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バッハ・コレギウム・ジャパン メンデルスゾーン《エリアス》|大河内文恵

バッハ・コレギウム・ジャパン メンデルスゾーン《エリアス》
Bach Collegium Japan Mendelssohn: Elias

2021年1月17日 東京オペラシティ コンサートホール
2021/1/17 Tokyo Opera City Concert Hall
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by  大窪道治/写真提供:東京オペラシティ文化財団

<演奏>        →foreign language
指揮:鈴木雅明
ソプラノ:中江早希
アルト:清水華澄
テノール:西村悟
バス:加耒 徹
合唱&管弦楽:バッハ・コレギウム・ジャパン(1)

 

1月17日。阪神淡路大震災が起きた日だ。26年後のこの日、メンデルスゾーンの『エリアス』が上演されたことは、コロナ禍における1つの奇蹟だったのかもしれない。

東京都で緊急事態が1月8日に措置されてから10日弱。当日配布されたプログラムを開いて驚いた。合唱にも管弦楽にも日本の古楽界のトップをゆく演奏者たちが目白押しになっていたからだ。このメンバーならば必ずいい演奏になるだろうとは思うものの、合唱の人数の少なさに一抹の不安が残ったことは否めない。

動画サイトで演奏動画をいくつか見るとすぐにわかることだが、『エリアス』の上演はオーケストラの主催で合唱団が呼ばれておこなわれるよりも、合唱団が『エリアス』を歌いたいからオーケストラをお願いして上演するという機会のほうが圧倒的に多い。そうすると、このオラトリオを上演したいと思うような合唱団は大人数を抱えるところが多いために、『エリアス』は大人数で上演するものといったイメージがいつのまにか出来てしまっていたのだろう。

さて、管弦楽による1小節と1拍の導入の後、バス(=エリアス)の印象的なソロが始まる。主、すなわちイスラエルの神の存在を全肯定するDの音。緊張のためか声が堅いように聞こえたが、それも一瞬。導入部の最後の先ほどと同じD音からの堂々たる「ich sage(私は語る)」宣言によって、タイトルロールの大きな役割をここですでに加耒は果たした。

当初独唱者はすべて海外から招聘することになっており、コロナ禍のために入国できないことが確実となって、日本人キャストに変更された。中江・清水・西村の3人は比較的早い時期からキャスト交代がオープンにされていたが、加耒の名前が公表されたのはかなり押し迫った時期だった。おそらく短い期間でしかも責任の重いタイトルロール役を準備するのは並大抵の覚悟ではなかったと推測されるのは、演奏後の共演者たち(独唱者は言うまでもなく、合唱も管弦楽も)の加耒への労いが尋常でなかったからである。すでにオペラやソリストとしても活躍している加耒であるが、今後に向けて大きな飛躍を遂げたと言えよう。

2時間にも及ぶ長大な作品を、一瞬たりとも弛むことなく、心地よい緊張感のなか集中して聴くことができたのは、作品自体の素晴らしさと演奏の精度の両方による。宗教的な題材を扱っているのだからオラトリオという形態で書かれているのは当然といえば当然なのだが、これだけの物語性と劇的なストーリーがあればオペラでも充分成立するはずなのに、なぜメンデルスゾーンはオラトリオにしたのだろう?そんな疑問が頭を過ぎったのは、独唱者たちがみなオペラですでに活躍しているメンバーだからというだけではない。

第2部の冒頭、オレンジ色のドレスであらわれた中江のアリアの見事さ。その後の王妃役の清水の威厳は、第1部で天使を歌っていた同一人物とは思えない豹変ぶり。30曲で再び天使に戻った清水とエリアス加耒との劇的な遣り取り。コラール的な合唱を挟んで、加耒は33曲のメンデルスゾーンらしいロマン的なレチタティーヴォを美しく奏で、今度はソプラノ中江の天使が彼を促す見事な表現。続く劇的な合唱の背後では、フィンガルの洞窟を思わせる海がオーケストラによって奏でられ、四重唱とともにオルガンの音色が響き渡る。

畳みかけるように聴きどころが次々に立ち現れる。すでにソリストとして通用するようなメンバーが犇めきあっている合唱メンバー。そこから選ばれた重唱者たちは、通常の「合唱の中の巧い人」レベルなどではなく、重唱1つ1つが途轍もなくすごい。合唱メンバーのアルトにカウンターテナーの伸び盛りの3人が起用されていたことも、合唱の音の厚みに寄与していたと思う。

このオラトリオのなかには、何かの役を演じている部分のほかに、通常のオラトリオなら福音史家が担当するようなナレーター的あるいは神の視点とでもいうべき部分があるのだが、それを務めるのは特定の誰か1人ではなく、その時々に応じてテノールだったりアルトだったりする。逆に、バス(=エリアス)を除いて、独唱者は複数の役やナレーターを担当し、固定した1つの役に終始しない。

こうした複雑な構成は、基本的に一人一役となるオペラでは実現しにくいものである。メンデルスゾーンがエリアスをオラトリオで書いたのは、題材ゆえというよりは、この物語のもつ多層性を音楽でも実現させようとしたためではないか、演奏を聴きながらそんなふうに思い当たった。だとすれば、本日の演奏はメンデルスゾーンの望んだとおりの世界観が実現されたと言ってよいだろう。

作品の世界観の実現に貢献していたのは、声楽家だけではない。26曲のエリアスのアリアではチェロの旋律が泣けて仕方なかったし、37曲のオーボエなど聴きどころを挙げればきりがない。独唱者や重唱・合唱の聴きどころ満載感は、管弦楽が各曲の土台をしっかり築いて支えたからこそだともいえる。

この公演を支えたのは、舞台の上にのった人々だけではない。コロナ禍のなか、公演実現のために苦労したであろうスタッフはもちろん、深い学識と楽曲理解にもとづいた素晴らしい解説を寄せた星野氏、読みやすく一読しただけで意味が取れる字幕を作成した三ヶ尻氏といった隅々まで配慮の行き届いた公演であったことを記しておきたいと思う。
コロナ禍は依然おさまる気配が感じられないが、この演奏会の間だけは救いがみえたような気がしたのは筆者だけではあるまい。

(2021/2/15)

(1)
合唱:
ソプラノ:
柏原奈穂 金持亜実 澤江衣里 清水梢 中山美紀 藤崎美苗 松井亜希 望月万里亜 山口清子
アルト:
青木洋也 久保法之 小巻風香 高橋幸恵 高橋ちはる 田村由貴絵 中村裕美 布施奈緒子 村松稔之 吉成文乃
テノール:
石川洋人 鏡貴之 金沢青児 谷口洋介 中嶋克彦 沢田臣矢 水越啓 安冨泰一郎
バス:
浦野智行 大井哲也 加藤宏隆 五島真澄 駒田敏章 渡辺祐介 藤井大輔

管弦楽:
フルート:
菅きよみ 鶴田洋子
オーボエ:
三宮正満 荒井豪
クラリネット:
満江菜穂子 戸田竜太郎
ファゴット:
向後崇雄 永谷陽子
ホルン:
福川伸陽 藤田麻理絵 下田太郎 伴野涼介
トランペット:
斎藤秀範 杉村智大
トロンボーン:
清水真弓 直井紀和 栗原洋介
オフィクレイド:
橋本晋哉
ティンパニ:
久保昌一

ヴァイオリンI :
寺神戸亮(コンサートマスター) 高田あずみ 荒木優子 角野まりな 髙橋奈緒 寺内詩織 堀内麻貴
ヴァイオリン II :
若松夏美 池田梨枝子 小池まどか 高岸卓人 廣海史帆 堀内由紀 山内彩香
ヴィオラ:
成田寛 秋葉美佳 朝吹園子 原田陽 深沢美奈 丸山韶
チェロ:
山本徹 懸田貴嗣 上村文乃 島根朋史
コントラバス:
今野京 西澤誠治 西山真二
オルガン:鈴木優人

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<players>
Masaaki SUZUKI, conductor
Saki NAKAE, soprano
Kasumi, SHIMIZU, mezzo soprano
Satoshi, NISHIMURA, tenor
Toru, KAKU, bass

Bach Collegium Japan, chorus & orchestra