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オペラ『夜鳴きうぐいす』『イオランタ』|齋藤俊夫

オペラ ストラヴィンスキー『夜鳴きうぐいす』 チャイコフスキー『イオランタ』
Opera Stravinsky “Le Rossignol”, Tchaikovsky “Iolanta”

2021年4月11日 新国立劇場
2021/4/11 New National Theatre Tokyo
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<スタッフ>        →foreign language
指揮:高関健
演出・美術・衣裳:ヤニス・コッコス
アーティスティック・コラボレーター:アンヌ・ブランカール
照明:ヴィニチオ・ケリ
映像:エリック・デュラント
振付:ナタリー・ヴァン・パリス
合唱指揮:冨平恭平
演出補:三浦安浩
舞台監督:髙橋尚史
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
芸術監督:大野和士

<キャスト>
『夜鳴きうぐいす』
夜鳴きうぐいす:三宅理恵|ソプラノ
料理人:針生美智子|ソプラノ
漁師:伊藤達人|テノール
中国の皇帝:吉川健一|バリトン
侍従:ヴィタリ・ユシュマノフ|バリトン
僧侶:志村文彦|バス・バリトン
死神:山下牧子|メゾソプラノ
日本の使者1:濱松孝行|テノール
日本の使者2:高橋正尚|バリトン
日本の使者3:青地英幸|テノール

『イオランタ』
ルネ:妻屋秀和|バス
ロベルト:井上大聞|バリトン
ヴォデモン伯爵:内山信吾|テノール
エブン=ハキア:ヴィタリ・ユシュマノフ|バリトン
アルメリック:村上公太|テノール
ベルトラン:大塚博章|バス
イオランタ:大隅智佳子|ソプラノ
マルタ:山下牧子|メゾソプラノ
ブリギッタ:日比野幸|ソプラノ
ラウラ:富岡明子|メゾソプラノ

 

夢を見た気がする。「そしてみんな幸せに暮らしましたとさ」で終わる、そんな夢を。現実ではありえない、永遠の幸福。それを逃避だとか願望だとか嘲るならば嘲るが良い。そんな痩せ細った現実主義など、存在する価値もない。

今回のストラヴィンスキー『夜鳴きうぐいす』、チャイコフスキー『イオランタ』は共にごくごく他愛もないおとぎ話を台本とした、メルヘン・オペラに分類される。
2作の台本をかいつまむと、『夜鳴きうぐいす』は

ある時代の中国の皇帝が病に苦しめられていた。皇帝は臣下の者が連れてきた夜鳴きうぐいすの歌を聴いたら病気から回復するも、日本からの献上品である機械仕掛けのうぐいすを選んで夜鳴きうぐいすを追放してしまう。すると皇帝は死神に取り憑かれてしまう。そこに夜鳴きうぐいすが訪れ、歌声で死神を退散させる。それから夜鳴きうぐいすは毎晩皇帝の所に来て歌うようになったという。

『イオランタ』は

盲目だが美しい王女イオランタは、父王ルネと侍女らの献身により、自分の目が見えないということを知らないまま幸福に生活していた。王はついにイオランタの盲目を治せるかもしれない名医を連れてくるが、彼はイオランタが自身の盲目を知り、それが治ることを願わなければ手術は成功しないという。王は嘆き苦しむ。しかしイオランタが住まう小城にヴォデモンという若い伯爵が迷い込み、彼とイオランタは互いに惹かれ合い、イオランタは自分の盲目と、光に満ちた世界の存在を知り、手術を受ける決心をする。手術は成功し、城の皆は神に感謝の歌を捧げるのであった。

共に現実にはありえない、ご都合主義的に幸せなお話である。だが我々はこのお話に言いようもない美しさと魅力を感じ、現実よりももっと真実ななにかを得るのである。人は現実のみにて生きるに非ず、夢と希望なくして人間もない。

ではこのお話がどのように演出され、歌われたかというと――繰り返しになるが――夢のような舞台であった。

『夜鳴きうぐいす』第1幕の幽玄な森、第2幕は色鮮やかな皇帝の宮廷、第3幕では死神が操るかなにかしている巨大な骸骨のようなお化けが皇帝を脅かしている、それぞれの舞台美術が絵本の中から出てきたような鮮やかな色彩感覚で美しく、また愛らしい。中国と(機械仕掛けのうぐいすを献上しに登場した)日本人の衣装や美術をカリカチュア的に誇張しているのも、オリエンタリズムに陥ることなく、見目麗しく、何よりユーモアが溢れていて楽しいことこの上ない。
ストラヴィンスキーは何を書いても彼の個性が現れるなあ、と筆者が再認識したのはタイトル・ロールの三宅理恵。ヴォカリーズのいかにもストラヴィンスキーな旋律(これを正確に歌うのは相当に難しいと思われる)から、歌詞の伴うアリアまで、実にチャーミングな夜鳴きうぐいすを演じ、歌いきってくれた。また、序と、全3幕の各末尾で登場する漁師・伊藤達人の歌声が心に深く染み通ったことも特筆しておきたい。

『イオランタ』は舞台上手に階段、下手に壁、中央に樹のような細く丈高いオブジェが配置されたミニマルな大道具で、全体の色調として青色が用いられており、イオランタと侍女たちが揃うとローランサンの絵のような雰囲気を帯びる。
こちらもタイトル・ロールの大隅智佳子が冒頭のアリアから、ヴォデモン伯爵(内山信吾)との愛のデュエット、目が見えるようになってのアリアそして合唱と、周りを「食ってしまう」ほどに頭一つ抜けている感があった。男性陣では父王ルネの妻屋秀和の、王としての威厳と父としての悲しみ苦しみを湛えた嘆きのアリアが迫真の歌唱であった。

高関健の指揮する東フィルは、『夜鳴きうぐいす』でいささか荒削りで歌手の歌声を塗りつぶしてしまう所があったものの、『イオランタ』ではチャイコフスキーの華やかな音楽、特に最後の神を称える合唱からオーケストラのトゥッティでは「これぞ!」というスケールの大きな音楽を聴かせてくれた。

非現実的なまでに恐ろしい現実のCOVID-19は死神のように歌声で祓うことのできる存在ではない。だが、それでも我々は生きて夢を観るための音楽を必要としているのだ。

(2021/5/15)

『夜鳴きうぐいす』
      

『イオランタ』
       

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<Staff>
Conductor: TAKASEKI Ken
Production, Set & Costume Design: Yannis KOKKOS
Artistic Collaborator: Anne BLANCARD
Lighting Design: Vinicio CHELI
Video Scenography: Eric DURANTEAU
Choreograper: Natalie VAN PARYS
Chorus Master: TOMIHIRA Kyohei
Associate Director: MIURA Yasuhiro
Stage Manager: TAKAHASHI Naohito

<Cast>
<<Le Rossignol>>
Le Rossignol: MIYAKE Rie | Soprano
La Cuisinière: HARIU Michiko | Soprano
Le Pêcheur: ITO Tatsundo | Tenor
L’Empereur de Chine: YOSHIKAWA Kenichi | Baritone
Le Chambellan: Vitaly YUSHMANOV | Baritone
Le Bonze: SHIMURA Fumihiko | Bass Baritone
La Mort: YAMASHITA Makiko | Mezzosoprano
Première émissaires japonais: HAMAMATSU Takayuki | Tenor
Deuxième émissaires japonais: TAKAHASHI Masanao | Baritone
Troisième émissaires japonais: AOCHI Hideyuki | Tenor

<<Iolanta>>
René: TSUMAYA Hidekazu | Bass
Robert: INOUE Tamon | Baritone
Le Comte Vaudémont: UCHIYAMA Shingo
Ibn-Hakia: Vitaly YUSHMANOV | Baritone
Alméric: MURAKAMI Kota | Tenor
Bertrand: OTSUKA Hiroaki | Bass
Iolanta: OHSUMI Chikako | Soprano
Martha: TAMASHITA Makiko | Mezzosoprano
Brigitta: HIBINO Miyuki | Soprano
Laura: TOMIOKA Akiko | Mezzosoprano