都響スペシャル2021|戸ノ下達也
都響スペシャル2021(3/15)
TMSO Special 2021(3/15)
2021年3月15日 サントリーホール
2021/3/15 Suntory Hall
Reviewed by 戸ノ下達也(Tatsuya Tonoshita)
Photos by 堀田力丸 /写真提供:東京都交響楽団
<演奏>
尾高忠明 cond.
田幡妃菜 narrator
大田智美 Accordion
東京都交響楽団 orch.
<曲目>
武満徹:系図 ―若い人たちのための音楽詩―
エルガー:交響曲第1番 変イ長調
音楽がどのような主題で、どのようなメッセージや思いを表現し主張するのか。尾高が都響と共に、二つのプログラムから私たちにどのような「主題」を問いかけるのか。その問いがこの演奏会の眼目だろう。
筆者は、武満作品の魅力は、言葉やヴォカリーズが楽器と共に人間の生や愛、心情を表現する、人声と器楽による作品にその真価があると考えている。中でも、この日演奏された「系図―若い人たちのための音楽詩―」は、言葉と音楽の交わりを実感する魅力満載の作品だ。
テキストは、谷川俊太郎の詩集『はだか』に所収された「むかしむかし」「おじいちゃん」「おばあちゃん」「おとうさん」「おかあさん」「とおく」の6編の詩を、武満が再構成したものである。武満が10代女性を想定したというナレーションにより、人類の起源から今、そして未来への繋がりを語る詩が、主題旋律の変容と共に綴られていく作品だ。この6章はそれぞれに突き付けられる重い現実と、その先のささやかな希望が吐露される詩だが、その詩の刻印する生の尊さが、言葉と器楽の協奏で精粋に表現される。都響の弦楽群は、チェレスタと共に詩の場面を投影するかのように音を絡ませ、幻想的だけれど複雑な人間の生のいとなみを暗示していく。
しかし、この作品の軸は木管群の音色だろう。田幡の語りを彩る、まるでヴォカリーズのような都響の木管の響きは、人声の深さを表現する。特に、語りの背景を象徴するかのような優しいホルン、内面の葛藤のようなフルートの音色が印象に残る。そして、弱い人間の心情を支え、また揺れ動く迷いを大田のアコーディオンが直截に表現する。人声と管弦楽とアコーディオンの重なりが、人間の生として受け継がれていく“系図”の尊さを私たちに示している。
田幡は感情を内に秘めながらいたずらに高揚することなく、明晰に言葉を語る。しかしこれは、平仮名だけの谷川の詩が持つ主張を意識したものだろう。純白の衣装で語る彼女の言葉は、真っ新な心境で聴く者に、色彩を感じさせる。そこには、ナレーターの言葉と演奏者の音色に込められた思いが、聴く者の心に共鳴し、各人それぞれの音楽詩となっていく周到な仕掛けがある。田幡の言葉、都響と大田のアコーディオンをさりげなく誘う尾高の指揮で、それぞれが互いに共鳴しながら音魂となって、聴く者の心に染みわたる印象的な演奏だ。
後半は、エルガーの壮麗、威厳、格調が鮮明な交響曲。そのエルガーを熟知している尾高の指揮は、モットー主題の表現が実に緻密だ。
第1楽章は、冒頭の弱音の提示部も、微妙な膨らみを持たせて聴く者を音楽に引き入れ、その後のモットー主題の高らかな宣言へと導いていく。そして、起伏と錯綜が繰り返される楽章の中で、時折我に返ったように仄めかされるモットー主題が変容していく。尾高も都響も、楽章全体の場面の転換が実に鮮やかだ。第2楽章は、駆け抜けるスケルツォの雰囲気を弦楽群が存分に主張する。その弦楽群を主体とし、管楽群と打楽器群は徹底して弦楽群に寄り添いながら展開していく音作り。そして中間部に響く木管を優雅に演奏することで、音の対比を鮮明に描く。第3楽章は、深遠なアダージョだが、この息の長いフレーズを弦楽群と管楽群が相互に見つめ合いながらカンタービレのごとく歌う。都響は、それぞれの楽器を繋ぎながら、このカンタービレをじっくりと優しく聴かせてくれる。せわしない日常の中で、至福の安らぎを感じさせてくれる彩飾が鮮明な演奏だ。そして第4楽章では、再び不安と激動が錯綜しつつ、最終的に荘厳なモットー主題に回帰する。ここでも随所に聴こえる弦楽群の流麗なアンサンブルが作品の主張を明確にする。さらに、展開していく楽想の中で、金管群のそれぞれの音が、時に激しく、時に優美に響きながら終止する。
尾高はどこまでも端正な指揮。楽想や音型が錯綜する中でも、それぞれの場面に即したモットー主題を的確に提示して聴かせることで、その主題提示の持つ意味を考えさせてくれる演奏だ。都響は、全楽章を通じてモットー主題を支えるコントラバスとチェロの清雅な音色が印象に残る。
作曲者が主題に込めたメッセージを、演者がそれぞれの場面に即してどのように描くのか。当夜は、武満の人間愛と願い、エルガーの高貴で簡潔というそれぞれのメッセージが明確に表現され、これこそが音楽の醍醐味であることを堪能させてくれる演奏会だった。
(2021/4/15)