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パラグナ・グループによるガムラン曼荼羅“響きの回廊へ”|齋藤俊夫

パラグナ・グループによるガムラン曼荼羅“響きの回廊へ”
PARAGUNA Gamelan Mandala

2020年11月19日 トーキョーコンサーツ・ラボ
2020/11/19 Tokyo Concerts Lab.
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by 高崎了輔/写真提供:藤枝守

<作品>        →foreign language
(全て藤枝守作品)
植物文様第27集『台湾茶の植物文様I』(2018)ガムラン・バージョン初演
 第1曲、第2曲、第3曲、第4曲
ガムランをともなう『笙とハープによるダブル・コンチェルト』(*)(2020)初演
 第1楽章、第2楽章、第3楽章
組曲『ガムラン曼荼羅』(**)(2020)初演
 第1~8曲

<出演>
ガムラン・ドゥグン:パラグナ・グループ(小谷竜一、後藤弓寿、小林賢直、佐藤紀子、峰野誉久、村上圭子、森重行敏、井手迫瑞希)
中世ゴシック・ハープ:西山まりえ(*)
笙:石川高(*)
舞踏:佐草夏美、ボヴェ太郎(**)

 

「ガムラン」と「曼荼羅」というタイトルを聞いて筆者が連想したのは、大量の金属打楽器を大人数で豪華絢爛に鳴らす「ガムラン」と、密教の宇宙の真理を図像化した、諸仏・諸天が色も鮮やかに並んだやはり豪華絢爛な「曼荼羅」であった。その2つの豪華絢爛が合わさればこれはもうとんでもなくサイケデリックな音楽になるのではないか、と予想して演奏会におもむいた。

だが、植物文様第27集『台湾茶の植物文様I』、ボナンが子守唄のようなゆっくりとした音型パターンを響かせ始めた時点で、筆者の「ガムラン」「曼荼羅」の予想と先入観はくつがえされた。

ガムラン=豪華絢爛というのはガムランのある部分を切り取った見方でしかなく、今回のパラグナ・グループのインドネシア・スンダ(西ジャワ)のガムランは小編成で、レストランなどのBGMとしても愛好されている清楚なものだったのである。
今回、藤枝守が「曼荼羅」としたのはチラシ画像にもあるインド更紗であった。確かにこれは胎蔵界曼荼羅に似ているが、本当に曼荼羅と呼んで良いのかどうかは筆者にはわかりかねた。しかし、このインド更紗を見ていると何か音楽が聴こえてくるようだというのは筆者だけの感覚ではないだろう。

藤枝作品に戻ろう。
『台湾茶の植物紋様I』は藤枝の「植物文様」シリーズで一貫して用いられている作曲法である、植物の電位変化のデータから音型パターンを生成して音楽化する、というプロセスで作曲された。本作はタイトル通り台湾の実験農場の茶樹から採取された電位変化のデータによって2018年に中国の古箏によって初演された作品を今回ガムラン・バージョンとしたもの。
先に「子守唄」という単語を使ったが、ボナン、ジュングロンの丸い響きは日射しのなくなった黄昏から真夜中の雰囲気で会場を包み、そこに2人のサロンが(おそらく)対位法に近い関係によって旋律を奏でる。日射しはないが、心安らかになる夜のしじまが音楽で作られた。

『笙とハープによるダブル・コンチェルト』はガムランと日本の笙、西洋中世のゴシック・ハープによる作品。各楽器の調律の違いによる不協和な和音(?)も混じり、ミニマル・ミュージックっぽくもあるが、笙の音によって雅楽っぽくもあり、そしてガムランでもある。ハープがソロで旋律を奏でたり、笙がソロで旋律を奏でたりする部分もあり、第3楽章では日本のペンタトニックかそれに近い音階が使われていたのか、新日本音楽のようにも聴こえる箇所もあった。この作品は先の植物〈文様〉より、もっと運動があるが、その運動は動物・生物的というより、天体の運行、雲や雨や川の水の循環、風のそよぎのような運動を感じさせた。

後半はガムランに舞踊の佐草夏美、ボヴェ太郎を加えての大作・組曲『ガムラン曼荼羅』の初演である。
小さな鈴の音に始まり、ジュングロン、ボナン、サロン、ゴングと次第に打楽器が増えていく第1曲から、万古不易としてそこにあるなにかの一断面を見つめている(聴いている)ような感覚にとらわれる。覚醒でも入眠でも沈黙でもなく、ただ音が音として厳然としてそこにあるのを聴いている。
そして先の『台湾の植物文様I』と同じく、音楽が進むにつれて〈夜〉が会場を浸していく。西洋的主知主義とも、日本的幽玄、わび・さび、しおりなどとも異なる温度・湿度・植生の音楽。真夜中の暗闇の中に何かがある(いる)。だがそれが見えない。だがそれで良い。
花模様があしらわれた白無垢の服を着たボヴェ太郎と、日本の着物(だと思う)にマフラーのような長い布を首から垂らした佐草は、丸く並べられた演奏者と聴衆の座席の外側をゆっくりゆっくりと巡り、正面に達するとやはりゆっくりゆっくりと踊る。この2人と、ガムランの旋法であるスレンドロ風とペロッグ風の2種が「陰陽」のシンボルとなっている(プログラムより)ということは筆者には感得できなかったが、2人が時間をかけて会場を巡り、踊ることにより、〈時の移ろい〉をありありと実感することができた。
全8曲の最終第8曲ではサロンの音が増えていき、そこに他の楽器も重なり、〈夜〉は終わり、明るい〈夜明け〉が訪れる。ボヴェ太郎と佐草は会場入口から退場する。
第8曲の後、第1曲が再現されることにより、陽の光と共に生物が目覚め、活動開始し、冒頭と同じ鈴の音で『ガムラン曼荼羅』は終曲した。

常に緊張を強いられる長い長いコロナ禍中で萎縮し凝固した心がほぐされ、自分と音楽は今ここにおり、これからもここにいて良いのだと言ってもらえたように感じられた演奏会であった。

(2020/12/15)

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<pieces>
(All pieces are composed by Mamoru Fujieda)
Pattern of Plants,the 27th Collection “Taiwan Tea Collection I”
 Piece 1, Piece 2, Piece 3, Piece 4
Double Concerto with Gamelan for sho and harp
 1st movement, 2nd movement, 3rd movement
Suite “Gamelan Mandala”
 Piece I~VIII

<players&performers>
Gamelan Degung:PARAGUNA Group(小谷竜一、後藤弓寿、小林賢直、佐藤紀子、峰野誉久、村上圭子、森重行敏、井手迫瑞希)
Gothic Harp:西山まりえ(*)
Sho:石川高(*)
Dance:佐草夏美、ボヴェ太郎(**)