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注目の一枚|ティンパニ作品集 Vol.1: ソロ 上野 信一|西村紗知

ティンパニ作品集 Vol.1: ソロ 上野 信一
TIMPANI WORKS Vol.1: Solo Shiniti Uéno


text by 西村紗知(Sachi Nishimura)

ALM RECORDS
ALCD-7254  税抜価格2,800円
2021/03/07発売
JAN 4530835 113270

<曲目・演奏>        →foreign language
[1] 一柳慧:リズム・グラデーション
[2] 岸野末利加:モノクロマーガーテン III *世界初録音
[3] 松下功:オプティカル・タイム
エリオット・カーター:4台のティンパニのための8つの小品
[4] I. Saëta      to Al Howard
[5] II. Moto Perpetuo  to Paul Price
[6] III. Adagio     to Jan Williams
[7] IV. Recitative   to Morris Lang
[8] V. Improvisation  to Paul Price
[9] VI. Canto     to Jan Williams
[10] VII. Canaries  to Raymond DesRoches
[11] VIII. March   to Saul Goodman

上野信一(ヴィブラフォン、打楽器)

<録音>
録音:神奈川県立相模湖交流センター 2019年12月17-19日、2020年6月11-12日・7月28日・11月4日

 

「ティンパニ作品集 Vol.1: ソロ 上野 信一」は、マルチパーカッション奏者としてキャリアを歩んできた演奏者が放つ渾身の労作だ。ティンパニ・ソロ作品が収集され、録音物として残るというだけでも大きな価値がある。

このCD全体に対して、曰く言い難い緊張感に包まれた出来だという感想を筆者は抱いた。ティンパニの一打一打の、その空隙にも、なにかひりついたものを感じる。

既存の編成ではソロ楽器として扱われてこなかった楽器が、ソロ楽器として活躍する。そのとき、聴取する側の方はなぜか緊張してしまう。その楽器が今まで見せてこなかった表情を垣間見ることになるからだろうか。現代音楽作品においてはそういうことがよくあるような気がするのだが、ティンパニとなると尚更そうなのではないか。
ティンパニは、もともと緊張感と切り離せない楽器だろう。ティンパニの刻むビートによりオーケストラはピシッと引き締まる。時に雷鳴の轟のようになって、ティンパニは不穏な空気をつくることもできる。
ベートーヴェンの第九では、ティンパニが実質主役だと筆者は思っている。ただ、ああいうふうに主役級の役割を得るというのは、つまりはおいしいところをもっていく、という感じなのであって、他の楽器のアシストありきのことである。このCDに収録された作品のように、ソロ楽器として本当に文字通り一人で主役を張るとなると、また事情は異なるだろう。
そうして、もともと緊張感を生み出す力のある楽器が、ソロ楽器として成立せんとする際にその意気もまた緊張感を生み出し、聴いているもまた緊張するのである。

一柳慧「リズム・グラデーション」は、伝統的な形式感の強い作品のように感じられる。
最初はDとAの音が交互に鳴らされるだけだが、そこから様々な音が挿入され、道筋のみえない変奏が終わりまで続く。リズムパターンは概ね一貫したものであるが、中盤には一打一打がまばらになってグリッサンドでつながれるシーンが待ち構えている。諸々を終えて、最後にはまた、最初のDとAの音が交互に鳴らされるパターンが回帰する。

岸野末利加「モノクロマーガーテン III」は、ティンパニ以外の打楽器の音色も適宜添えられて、聞いていて空想の広がる楽しい作品だ(どういう特殊奏法かはわからない。ティンパニをブラシで擦っているかもしれない。金属系の音はグロッケンかもしれないし、ふわふわした音はグロッケンを弓で擦って出しているかもしれない)。各打楽器の入り方は偶発的に感じられる。聴取空間をそのままテクスチャのようなものとして、その時々で入ってくる打楽器の音色が加工していく。空間まるごとが、色を変えたり、ぼやけたり、ざらざらになったり、キラキラしたりするのである。

松下功「オプティカル・タイム」は、抽象度の高いストイックな作品だ。ティンパニは鳴るが、ビートとしてではない。そういう拍節構造の創出という役目を、ある程度破棄している。最初から最後まで、ただ、音の波形として、淡々と波打つのである。情緒は退けられている。そして、後半のロールは圧巻。

エリオット・カーターの「4台のティンパニのための8つの小品」がこの中で最も古い作品だ。ティンパニ・ソロ作品の基礎となる作品、とのこと。
ひとつひとつの曲がそれぞれ別の奏法をフィーチャーしているというのはわかる。ただ、非常にマニアックな作品だ。さすがに、ティンパニをやったことがない筆者はついていけなかった。

いずれの作品においても、ティンパニであって、ティンパニでない。事の真相はぜひ聞いてみて確かめてほしい。人によっては興奮すること請け合いなし、かも。

(2021/4/15)

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<Tracklist>
[1] Toshi ICHIYANAGI: Rhythm Gradation
[2] Malika KISHINO: Monochromer Garten III <World Premiere Recording>
[3] Isao MATSUSHITA: Optical Time
Elliott CARTER: Eight Pieces for Four Timpani
[4] I. Saëta      to Al Howard
[5] II. Moto Perpetuo  to Paul Price
[6] III. Adagio     to Jan Williams
[7] IV. Recitative   to Morris Lang
[8] V. Improvisation  to Paul Price
[9] VI. Canto     to Jan Williams
[10] VII. Canaries  to Raymond DesRoches
[11] VIII. March   to Saul Goodman

Shiniti Uéno, timpani

Recorded at Lake Sagami-ko Community Center, 17-19 December 2019, 11-12 June, 28 July, & 4 November 2020