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須川展也 plays J.S.BACH サクソフォン・ソロ・リサイタル|戸ノ下達也

須川展也 plays J.S.BACH サクソフォン・ソロ・リサイタル
Nobuya Sugawa plays J.S.BACH Saxophone solo recital

2020年11月26日 紀尾井ホール
2020/11/26 Kioi Hall
Reviewed by 戸ノ下達也(Tatsuya Tonoshita)

<演奏>        →foreign language
サクソフォン:須川展也

<曲目>
J.S.バッハ(須川展也編サクソフォン版):
『パルティータ 第1番』BWV1002
―休憩―
『パルティータ 第2番』BWV1004
―休憩―
『パルティータ 第3番』BWV1006
―アンコール―
『パルティータ 第3番』より《ガヴォット・エン・ロンドー》

 

バッハの不朽の名作である「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ」全曲が、サクソフォンの演奏で、どのような音楽となって聴こえるのか。須川が、ヴァイオリンの幅広い音域や様々な音の彩りによる楽曲を、どのように表現し主張するのか。期待に満ち溢れながら、紀尾井ホールに足を運んだ。

アルト・サクソフォンによる『パルティータ第1番』は、各楽章の舞曲と、それに対比されるドゥーブル(舞曲の変奏)が分けて演奏され、4楽章の作品を8楽章構成で聴かせた。第1楽章《アルマンド》、第2楽章《クーラント》、第3楽章《サラバンド》、第4楽章《テンポ・ディ・ボレア》という各楽章の舞曲は、実に優雅な音作りの一方で、それぞれに対置された変奏では、音群の装飾が連続する展開で、躍動の音楽が際立つ。何より、《テンポ・ディ・ボレア》で、繰り返される主題の旋律が華やかに高揚した後のドゥーブルは、飛翔そのもので、アルト・サクソフォンの温かい音色と、細かい音の動きの同居が新鮮に聴こえる。全体に、須川の超絶技法で、疾走する音楽となっていた。

同じく、アルト・サクソフォンによる『パルティータ第2番』は、バッハ特有のゼクエンツ(楽句の音高を変えて反復進行していくこと)が、怒涛のごとく現れながら変奏を重ねて、第5楽章《シャコンヌ》に昇華する名作だ。そこには、ヴァイオリンの音域や技法の特性が凝縮されている。その作品を、木管楽器でどのように描くのか。
須川は、その鍵を、ブレスによる場面や音色の大胆な転換に求めた。第1楽章《アルマンド》の冒頭で繰り返される主題は、ヴァイオリンでは主題全体をひとつのフレーズとして形作る。須川は、ブレスでそのフレーズが切れてしまう限界を逆手にとり、むしろ長めの間合いとしてブレスを活かし、それまでの旋律を総括しながら連接していく。しかしその演奏法によって、主題の彩りが一層鮮明に聴こえることに気づかされた。このフレーズ作りは、早いテンポで音が繰り出す第4楽章《ジーグ》でも同様に効果的に演奏される。木管楽器での演奏ならではの《アルマンド》や《ジーグ》の魅力である。また、第3楽章《サラバンド》では、前打音や装飾と残響を駆使して重音のように鳴らせたうえで、ゆったりとした旋律を丁寧に紡いでいく。このように各楽章をしとやかに聴かせた後の、第5楽章《シャコンヌ》で、そのテクニックと音の深さを存分に披露する。《シャコンヌ》は、様々な感情が凝縮された深秀な作品だが、須川は、ヴァイオリンの左手の運指と弓が躍動するごとく、両手指がサクソフォンのトーンホールを駆け抜け、その動きに合わせた呼吸の持続も驚異的な演奏で、時にジャズのようなアドリブ感も交えながら、楽曲の輪郭を描く。音域もテクニックも、アルト・サクソフォンの限界に挑む演奏からは、魂が昇華する音楽が聴こえてきた。

ソプラノ・サクソフォンによる『パルティータ第3番』は、澄み渡る音色で、明るさと軽快さが漂う。須川は、楽曲全体の序奏である第1楽章《プレリューディオ》の細かい音の連続を丁寧に刻み、楽曲の華やかさを明確に主張する。第2楽章《ルール》は、一転して緩徐の響きで、ここでも絶妙なブレスでフレーズを明確に形作る。その響きが、第3楽章《ガヴォット・エン・ロンドー》の精粋な音楽に継続する。ロンド形式で展開する中で繰り返される主題は、それぞれに異なった色彩感が鮮明で、心にしみわたる。そして、第4楽章《メヌエット》で安息の後、第5楽章《ブーレ》と第6楽章《ジーグ》で爽快に楽曲を締めくくる。
須川は、全楽章にわたり、ソプラノ・サクソフォンの音域と音色を存分に駆使しながら、フルート、クラリネット、オーボエを彷彿させる響きや音色を随所に聴かせてくれる。その変幻ぶりが、第3番の最大の魅力だ。

原曲の醍醐味は、ヴァイオリンの重音だろう。その音の重なりは、木管楽器で再現することはできないが、前述のとおり、須川は、前打音や装飾を駆使した上で、残響に重ねていく。そのフィンガーテクニックと呼吸は、まさに神業である。また、弦楽器特有の、弓のボーイングで操る息の長いフレージングも、呼吸を伴う木管楽器では非常に困難だ。しかし、須川は、全てブレスの位置を周到に考えた上で、場面やフレーズの転換に置き換え、鮮明な楽曲の主張を描いた。
もっとも、調性が、楽曲の主張や彩りに大きく影響することも痛感させられた。今回は、第1番がロ短調からト短調に移調、第2番が原調(ニ短調)のまま、第3番がホ長調からヘ長調に移調された編曲だった。移調は、サクソフォンの楽器の特性からやむを得ない措置だろうが、特に第1番は、原曲の厳粛さが、調性が変わることにより希薄に感じられてしまったのが悔やまれる。
しかし、その限界があってもなお、サクソフォンで無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータを編曲し、演奏する須川の確固とした意志と、その演奏から聴くことのできる音楽の可能性と深さ、そしてサクソフォンの多彩かつ豊潤な音色を実感する演奏会だった。

(2020/12/15)

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<player>
saxophone: Nobuya Sugawa

<pieces>
J.S.Bach (arranged for saxophone by Sugawa Nobuya)
Violin Partita No. 1 BWV1002
(intermission)
Violin Partita No. 2 BWV1004
(intermission)
Violin Partita No. 3 BWV1006
(encore)
Gavotte en rondeau from Violin Partita No. 3