アレクサンドル・メルニコフPlays Many Pianos|西村紗知
アレクサンドル・メルニコフPlays Many Pianos
Alexander Melnikov Plays Many Pianos
2021年1月21日 トッパンホール
2021/1/21 TOPPAN HALL
Reviewed by 西村紗知(Sachi Nishimura)
Photos by 大窪道治/写真提供:トッパンホール
<演奏> →foreign language
アレクサンドル・メルニコフ(チェンバロ、フォルテピアノ、ピアノ)
<プログラム>
J.S.バッハ:半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV903 ◆
C.P.E.バッハ:幻想曲 嬰ヘ短調 Wq67 ◇
モーツァルト:幻想曲 ハ短調 K475 ◇
シューベルト:幻想曲 ハ長調 D760《さすらい人》■
スクリャービン:幻想曲 ロ短調 Op.28 *
シュニトケ:即興とフーガ(1965)*
[使用楽器]
◆ チェンバロ(ミートケモデル)
◇ フォルテピアノ(アントン・ワルターモデル)
■ フォルテピアノ(ヨハン・ゲオルグ・グレーバー)
* スタインウェイ
※アンコール
モーツァルト:幻想曲 ニ短調 K397 ◇
舞台上に4台の鍵盤楽器がずらっと並んでいる。壮観だ。下手から、チェンバロ、2種のフォルテピアノ、スタインウェイ。
このコンサートの趣旨は、鍵盤楽器の歴史を辿るとともに、「幻想曲」の系譜を辿る、といったもの。この日演奏された作品はどれも、漆黒の叙情をたたえた遅いテンポの楽節と、ときに名人芸を要する即興的な楽節とが、ゆるやかな論理展開で接続されている。幻想曲というジャンルについて、あるいは音楽の展開上の空隙とでもいうものを、筆者はあまり考えたことがなかったが、この日の演奏に非常に説得された。
演奏会が終わったあとには、すっかり「幻想曲はピリオド楽器で演奏せねばならない」という気分になっていた。自由な形式の感覚にあって、音と音のあいだ、そこを満たすエートスのようなものが、実際に鳴り響いている形式の展開そのものよりも大事なのではないか、と思うようであったからである。
最初はチェンバロでJ.S.バッハ「半音階的幻想曲とフーガ」。デュナーミク豊かで伸びやかな演奏スタイル。フーガに入るまでは、減七の和音がところどころに響いてなかなか主和音に解決せず、そのおかげで思いのほかロマン派らしく聞こえる。2段の鍵盤を連動させて重ねると、音量が2倍になり、音色も豪華になる。フーガは3声で、声部ごとがしっかりと緊張感を保ちながら絡み合う。途中、2声でゼクエンツ進行の掛け合いをやるところは、上の鍵盤でやるので、自然と音量が下がる。その掛け合いの繊細さには心惹かれるものがあった。
C.P.E.バッハの幻想曲。なんて荒涼とした音楽だろう。1787年にすでに、このような作品が存在したとは信じられなかった。フォルテピアノのかそけき音色で、古臭いどころか非常にコンテンポラリーな音響体ができあがる。筆者はブライアン・イーノの「サーズデイ・アフタヌーン」を幻聴し、会場で一人打ち震えていた。(会場から帰宅し、さすがにそれはないだろう、と冷静になったものの、一瞬でもそう思ったのである。)
なにはともあれ、譜面に書かれたものと音色との関係がよくわかる。美しい音色の中音域はよく使われるものの、低音域の音は少しパサついた感じになってしまうため、あまり使われていないようであった。
モーツァルトの幻想曲が、この日のうちで最も先の読めない作品であった。入りは、少し不穏な雰囲気さえ漂っているが、間もなくニ長調の平和な楽節が訪れ、安らいでいたら曲調が急変し、けらけら笑うようなメロディーを含む楽節へ。蝶々の羽ばたきのような装飾音符の数々。そうこうするうち、また違うメロディーが登場してくる。怒涛の展開。それでいてしかも、最後には一番最初の不穏な楽節に戻ることができるのだ。
ああ、またモーツァルトにからかわれてしまった、と思った。
シューベルトの《さすらい人》では、この日のこれまでの作品に比べ、同時に鳴る音の数がぐっと増える。モダンピアノで演奏するのに比べ、音の減衰がはやいので全体的にすっきりと風通しのよい感じに仕上がる。ただ、音が多くなればなるほど、まとまりのない響きという印象は免れない。例えば和音の構成音が、あまりそうは聞こえないのだ。それぞれの音が、作品の構造をなす役割をやりたがっていないように思えてくる。
そうして、モダンピアノは生まれるべくして生まれたのだ、というのがよくわかる。
さて、最後2つはモダンピアノで演奏される作品だ。スクリャービンの即興曲。かっこいい。ロシア音楽の叙情性、ビロードのような艶やかな漆黒の叙情性だ。全体にデコラティブな輝きをまとっているけれども、バッハ的なゼクエンツ進行が移行部のような感じで挿入されたりと、幻想曲の系譜を感じさせる。
シュニトケの「即興とフーガ」。今までの他の鍵盤楽器にできなかったことを存分に行っている。それは、高音のキラキラした響きと、低音の轟音とを、対比させるような書法を採用することだ。この作品冒頭には、音群と点描とが共棲している。バッハの幻想曲から出発し、とうとう音は、点と群という姿になったのだった。
幻想曲の系譜を聞き終え、最も印象に残ったのはアントン・ワルターモデルのフォルテピアノの音色であった。
自宅にフォルテピアノがあればいいのに。そしたら毎日あの音色と一緒に居られるんだ。そんな夢見心地な気分で会場をあとにしたのだった。
(2021/2/15)
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<Artists>
Alexander Melnikov(Cembalo, Fortepiano, Piano)
<Program>
[German model cembalo after M.Mietke, Jan Kalsbeek 2000]
J.S.Bach:Chromatische Fantasie und Fuge d-Moll BWV903
[Viennese action fortepiano after A.Walter, Paul McNulty 2002]
C.P.E.Bach:Fantasie fis-Moll Wq67
Mozart:Fantasie c-Moll K475
[Viennese action fortepiano by Johann Georg Gröber 1820, original]
Schubert:Fantasie C-Dur D760”Wanderer”
[Steinway & Sons]
Scriabin:Fantasie en si mineur Op.28
Schnittke:Improvisation und Fuge(1965)
※encore
Mozart:Fantasie d-Moll K397 [Viennese action fortepiano after A.Walter, Paul McNulty 2002]