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ランチタイム コンサート Vol.108 川口成彦 (フォルテピアノ)|藤堂清

ランチタイム コンサート Vol.108 川口成彦 (フォルテピアノ)
    遥かなるスペインへ ~2つの時代のピアノと共に~
Lunchtime Concert Vol.108 Naruhiko Kawaguchi(fp)

2020年12月22日 トッパンホール
2020/12/22 Toppan Hall
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 藤本史昭/写真提供:トッパンホール

<演奏>        →foreign language
川口成彦(フォルテピアノ)
使用楽器:A.ワルター(1800年頃)1)
エラール(1890年)2)

<曲目>
アントニオ・ソレール:ソナタ ハ長調 R91 1)
イサーク・アルベニス:《古風な組曲》第2番 Op.64 2)
ドメニコ・スカルラッティ(グラナドス編):ソナタ ト長調 K520 2)
    ソナタ ト長調 K521 2)
    ソナタ ト長調 K522 2)
    ソナタ ニ短調 K552 2)
    ソナタ ニ短調 K553 2)
———————(アンコール)————————
エンリケ・グラナドス:《6つの表情的練習曲》より〈パストラーレ〉1)

 

アンコール、グラナドスの〈パストラーレ〉とアナウンス、A.ワルターのピアノの前に座る。19世紀末から20世紀にかけて活躍した作曲家という点をみれば、エラールのダイナミクス、多彩な音色を選ぶ方が普通だろう。エラールで弾いたプログラムでのグラナドス編のスカルラッティのソナタと較べ、音像が一挙に狭まる。とはいえ川口の弾きだすグラナドス、微妙な音色の変化はピアノの厚みのある響きを避けることで繊細さをもたらすこととなる。膝ペダルのアクションは通常のペダルに較べ、スピード感は落ちるが、大きな音色の差をもたらす。

トッパンホール主催のランチタイムコンサート、休憩なしの約45分のプログラムを昼休みの時間に聴かせるもの。演奏時間が短いだけに演奏者は訴えたいことをストレートに伝えようとし、聴き手もそれを受け止める。若手に演奏機会を与えるだけでなく、コンサートのプログラム作りの難しさ、楽しさを体験させることにもなる。
この日のテーマは「遥かなるスペインへ ~2つの時代のピアノと共に~」。
彼が10代のころから親しみを感じてきたスペイン音楽を、1800年頃のフォルテピアノと1890年のエラール製のピアノを用いて弾きわけた。

プログラム1曲目はアントニオ・ソレールのソナタ ハ長調 R91。4楽章の鍵盤楽器によるソナタであり、1700年代半ばに活動した彼がチェンバロ向けに書いたと考えられ、今回用いられたフォルテピアノの響きを想定していたものではないだろう。チェンバロだけでなく、モダン・ピアノによる演奏も録音されているが、音の立ち上がり、持続時間など、チェンバロ向きの曲というのが筆者の考え。
この日の川口は、1800年頃の制作というフォルテピアノの少しくすんだ打音と軽めのキーアクションを活かした早めの音楽。それが18世紀のソレールの音と相性がよく、鄙びた印象をかもしだす。

プログラムの後半は1890年のエラールを用いる。
19世紀末から20世紀初めに活躍したアルベニスの作品、そして1685年生まれ(バッハ、ヘンデルと同じ)のドメニコ・スカルラッティのソナタをグラナドスが編曲した作品を弾いた。どちらも18世紀前半の香りを保ちながら、19世紀後半の装い。D.スカルラッティの強弱などの指示もない楽譜と較べると、ピアノからフォルティシモ、前打音の付加、表情記号が加わえられたグラナドスの編曲、ピアノの性能の向上を意識した大きな変化がみられる。
このエラールのピアノ、A.ワルターのフォルテピアノと対比すれば、その機械としての完成度が上がり、表現力が大きくなってきていたことが分かる。一音一音の粒立ちが明瞭で、響きが豊か。
アルベニスの作品も、17~18世紀の時代の音楽へのオマージュをモダン・ピアノで表現、と思える。
グラナドスの編曲からは、チェンバロで弾かれるこれらの曲の優雅さとは異なる濃厚な表情が聞き取れた。

楽器の進化というか変化にともない、演奏者の表現も大きく変わる。アンコールの〈パストラーレ〉でふたたびワルターのフォルテピアノに戻って演奏し、時代と楽器のマッチングを聴かせてくれたのは興味深かった。
プログラムの組み方、曲の配置の妙、川口がフォルテピアノのスペシャリストにとどまることなく、歴史的にも地理的にも多様な音楽を自分のものとし、さらなる拡がりを得ようとしている姿勢、多いに楽しみ。

(2021/1/15)

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〈Performer〉
Naruhiko Kawaguchi, fp

〈Program〉
Antonio Soler: Sonata in C major R91
Isaac Albéniz: “Suite ancienne” No.2 Op.64
Domenico Scarlatti (arr. Granados): Sonata in G major K520
    Sonata in G major K521
    Sonata in G major K522
    Sonata in D minor K552
    Sonata in D minor K553
——————(Encore)——————
Enrique Granados:Pastoral(6 Estudios expresivos en forma de piezas fáciles)