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リー・キット (Screenshot)|言水ヘリオ

リー・キット (Screenshot)
LEE Kit (Screenshot)

Text by 言水ヘリオ (Kotomiz Helio) 

 

リー・キットは1978年香港生まれ。台北を拠点として、各地で展示を行っている。このアーティストの作品を見たこともなく、知識もなにもなかったが、ギャラリーのサイトを一覧して、この展示に出かける機会を逃してはいけないような気がした。自分の現状を省みて、これからどう生きるのかを考えるためにも。サイトに記されていたリー・キットのテクストには、たとえば香港の政治状況やコロナ禍における現状などが明示的には示されていなかった。しかしそれは、現実と緊密に関わっている心の語りのようであった。書かれなかったこと、書かれていなくても書かれていること。そこにはわたしの、いまの、これからの心情が書かれているようにさえ思われた。この、それほど長くはないテクストを読んだときに感知した震えは、作品を目にしたのちも止まることはなかった。

 

2021年1月28日(木)の午後。雨が降り始めていた(この雨はやがて雪になる)。展示スペースに入ると、スタッフの方から手指の消毒を促され、その後芳名帳に名を記す。奥で音楽が流れているような気がする。壁に映像が投影されているのをしばらく眺める。端から順に見ていくという感じではない。気づいたら作品全体に一気に迷い込んでいた。会場内には作品を個々に照らす照明はなく、薄暗い。奥の部屋の窓からの外光と、部屋の片隅に置かれた天井を部分的に明るくするだけの照明器具の光、およびプロジェクターからの映像が室内の光源となっている(外光が十分な場合、照明器具の光は消されていると後で聞いた)。

 

 

映像はふたつのプロジェクターから投影されている。ひとつは手前の空間に。横向きに合板を立てかけた壁に映し出されてループしている。画面下部では短い英文のテクストがゆっくりと紡がれている。その手前左側の壁に縦向きに合板が置かれている。空間中程に位置する、生成りの布のパーテーションにも小さな映像が映っている。これは布を透過して反対側にも映っている。もうひとつは奥の空間に。壁に、ぎりぎり窓ガラスが写るか写らないかくらいの窓辺の静止画のような映像が、開いて伏せられた本の写真の上から投影され、その右側にはゆっくりと紡がれる短い英文のテクスト。そしてその壁の手前、空間中程にはL字型に壁面がしつらえてあり、暖かい地域で生育しそうな植物の葉が風に揺れている映像が流れている。そのL字型の壁面には、さらにその右側の壁の、作品が展示されている様子を撮影した画像が全面にプリントされている。手前の床にはスピーカー付きの音楽プレイヤーが置いてあり、音楽が、そしてときおり耳障りな金属音のようなものが聞こえてくる。プロジェクター本体からもノイズのような音が発せられていただろうか。

 

 

写真と、絵画が、ところどころに展示されている。写真は、質感のある水彩紙にインクジェットでプリントされている。紙への画像のレイアウトを見ると、余白を持ち、中央でなく、写真ごとに異なるずれた位置に配置されている。先に記述したL字型の壁面の接合部がすこしずれて交わっていたことを思い出す。プリントされた写真のなかに一点、「Screenshot」という文字の記された、他より大きめで、余白を持たない作品がある。何が写っているのか定かではないが、空色から薄茜色へとグラデーションをもった空のように見える。手前の空間の映像にあらわれていた色も、このような色彩ではなかったか。絵画はどれも、木枠かなにかを段ボール紙で覆い、そこに描かれているように見える。絵の具などの画材だけでなく、写真の転写も使われているらしい。4点ある絵画のうち3点に手が描かれており、それら3点にはいずれも英語の語句が記されていた。

 

 

壁の写真作品に近づいてよく見ようとしたとき、投影されている映像に自分の影が映ってしまうのに気がついた。接近すれば映像に影を落とすような位置に写真がある。作者は映像に来場者の影が映ることをあらかじめ想定していただろう。しかしそれを避けようとして、確かめながら、あるいはやや遠くから、遠慮がちに見てしまっていた。作品を見るということを通して、自分の、直面した事柄に対する行動が露わになったように思えた。わたしには、写真や映像が、いつどこで撮られたものなのかわからない。だが、固有の時間と場所でとらえられたものごとが作品となり、作品に日々がとどまる。人の影や視線が通り過ぎ、思考や行動がうつろったりする。

 

スタッフの方によると、展示されている作品のうち、絵画は作者から送付され、写真はデータを日本でプリントして作者に返送し確認を経たものということであった。映像も送られたデータを使用しているのだろう。「その土地にしばらく滞在しながら制作と展示を同時に行う」(プレスリリースより)というリー・キットであるが、今回本人は会場に訪れていない。ここではないところにいる作者と設営に関わる人びとが連絡を取りあい、この展示は実現した。やむをえず、暫定的にそのようなやり方で行われた、と言い切ってしまえるだろうか。むしろ、作品の制作や展示に関する新たな方法が打ち出されている。方法。それは、制作や展示についてばかりではない。始まってしまった「new lives」を生きていくためのものでもあるだろう。

 

 

リー・キット (Screenshot)
シュウゴアーツ
2020年12月12日(土)〜2021年1月30日(土)
http://shugoarts.com/news/27470/
(上記URLのサイトに、展示風景の動画、リー・キットに関する情報へのリンクなど有り)

 

〈掲載画像〉
リー・キット「(Screenshot) 」展示風景、シュウゴアーツ、2020
copyright the artist, courtesy of ShugoArts
Photo by Shigeo MUTO

(2021/2/15)

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言水ヘリオ(Kotomiz Helio)
1964年東京都生まれ。1998年から2007年まで、展覧会情報誌『etc.』を発行。1999年から2002年まで、音楽批評紙『ブリーズ』のレイアウトを担当。2010年から2011年、『せんだいノート ミュージアムって何だろう?』の編集。現在は本をつくる作業の一過程である組版の仕事を主に、本づくりに携わっている。