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NISSAY OPERA 2020 特別編 《ルチア~あるいはある花嫁の悲劇~》|藤堂清

NISSAY OPERA 2020 特別編
オペラ《ルチア~あるいはある花嫁の悲劇~》
(原作:ガエターノ・ドニゼッティ:オペラ《ランメルモールのルチア》)
NISSAY OPERA 2020 Special Opera, Lucia or the tragedy of a bride

2020年11月15日 日生劇場
2020/11/15 Nissay Theatre
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<スタッフ>        →foreign language
指 揮:柴田 真郁
演出・翻案:田尾下 哲
美  術:松生 紘子
衣  裳:萩野 緑
演出助手:平戸 麻衣
副 指 揮:諸遊 耕史、鈴木 恵里奈、小松 拓人
照  明:稲葉 直人(A・S・G)
舞台監督:山田 ゆか(ザ・スタッフ)
コレペティトゥア:平塚 洋子、経種 美和子、矢崎 貴子

<キャスト>
ルチア:森谷 真理
エドガルド:吉田 連
エンリーコ:加耒 徹
ライモンド:妻屋 秀和
アルトゥーロ:伊藤 達人
アリーサ:藤井 麻美
ノルマンノ:布施 雅也
泉の亡霊:田代 真奈美(助演)
管弦楽:読売日本交響楽団

 

冒頭、ティンパニの抑えた響きにつづき、ピアノがホルンのメロディーを奏でる。ダイジェスト版の《ルチア》とは認識していたが、オーケストラ編成もかえられているとは思っていなかったので少し驚く。その他の楽器編成もかなり切り詰められたものであった。
《ルチア~あるいはある花嫁の悲劇~》と題したこの公演。原作はガエターノ・ドニゼッティ作曲のオペラ《ランメルモールのルチア》であるが、タイトルロールのルチアの場面を中心に再構成し、彼女の狂乱の場で終わる。舞台は間口、高さともに狭められ、大道具として置かれているのはベッドだけ。ここに登場するのは、ルチアともう一人、泉の亡霊、ルチアが亡霊に精神的に追い詰められていく様子が舞台上で示される。他の歌手はプロセニアムの外側の黒く覆われたところで歌う。エドガルドとの愛の確認や彼の怒りを受け嘆く姿も、エンリーコの私の犠牲になれという押し付けも、ライモンドの説得も、舞台上にみることはない。すべてがルチア本人の心理劇として表現される。亡霊は、彼女が本心のままに動こうとするのを妨げ、まわりの人々の圧力を受け自身を追い込んでいく、そういった役割を可視化していた。

新型コロナ・ウイルスの感染が拡大しているなかで劇場活動を行っていくには、上演する側にとっていつもとは大きく異なる判断が求められる。演奏時間の短縮というのも、感染リスクの高い楽器の使用をひかえるというのも方策だろう。合唱は練習時の密集という課題もありいろいろな点でリスクは大きい。少なくともできるかぎり間隔をあけて歌うようにすることが必須。音楽面、演出面で、この団体以外でもさまざまな工夫がなされている。この日の客席も市松模様、公演の採算という意味ではきびしい状況が続いている。
ここまで述べてきた「翻案作品」としての公演は、パンデミックという条件のもとで、どうすればオペラの上演を続けることが可能かと考えた演奏者側の答えとして受け止めるべきだろう。

音楽面で特筆すべきはルチアを歌った森谷の歌唱。1時間半の公演の間、彼女が歌っていなかったのは、第2幕の冒頭のエンリーコとノルマンノの場面、第3幕第1場および第2場のライモンドが花婿殺害を告げる部分だけ、どちらもストーリーがわかる程度にカットしつなげられている。
METの《魔笛》(抜粋、英語版)に夜の女王として出演したことで注目された森谷だが、いまではコロラトゥーラからリリコへとレパートリーの中心をかえてきている。2019年には二期会公演で《サロメ》と《蝶々夫人》のタイトルロールを歌っており、両者ともに響きの均一性を保ちながらダイナミックな表現も聴かせた。
ルチアでも軽い声を転がすというより、厚みのある響きで会場を埋めるといった趣。第2幕、誰からも支援が得られない状況でも、強い表現で、この女性がか弱い存在ではなく、自らのを貫き通そうとする意思を持っていることを聴かせた。演技面では、ほとんどの場面で舞台上にいる泉の亡霊と対峙する姿が強く印象に残った。
声だけで表現することが要求される他の歌手、エンリーコの加耒のリズム感のよさと重唱のときの美しいハーモニー作り、ライモンドの妻屋のベテランらしい味わいと仕切り、そして代役でエドガルドを歌った吉田の真摯な歌い方。それぞれに充実した歌唱を聴かせてくれた。
柴田の指揮は堅実なものだったが、オーケストラの編成の変更、音楽のカットと接続という要素を考えると事故なく振り終えたことで良しとしよう。

オペラの上演史をひもとけば、作曲者自身が上演時のコスト、歌手の力量、オーケストラの編成などに応じ、曲を書き換えるといったことも普通に行われていたことがわかる。とすれば、翻案を頭から否定する必要はない。今回は歌は大きな変更なしに使われたが、《ある花嫁の悲劇》を踏み込んで描くために台本や音楽にも大胆に手を加えることがあってよいだろう。
でも正直なところ、筆者は全曲の舞台上演ができることがのぞましいと思う。
この公演は一般公開2回のほかに、中高生向けの3公演がニッセイ名作シリーズとして行われた。配布されたプログラムは共通で、初心者向けの記述が中心となっている。あらすじは《ランメルモールのルチア》全体のものとなっていて、「翻案」についての解説はまったくない。有料の冊子でもよいので、演出家や指揮者のこの変更版についての考えを読むことができればよかったのにと感じた。

(2020/12/15)

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<STAFF>
Conductor : Maiku Shibata
Stage Direction & Adaptation : Tetsu Taoshita
Sets : Hiroko Matsuo
Lighting : Naoto Inaba
Costumes : Midori Hagino
Assistant Stage Director : Mai Hirato
Stage Manager : Yuka Yamada
<CAST>
Lucia : Mari Moriya
Edgardo : Ren Yoshida
Enrico : Toru Kaku
Raimondo : Hidekazu Tsumaya
Arturo : Tatsundo Ito
Alisa : Asami Fujii
Normanno : Masaya Fuse
Goast of the spring : Manami Tashiro
Orchestra : Yomiuri Nippon Symphony Orchestra
Piano : Naoko Asano
Cover Cast (Lucia) : Kazumi Yokokyama
Understudy (Edgardo) : Ren Yoshida