松尾俊介~現代美術と音楽が出会うとき|西村紗知
東京・春・音楽祭2021 ミュージアム・コンサート 松尾俊介(ギター)~現代美術と音楽が出会うとき
SPRING FESTIVAL IN TOKYO 2021 Museum Concert Shunsuke Matsuo(Guitar) – When Music Meets Modern Art
2021年3月20日 上野の森美術館 展示室
2021/3/20 The Ueno Royal Museum, Exhibition Room
Reviewed by 西村紗知(Sachi Nishimura)
Photos by 飯田耕治/写真提供:東京・春・音楽祭実行委員会
<演奏> →foreign language
松尾俊介(ギター)
<プログラム>
林光:波紋
C.ヴィヴィエ:ギターのために
三善晃:ギターのための5つの詩
R.de ヴィゼ:組曲 第11番 ロ短調
武満徹:森のなかで
池辺晋一郎:ギターは耐え、そして希望しつづける
R.ディアンス:トリアエラ
※アンコール
武満徹(編曲):≪ギターのための12の歌≫より
イエスタデイ
オーバーザレインボー
この日上野の森美術館展示室では、「VOCA展2021」が開催されていた。演奏者は今年の出品作品を背に、この日のプログラムをすべて演奏する運びとなった。
演奏者のすぐ側に、VOCA賞受賞作品「上野山コスモロジー」が展示されていた。これは、上野の山の歴史を劇画調に描いた複数の大小様々な絵画が組み合わさったもので、その描かれた内容が史実に基づいているのか、記憶の中の不確かな出来事なのか、観照者には判然としない。ただ、抑圧され排除された者たちが、彼らの痕跡ごと、現在から今にも吹き飛ばされそうになりながら、観照者の眼前に広がっている。その他の出品作品も、社会問題を直接題材に扱っているようなものが多かったように思う。そうして、翻ってこの日の演奏会のプログラムを見て、なんて高踏的だろうと思った。
林光「波紋」。訥々と語る、あるいは、一つ一つ踏みしめるような、メロディーの断片。少ない音からなるグループが、間合いを置きつつ連なっていく。開放弦のff、のち単音の歌が、そしてトレモロが鳴る。
C.ヴィヴィエ「ギターのために」。Bのつんざくようなトレモロから始まる。しばらくsenza tempoで、情動の流れをうつしたように音が連なっていく。全体に暗い色調で、細かなパッセージも洗練されている。しかしながら、途中大きめの地震が発生し、警報が館内に鳴り続けたので、台無しになってしまった。とても残念だった。
三善晃「ギターのための5つの詩」。やわらかな光あふれる、ギターによる無言歌だ。この後のR.de ヴィゼ作品とかなり似たように聞こえる。書法や奏法の問題なのだろうか。こちらの方がだいぶ湿っぽく、早春の趣である。
R.de ヴィゼ「組曲第11番ロ短調」。この日唯一の古典作品。複雑な対位法が用いられているというのでもないので、バロック期の作品といっても非常に聞きやすいと思った。この頃のギターの組曲ってアタッカで曲間つなげて演奏するのだな、と初めて知る。
武満徹「森のなかで」。冒頭G-E-F-Cis-E-Hの反復する主題が変奏されていく。変奏されて様々な6つの音からなるグループが出ては消えて、あるものは流れるようで、またあるものは淀む。未来の方へと、音楽が引っ張られていく。不可逆的に、どの音も最初の方のようには戻れなくなって、聞いているものの記憶もだんだんと輪郭を失っていく。「上野山コスモロジー」が一番近いのは、この作品だと思う。
池辺晋一郎「ギターは耐え、そして希望しつづける」。作曲家がアウシュヴィッツを訪れた経験から生まれた作品だという。ギターは言葉をもたない。どれだけ悲惨なことがあっても、その出来事を描写し記憶する能力もない。自分の歌をうたう以外に、社会というものに接する方法がないのだろうか。何のために耐えるのか、何のために希望しつづけるのか。
着想とはうらはらに、閉じた作品だ。もっとも、示唆に富んだ閉じ方なのである。
R.ディアンス「トリアエラ」。6弦をAまで下げる特殊な調弦で演奏する。全体として、本当に普通のポピュラーミュージックとして聴けるような抒情性をたたえている。1曲目、「ブラジルの武満徹」という副題のついた「ライト・モチーフ」は、もはやブラジルも武満もわからなかったけれど、とにかく美しい曲(奏法や語法の点で、なにか元ネタとするものがあったはずなのだが)。2曲目は「ブラック・ホーン(スペインがジャズに出会うとき)」で、なにか特定のジャンルのジャズというのでもなく、複数の文脈が複雑に束ねられているような印象を抱く。3曲目「クラウン・ダウン(サーカスのジスモンチ)」では、一番低いAが、びりびりと響きながら刻むことで効果的に用いられている。最後はパーカッシブな奏法でにぎやかに締めくくられる。
池辺作品のタイトルにある通り、ギターは耐え、そして希望しつづける。他の楽器でも事情はそんなに変わらないだろう。「上野山コスモロジー」を見ながらこの日の現代音楽作品を聴いて思うに、現代における虚偽意識に対する告発は、美術の方に分がある。これはどうしたって覆しようがないことのように思える。音楽にできることを、今一度考えなおしたくなっていた。
(2021/4/15)
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<Artists>
Matsuo Shunsuke(Guitar)
<Program>
Hikaru Hayashi(1931-2012): Hamon
Claude Vivier(1948-83): Pour guitare
Akira Miyoshi(1933-2013): 5 Poèmes pour guitare
Robert de Visée(ca.1650-ca.1732): Suite No.11 in B minor
Toru Takemitsu(1930-96): In the Woods
Shin-ichiro Ikebe(1943-): A Guitar Bears, and She Keeps Hoping
Roland Dyens(1955-2016): Triaela
*Encore
Toru Takemitsu(arr.):Yesterday, Over the Rainbow, from”12 Songs for Guitar”