地でメンバーを集めをして(+林加奈さん)《神戸のホケット》を演奏した。
小学校で演奏する仕事も度々やってきた。学校公演は極貧生活のぼくにとっては金銭的にも助かったのだが、聞くつもりのない観客に演奏することが貴重で刺激的だった。演奏が面白くないと子どもは露骨に飽きてくれるので、やりがいがあった。逆にこちらも子どもに媚びたトークや演出はせずに、子どもが聴いたことないサウンドばかりを浴びせかけた。平石博一の《緑色のガラスを抜けて》を初めて子どもの前で演奏した時は、本当にドキドキした。メロディーもなくビートもない抽象的な静謐な響きに、子どもが全身で聞き入って、これ伝わるんだ、と嬉しかった。一方、しばさんの超絶技巧のフリー即興に子どもたちは笑い転げたのも驚きだった。ブライアン・ファーニホウやオーネット・コールマンにも匹敵する複雑なインプロは難解な音楽ではなく、子どもたちの感性にダイレクトに響くのだ(つづく)。
(2021/5/15)
平石博一作曲《Walking in Space》は、YouTubeで聴けます。
https://www.youtube.com/watch?v=M6q-IW7R63Q
お知らせ
予定
2021年5月14日―21日 野村誠の動態展示 in ZaZa
https://nagara-zaza.net/2021/000356.php
2021年5月19日 低音デュオにより新曲《どすこい!シュトックハウゼン》が世界初演。
https://teionduo.net/?p=1006
野村誠x日本センチュリー交響楽団post-workshop作品集《ミワモキホアプポグンカマネ》
https://syueki4.bunka.go.jp/video/50
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野村誠(Makoto Nomura)
作曲作品に、弦楽四重奏曲《アートサーカス》(2005)、植物の根っこで描いた譜《根楽》(2012)、1010人で上演する《千住の1010人》(2014)、2台ピアノのための《オリヴィエ・メシアンに注ぐ20のまなざし》(2018)などがある。著書に「音楽の未来を作曲する」(晶文社)ほか。日本相撲聞芸術作曲家協議会(JACSHA)理事。日本センチュリー交響楽団コミュニティプログラムディレクター。