カリフォルニアの空の下|ハイブリッド学習の到来|須藤英子
ハイブリッド学習の到来
The arrival of hybrid learning
Text & Photos by 須藤英子(Eiko Sudoh)
◎対面学習の再開
子どもたちの登校が再開し、一ヶ月になる。約一年に及ぶ長いリモート学習の末の再開だった。毎日オンライン授業で顔を合わせてはいたものの、昨年8月に新年度が始まって以来初めて会う担任やクラスメイトに、最初は皆ぎこちなかったという。それでも同じ空間で共に過ごす時間はやはり楽しく、教室での新生活に皆少しずつ馴染み始めているようだ。
とはいえ、学校は従来とは全く違う様相を呈している。我が家の子どもたちの小学校ではまず、ソーシャルディスタンスを保つためにクラスが午前と午後の半分ずつに分かれて登校している。教室では、13~14人が同時に授業を受けている状況だ。学校にいる2時間30分のうち10分間はトイレ休憩に当てられるが、子ども同士で遊べる機会はほとんどない。毎朝のオンライン上での体調チェックと校門での体温測定、そして教室内でのマスク着用と入室時の自動サニタイザーが義務付けられ、感染予防が徹底している。
1月に医療従事者や高齢者から始まったワクチン接種は、3月には教育関係者に順番が回り、4月中旬には一般成人にもチャンスが巡ってくる見通しだ。このまま接種が進めば、コロナ禍以前の日常が戻ってくるかもしれない。昨年8月の新年度開始時に、社会が正常化するまでリモート学習を続ける“Distance Learningクラス”を選択した子どもたちは、今も一日中自宅でリモート学習を続けているが、その子どもたちも含め全校児童がフルタイムで登校できるようになる日も、そう遠くはない気がしてくるこの頃だ。
◎対面学習の良さ
年度初めに“Blend Learningクラス”を選択した我が家の子どもたちは、学校再開後、午前中は学校で、午後は自宅で学習を続けている。一日の半分を対面授業で、残りの半分をオンライン教材で学ぶ、ハイブリッドな学習スタイルだ。ただ内容的にはこれまでのリモート学習とあまり変わらず、午前中の対面授業でもZoom授業時とほぼ同じことが行われているようだ。
例えば2年生の娘のクラスでは、毎朝まず教室の大きなスクリーン上に映し出される動画を見ながら皆で体操をし、その後やはりスクリーン上で共有される担任のパソコン画面や動画を見ながら算数や英語の指導を受ける。また5年生の息子のクラスでは、各々まず短い作文を書いた後、やはりスクリーンを見ながら一日の流れを確認し、算数や英語を学ぶ。リモート時のZoom授業との違いは、教材が映し出される画面が教室のスクリーンか各々のデバイスか、といった程度のものに思われる。
それでも対面授業になって良かったことは、沢山ある。まずオンライン授業で頻出したWi-Fiの不調による授業の中断がなくなり、安心して学習に集中できるようになった。そして、オンライン上では分からなかった友達や先生の様子が、ちょっとした動作や呟きからよく分かるようになったことは、何より大きな違いであろう。安定した環境の中で切磋琢磨しながら学ぶことが、子どもたちの人間的成長に如何に大切かをしみじみと感じる日々である。
◎オンライン教材の利点
一方で、画面に向かって一人で学ぶオンライン教材についても、その学習効果の高さを感じることは多い。例えば、英語の読解教材や社会の動画教材等がそれだ。これらのオンライン教材は、子どもたちの興味や関心、そして能力を伸ばす上で、教科書メインの一斉学習よりも有益なのではないか、と思うことすらある。最近では担任も、確信を持ってこれらの教材を用いているようだ。
2年生の娘のクラスでは、“Raz Kids”というオンラインの読解教材が自宅学習の課題としてよく出されている。これは本を無制限に読める電子図書館のようなものであるが、大きな特徴は、その子のレベルに合わせて本が選べること、読み聞かせ機能がついていること、また読書後に簡単な読解問題に取り組めることであろう。読んだ冊数や問題の正答率によってポイントが貯まり、クラスページでは皆のポイントが一目で分かるようになっている。担任は「この教材を続けてきた子どもたちの読解レベルの向上が目覚ましい」として、最近では毎日この教材に取り組むことを課すようになった。
また5年生の息子のクラスでは、社会の自宅学習用教材として、“Over Simplified”というYouTube動画がよく用いられている。以前は教科書を読むことが課題としてよく出されていたが、その内容を子どもたちが習得するのは難しかったのであろう。アメリカの歴史を面白可笑しくシンプルにアニメ化したこの動画を見ることに、課題が取って代わられるようになった。視聴後は、従来通りオンライン上のノートに確認事項を書き込み、オンラインテストに取り組む。テスト自体も簡素化され、習得レベルが低下したであろうことは否めないものの、子どもたちが楽しく学べるようになったことは間違いない。社会が大の苦手だった息子も、この動画のおかげで最近は率先して学び、理解も深まるようになってきた。
◎ハイブリッドな社会に向けて
コロナ以前の状況にはまだほど遠いものの、子どもたちは学校に行くことで、人間らしい暮らしを取り戻しつつある。生身でのコミュニケーションの楽しさや、そこからの学びの豊かさを改めて感じる日々だ。その一方で、リモート学習下で充実したオンライン上のコンテンツが、子どもたちの学習を大きく変えつつあることも、実感する。
コロナ以前の学校現場でもオンライン教材は使われてはいたが、その使用はまだ補助的なものだった。だがこのリモート学習期間中に開拓されたオンライン教材の活用法は、それまでとは大分違う。“教科書をメインに”、 “読書は紙媒体で”といったスタンダードは一気に取り払われ、子どもたちの学力伸長の為であれば、例えそれがYouTube動画であっても潔く取り入れる…。オンライン教材が従来の教材と同じ地平で用いられる、まさにハイブリッドな学習が始まった気がするのだ。
スポーツジムや映画館も、再開が許可され始めたロサンゼルス。学校が完全な対面学習に戻る日も、遠くはないだろう。その時、子どもたちはどのような学びを嗜好し、教師たちはどのような教材を選択していくのか。そこには学びというただ一つの軸に沿った、ハイブリッドな教育の風景が広がっているように思えてならない。そしてそんな新たな日常が、社会の至るところで実現していくであろう近未来を、間近に感じるカリフォルニアの春である。
(2021/4/15)
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須藤英子(Eiko Sudoh)
東京芸術大学楽理科卒業、同大学院応用音楽科修了。在学中よりピアニストとして同年代作曲家の作品初演を行う一方で、美学や民族学、マネージメント等広く学ぶ。2004年、第9回JILA音楽コンクール現代音楽特別賞受賞、第6回現代音楽演奏コンクール「競楽VI」優勝、第14回朝日現代音楽賞受賞。06年よりPTNAホームページにて、音源付連載「ピアノ曲 MADE IN JAPAN」を執筆。08年、野村国際文化財団の助成を受けボストン、Asian Cultural Councilの助成を受けニューヨークに滞在、現代音楽を学ぶ。09年、YouTube Symphony Orchestraカーネギーホール公演にゲスト出演。12年、日本コロムビアよりCD「おもちゃピアノを弾いてみよう♪」をリリース。洗足学園高校音楽科、和洋女子大学、東京都市大学非常勤講師を経て、2017年よりロサンゼルス在住。