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『クレモナ』モダンタンゴ・ラボラトリ ピアソラ生誕100周年記念・第10回定期公演「Années de solitude」|西澤忠志

『クレモナ』モダンタンゴ・ラボラトリ ピアソラ生誕100周年記念・第10回定期公演「Années de solitude」
CREMONALABO The anniversary of Astor Piazzolla’s 100th Birthday The 10th Subscription Concert〈Années de solitude〉

2021年3月17日 あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホール
2021/3/17 Aioi Nissei Douwa Sonpo The Phoenix Hall
Reviewed by 西澤忠志(Tadashi Nishizawa)
Photos by 岡本大翼/写真提供:『クレモナ』モダンタンゴ・ラボラトリ

〈曲目〉        →foreign language
アストル・ピアソラ:
作品群《ラ・カモーラ》
 I.
 II.
 III.
組曲《タンゴの歴史》
 1900年の売春宿
 1930年のカフェ
 1960年のナイトクラブ
 現代のコンサート
作品群《ブエノスアイレスの四季》
 ブエノスアイレスの春
 ブエノスアイレスの冬
 ブエノスアイレスの秋
 ブエノスアイレスの夏
※アンコール
《リベルタンゴ》

※いずれも、フルート、ソプラノサックス、ホルン、バスーンへの編曲
組曲《タンゴの歴史》のみ、フルート、ソプラノサックス、ホルン、バスーン、バンドネオンへの編曲

〈演奏〉
『クレモナ』モダンタンゴ・ラボラトリ
 フルート:森脇ゆき
 ソプラノサックス:上野舞子
 ホルン:松田あやめ
 バスーン:久保田ひかり

 

「作品は単に消費されるだけの存在だろうか。」と、演奏を聴いても何も残らないときに思う。音はモノとして残すことは、ほぼできない。そのため「癒し」や「感動」といった、その場限りの体験として消費されることは致し方ないという見方もできる。
では、作品が消費物である以上のものとなるにはどうするか。結論を先んじて言えば、それは演奏者が聴衆に考えさせるための問いを投げかけることにあるだろう。
そうした、聴衆に問いを投げ続けた作曲家・演奏者の一人にピアソラがいる。その結果、「タンゴの革命家・破壊者」として、タンゴの歴史の中で独自の地位を得るに至った。
こうしたピアソラの意志を継いで、音楽界に「革命」を起さんとする(1)「『クレモナ』モダンタンゴ・ラボラトリ」の活動は、消費財として音楽の価値が見られつつある 中でも注目すべきものがある。

作品群《ラ・カモーラ》では、ピアソラの録音よりも速いテンポで進み、演奏者のテクニックに驚かされた。それとともに フルート、ソプラノサックス、ホルン、バスーンという木管四重奏に近い編成で、どこまで豊かな内容を持った音を出せるのかがこの編曲の肝となっていたのではないかと、10ページにも及ぶ内容の濃いプログラムを読んで思う。ヴァイオリンのコマの内側でリズムを刻むチチャーラのような打楽器的な奏法を編曲の中に組み込むことは難しかったのかもしれない。しかしその分、メロディ間での絡み合いの巧みさや、それぞれの楽器が持つ鮮やかな色彩感が存分に表現されていた。特に、フーガの部分は珍しい楽器編成ながらも最後に合わさった時の違和感はまったくなかった。

組曲《タンゴの歴史》では、元々フルートとギターというシンプルな 組み合せをどうカラフルに仕上げるかも聴きどころではあったが、それよりもピアソラの演奏録音をAIで解析し演奏スタイルを再現したmidi録音との「共演」を果たした部分に興味が湧いた。録音をもとに個人の演奏を再現する試みは、グレン・グールドの演奏スタイルを解析、学習したAI「Dear Glenn」が既にあるが、こうした演奏家を「復活」させる流れの中に今回の演奏があるだろう。また、ピアソラの「革命」の1つにタンゴの世界にエレキギターを入れたことが挙げられるが、このように生演奏の世界に電子機器を入れることは、ピアソラの意志を継がんとする グループのスタイルにしっくりくる。しかし、今回の「共演」は、midi録音と生演奏との違いが際立ち、一音一音が断ち切れた硬い前者 の音と、マイクと舞台の両脇に置かれたスピーカーによって増幅された後者の音とが、上手く噛み合っていたとは思えなかった。そもそも電子音楽の将来について、 ピアソラは「生命がないんだ」と否定的な見方をしている(2)。予想に反して電子音楽は生き続けているが、生演奏と上手くセッションができるかどうかは道半ばというところだろうか。

最後に、作品群《ブエノスアイレスの四季》。いつもは「春夏秋冬」の順番で聴かれる作品だが、 今回は作曲年を遡る形で演奏された。これは、「《ブエノスアイレスの四季》 は若い故の孤独や悲しみを表現した」という解釈のもと、彼の「孤独」を辿ろうという意図によるもの。そのためか、技巧的なソロがところどころに挟まれ、色鮮やかなアンサンブルの部分と対照的な侘しい印象の響きを与えた。しかしタンゴの文脈で考えると、ピアソラの作品に内在するものは「孤独」の寂しさというよりも、洒落た世界、日本で言うところの「粋」の世界に居る、荒々しく、時には罪も犯す「美化」された孤高の男性像(Guapo) だろう(3)。実際、本作品群のいずれの曲も、 《アディオス・ノニーノ》のように悲しみに打ちひしがれるだけではなく、所々にアクセントの利いた鋭いメロディ を際立たせている。
けれども、これまで ピアソラを語る際には、タンゴの歴史の中での評価である「タンゴの破壊者・革命家」としての側面が強く出されていた。そのため、それ以外の側面、特にピアソラの内面に立ち入った解釈は、あまりな かったように思う。今回の演奏で見せた 新たな解釈は、聴衆にピアソラという存在を再考させる良いきっかけになった。

この公演の興味深い点は、この3点にある。
①編曲のうまさ、ヴィルトゥオーゾなパッセージを弾く演奏者のうまさ
②生演奏と 電子音楽/機器との関係
③既存の認識への挑戦
この3つの要素が最も上手く噛み合った演奏が、アンコールの《リベルタンゴ》ではないだろうか。電子音による打ち込みのリズムにのせて、アドリブを絡めた演奏が、最も活き活きとし、且つリズミカルで魅力的なものとなっていた。
そして、「録音、録画が禁止されている」コンサートホールの中で、敢えて「撮影OK、SNSへのアップロードOK」という通常のマナーとは真逆の許可を出したことは、既存の認識に挑戦する姿勢を映し出している。

「ピアソラ」というと、踊れないタンゴを創った「タンゴの破壊者」としてのイメージが既に流布している。しかし、なぜそうしたのか、それを現代にどう受け継ぐことが出来るのかを問うような公演は、これまで見られなかったように思う。
この公演は、“Camorra”(喧嘩癖)こそタンゴの本質であると、ピアソラが喝破している(4)ように、既存の認識に問いかけ、挑発し、「喧嘩」を仕掛けるスタイルだったのかもしれない。
そして、このスタイルは、タンゴ、延いては音楽を単に消費されるものではなく、我々の認識の再考を促す「批評的」な芸術へと導くものだ。
今年、生誕100周年を迎えるピアソラを単なる消費財にしない、彼女たち(Guapas)の今後の活動を期待したい。

(1) 「ピアソラの世界に清楚に反逆する、若い女性たち」『『クレモナ』モダンタンゴ・ラボラトリ』
(2) 「アストル・ピアソラ インタビュー[初来日インタビュー]」『e-magazine Latina』
(3) なお、Guapo(美男)がタンゴの感性に深くかかわる点については、タンゴ奏者の麻場友姫胡からご教示頂いた。改めて感謝申し上げる。
(4)マリア・スサーナ・アッシ, サイモン・コリアー(著),松浦直樹(訳)2006『ピアソラ : その生涯と音楽』アルファベータ

(2021/4/15)

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西澤忠志(Tadashi Nishizawa)
長野県長野市出身。
現在、立命館文学先端総合学術研究科表象領域在籍。
日本における演奏批評の歴史を研究。
論文に「日本における「演奏批評」の誕生 : 第一高等学校『校友会雑誌』を例として」(『文芸学研究』22号掲載)がある。
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〈cast〉
CREMONALABO
Flute:Yuki Moriwaki
Soprano Saxophone:Maiko Ueno
Horn:Ayame Matsuda
Bassoon:Hikari Kubota

〈program〉
Astor Piazzolla:
La Camorra (arr. for Flute, Soprano Saxophone, Horn and Bassoon)
I.
II.
III.
Histoire du Tango (arr. for Flute, Soprano Saxophone, Horn, Bassoon and Bandoneon)
I. Bordel 1900
II. Cafe 1930
III. Night-club 1960
IV. Concert d’aujourd’hui
Las 4 Estaciones portenas (arr. for Flute, Soprano Saxophone, Horn and Bassoon)
Primavera Portena
Invierno Porteno
Otono Porteno
Verano Porteno
(Encore)
Libertango (arr. for Flute, Soprano Saxophone, Horn and Bassoon)