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Books|礒山雅随想集 神の降り立つ楽堂にて|藤堂 清 

礒山雅随想集 神の降り立つ楽堂にて
Tadashi Isoyama

礒山雅 
森岡めぐみ 編著
アルテスパブリッシング 2020年12月/ 2200円 ISBN 978-4-86559-229-0

text by 藤堂清(Kiyoshi Tohdoh)

鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)によるバッハの《ヨハネ受難曲》が、2021年2月20日に住友生命いずみホールで予定されている。このホールの年間企画「古楽最前線!2020」の最後のコンサートである。
2000年度に5回のコンサートが予定されていたが、これまでの4回はコロナの影響で中止された。当初の構想では、3年間にわたる「古楽最前線」企画の最後をJ.S.バッハの3つの大曲で締めるはずであったが、《マタイ受難曲》、《ミサ曲ロ短調》は演奏団体が来日できず中止されている。最後の1回がこのBCJによる《ヨハネ受難曲》である。
そしてこのコンサートが、いずみホールのディレクターを務めた礒山雅の企画による最後のものとなる。

2018年2月に不慮の事故で亡くなった礒山雅は、J.S.バッハの研究者として知られ、1994年「マタイ受難曲」、2020年「ヨハネ受難曲」を出版、その研究成果を広く世に問うている。後者は彼が国際基督教大学に提出した博士論文に基づくもので、遺作となる。
礒山はWebの初期から積極的な情報発信を行ってきており、そちらでも多くの読者を持っていた。
「I助教授の談話室」に始まり、「I教授の談話室」、「I招聘教授の談話室」と続いたサイトは、今も一部残され読むことができる。

30年間にわたり大阪のいずみホールのディレクターを務め、このホールでのコンサートの企画、運営を行ってきたのも、音楽研究にとどまらず幅広い層に向け音楽を聴く喜びを届けたいという気持ちの表れであったのだろう。
本書は、いずみホールでスタッフとして彼とともに活動してきた森岡めぐみ等が、ホールの音楽情報誌Jupiterに掲載された礒山のエッセイや論考から音楽関係のものを選定し掲載順に並べたものが中心。森岡がみた彼の活動とその意義、そして具体的なコンサートづくりの例として「バッハ・オルガン作品演奏会」シリーズをあげ、説明している。

目次は以下のとおり。
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第1部 礒山雅といずみホールの三十年
 1 音楽学者のいるコンサートホール(森岡めぐみ)
 2 コンサートを創造する(住友生命いずみホール)
第2部 そこには音楽の神様が—礒山雅エッセイ集
おわりに
礒山雅・いずみホール企画年表
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第1部の1には礒山の企画づくりの方法を示すいくつかのキーワードが登場する。
「ドラマトゥルグとしての音楽ディレクター」
「組織と音楽ディレクター 芸術性の独立」
前者では音楽学者としての専門性を活かし、作品・演奏と聴衆の橋渡しをする役割、後者では経営面にはかかわらず芸術面から企画を考えるということが強調される。
学者であれば誰でもできるというわけではないだろう。彼が、専門のバッハだけでなく幅広い知識と旺盛な好奇心を持っていたからできたに違いない。
第1部の2では、オルガン企画とJ.S.バッハ企画から書き起こし、それを受けて12年にわたった「バッハ・オルガン作品演奏会」の企画と、その第1回のコンサートにおけるトークセッションを紹介している。これが読むだけでもなかなか楽しい。なるほど、こうやって聴衆を増やしてきたのかと合点がいく。

さて、この本のメインのエッセイ集であるが、ここには字義通りのエッセイ=随筆と、ある音楽作品の解説とその周辺の話題、両方が含まれる。
読み応えがあるのは、コンサートの企画と結びついた後者の書き物。
1991年度年間企画「蘇る最期のきらめき」、モーツァルトの没後200年を記念した企画に関連した6篇。オープン後間もないということもあり、字数の制限があまりなかったのかもしれないが、変ロ長調のピアノ協奏曲、魔笛、皇帝ティトゥスの慈悲など、かなり踏み込んだ記述がなされている。
もう一つあげると、礒山の専門、J.S.バッハを取り上げた企画、2002年度からのシリーズ「~精選~バッハ/カンタータへの招待」。これに先立って行われた2000年度年間企画「時を越えて~新世紀のバッハ」では大規模な受難曲からチェンバロまでの様々な構成の曲を取り上げたが、ここではカンタータに集中する。その中でジョシュア・リフキンの提唱した「1パート一人」の演奏方法に取り組んでいく。また新たに発見された「結婚カンタータ」の蘇演も行う。以前のものに較べ短いが22篇の凝縮した文章、強く惹きつけられた。

彼の書いた最後の文の日付は2018年3月となっている。
2018年度年間企画「古楽最前線~躍動するバロック」を説明するもので、モンテヴェルディの《聖母マリアの夕べの祈り》に大部分の字数を費やしていることから、礒山のこの曲に対する強い思いがうかがえる。演奏は、11月にジャスティン・ドイル指揮のRIAS放送合唱団とカペラ・デ・ラ・トーレによって行われた。

末尾に掲載されている、礒山雅・いずみホール企画年表もアーカイブとして貴重なものといえるだろう。

礒山が企画を残した「古楽最前線」、3年目はほとんどが中止されてしまったが、最後の《ヨハネ受難曲》の演奏が彼の魂に安らぎを与えてくれることを祈りたい。

(2021/1/15)