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カリフォルニアの空の下|サマープログラムに見る音楽教育の現在|須藤英子

サマープログラムに見る音楽教育の現在
The Current Situation of Music Education Seen in Summer Programs

Text & Photos by 須藤英子(Eiko Sudoh)

◎課外活動のベストシーズンに向けて
アメリカでは16歳以上の全成人がワクチン接種の対象となり、半月が経つ。接種の加速と共に、これまで禁止されていた屋内コンサート等の開催も、制限付きながら徐々に許可され始めた。このままコロナ陽性率が低い状態が続けば、カリフォルニア州では6月15日に、ニューヨーク市では7月1日に、全ての規制が解除される見通しだ。今なお変異株による感染再拡大が懸念される中、ワクチン接種が迅速に進められ、晴れてコンサート等全面解禁が叶うことを願うばかりだ。

こうした中、対面授業が再開しつつある子どもたちの学校では、既に年度末の雰囲気が漂ってきた。6月上旬には、長い夏休みがやって来るのだ。約二ヶ月半に渡る夏休み期間中、子どもたちをどのように生活させるか、親にとっては毎年悩ましい問題である。だがその悩みに応えて、多くの団体が様々なサマープログラムを提案している。読解力養成や理科の実験といった学習中心のものから、水泳、ダンス、乗馬、料理、レゴ、そしてプログラミング等専門分野に特化したものまで、実に多彩なラインナップだ。音楽や美術等の芸術分野についても、学校教育の中で必修化されていないこともあり、多くの芸術団体が豊富なプログラムを提供している。

これらのサマープログラムには、自宅からの通学型のみならず、長期間の宿泊型も多い。参加費はかなり高額なイメージがあるが、奨学金制度を設けているものもよく見られる。中高生にとっては、夏の活動自体が自分の目指す進路への第一歩ともなり得るため、プログラムの選択は重要だ。昨夏は感染の拡大により、対面での実施は軒並み中止され、代わりにオンラインでの開催が多く試みられたが、今年はワクチン接種や学校再開の流れから、学習やスポーツ系のプログラムでは対面型も数多く検討されているようだ。しかし特に舞台芸術系では、対面実施の遂行に感染対策面で多くの困難が伴う。その為、この一年間で蓄積したスキルを糧に、オンラインでのプログラムを充実させているケースも多い。今日はそれらの中から、クラシック音楽分野の夏のプログラムの一部をご紹介したい。

◎音楽学校によるサマープログラム
ニューヨークの名門ジュリアード音楽院では、今年は全ての夏期講習会をオンラインで実施する(詳細はこちら)。管打楽器や音楽理論等のコース別サマープログラムの他、他の教育機関との連携によるバーチャル講習会も開催。主に中高生を対象としたこれらのプログラムでは、事前審査に合格した生徒達が、音楽院の教師陣による個人レッスンやマスタークラス、また集団授業等を、1~2週間に渡って毎日自宅から受講できる。

またロサンゼルス屈指の音楽院コルバーンスクールでは、小学生から高校生までを対象に、オンライン型、対面型、ハイブリッド型の3種のサマースクールを開講する(詳細)。オンライン型では作詞作曲やピアノ、そして入試対策講座を、また対面型では室内楽とジャズの講座を実施。ハイブリッド型では管打楽器の講習を上級者用と初級者用に分け、各々オンラインと対面で行う。参加にはやはり事前審査があり、合格すれば1~2週間に渡る個人レッスンや集団授業等を受けられる。

◎夏の音楽祭におけるプログラム
コロラド州アスペンで毎夏開かれる老舗音楽祭、アスペン音楽祭。昨夏は中止された伝統ある音楽祭が、今夏は様々な制限付きながら対面で実施される(詳細)。約一ヶ月半に渡り、コンサートや講習等400以上のイベントが開催されるこの音楽祭。オーディションに合格した若手演奏家達が、豪華講師陣によるレッスンやマスタークラス、またオーケストラメンバーとしてのプログラム等を通して腕を磨く。なお、同時開催される地域の子どもたち向けのサマープログラムは、今年は全てオンラインにて各種個人レッスンのみが行われる予定だ。

一方、ノースカロライナ州ブレバードにて開かれる夏の国際的な音楽祭、ブレバード音楽祭では、今年は対面とオンラインの混合プログラムが予定されている(詳細)。大学生以上を対象とした、アンサンブルを含む総合講習は対面で、12~35歳を対象に、ピアノや作曲の個人レッスンや講義を行う講習はオンラインで開催される。2~5週間に渡るこの音楽祭の中では、オンラインの参加者と対面での参加者との協働といった試みも予定されている。

◎音楽機関によるサマープログラム
ニューヨークの殿堂カーネギーホールでは、14~19歳のアメリカの若者を対象に、参加費無料の3つのオーケストラプログラムを毎夏実施している(詳細)。オーディションを通過したメンバーは、例年ニューヨークでリハーサルを積んだのち、「National Youth Orchestra of the United States of America(NYO)」として世界各地で演奏旅行を行う。

昨年は、練習から本番に至る全ての活動がオンラインでの開催となった。今年は既にメンバー募集は締め切られているものの、活動内容については未だ調整中のようだ。
その他カーネギーホールでは、小学生以下の子どもたちを対象に、過去のキッズコンサート動画や音楽関連ゲーム等自宅学習用の豊富なオンデマンド教材を、ホームページにて通年で提供している(詳細)。

同じくニューヨークのメトロポリタン歌劇場では、昨夏バーチャル・サマーキャンプを実施した(詳細)。参加費無料のこのプログラムは、Zoomでの授業やYouTubeでのストリーミングイベントを通じて毎週異なるオペラを学ぶもので、8週間に渡り約70ヶ国から3400人もの子どもたちが参加したという。残念ながら今夏は開催の予定がないようだが、プログラムの中核となったオペラのストリーミング配信は、その後子どもキュレーターによる解説付きという形態に昇華され、通年プログラムとして定着している。親や教師向けの参考資料も充実したこのオンデマンド型コンテンツでは、子どもたちが自らの興味に従ってどこまでも深く学べる仕組みが整えられている。

◎サマープログラムに見る音楽教育の現在
コロナ禍が改善しつつあるアメリカでは、来たる課外活動のベストシーズンに向けて、様々な音楽系プログラムが整えられつつある。そこでは、個人レッスンや講義を中心とした講習にはオンライン型が、またオーケストラや室内楽を含む講習には対面型がよく用いられているようだ。そして見逃せないのは、音楽機関によるオンデマンド型の教材の充実であろう。

オンライン型のサマープログラムには、参加者が場所に関係なく憧れの教師の元で学べると共に、主催者も全世界から優秀な参加者を集められるという利点がある。これまで地理的な要因で叶わなかったプログラムへの参加が、時差の問題さえクリアできれば可能となるのだ。また対面型の講習では、アンサンブルを通して “今、ここ” を共有する喜びを味わうことができる。ひと夏の音楽体験を通じて人と繋がる楽しさを体感することは、その後の参加者の人生にも大きな影響を及ぼすだろう。また音楽機関によるオンデマンド型の音楽教育コンテンツは、子どもの興味を育む絶好のツールとなるのみならず、音楽を志す若者にとっても自己研鑽の強い味方となる。これらのコンテンツを使いこなしていくことができれば、相当な力になることは間違いない。

一年以上に渡る長いロックダウン生活は、音楽教育の世界にもオンライン化というオプションをもたらした。対面での学びの場に加えオンラインでの学習機会が増えたことで、子どもたちには様々な可能性がますます広がったと言えよう。だが一方で、多種多様な選択肢にアクセスし、そこから自分に有益なものを見出していくには、これまで以上に情報収集力や活用力が必要とされる。その背後には、情報格差という見えない現実が横たわっている気がしてならない。そんな格差に怯えつつも、ふと底抜けに明るい青空を見上げては、地に足を付けて生きることの豊かさに立ち戻る、カリフォルニアの初夏である。

(2021/5/15)

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須藤英子(Eiko Sudoh)
東京芸術大学楽理科卒業、同大学院応用音楽科修了。在学中よりピアニストとして同年代作曲家の作品初演を行う一方で、美学や民族学、マネージメント等広く学ぶ。2004年、第9回JILA音楽コンクール現代音楽特別賞受賞、第6回現代音楽演奏コンクール「競楽VI」優勝、第14回朝日現代音楽賞受賞。06年よりPTNAホームページにて、音源付連載「ピアノ曲 MADE IN JAPAN」を執筆。08年、野村国際文化財団の助成を受けボストン、Asian Cultural Councilの助成を受けニューヨークに滞在、現代音楽を学ぶ。09年、YouTube Symphony Orchestraカーネギーホール公演にゲスト出演。12年、日本コロムビアよりCD「おもちゃピアノを弾いてみよう♪」をリリース。洗足学園高校音楽科、和洋女子大学、東京都市大学非常勤講師を経て、2017年よりロサンゼルス在住。